伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。今年も目標達成!

プライバシーという権利 個人情報はなぜ守られるべきか

2021-07-28 19:44:06 | 人文・社会科学系
 プライバシーと個人情報保護の歴史と現在の法制度、アメリカとヨーロッパの動向などを説明した本。
 「はしがき」で著者は、2021年1月28日のデータ・プライバシー・デーで欧州評議会が世界各国の40名の専門家のビデオメッセージを紹介した際に著者が日本を代表して「データ・プライバシーは普遍的な権利ですが、これまで一度も一つの変わらぬ形になったことがありません。だからこそ、データ・プライバシーを語ることはそれだけ困難であり、また同時に魅力的であるのです」と述べたことを挙げ、プライバシーに正解はないという立場を宣言しています。そこからスタートしたこの本がラストにたどり着くのは、なんと、個人番号(政府側の用語では「マイナンバー」)制度は、正しく運用する限りプライバシーの敵ではないという主張です。「マイナンバー制度は当時の民主党が設計した制度です」(186ページ)、「北欧諸国では国民番号制度を早くから実現し、それにより社会福祉を充実させてきました」(186~187ページ)、「マイナンバー制度において社会保障と税という分野をあえて限定して、従前からの行政事務についてマイナンバーを利用するのであれば、プライバシー・リスクが大きく増すわけではありません」(187ページ)と、個人番号制度を擁護する言葉を並べ、ただ使用範囲の拡大、個人情報保護委員会の機能不全、情報漏洩への補償の不備の3点の問題を指摘して、それさえうまくいけば個人番号制度には何の問題もないかのように論じて終わっています。何、これ? 憲法・情報法専攻の学者さんが書いた岩波新書が、1冊かけて言いたかったことが個人番号制度の正当化なのかと驚いて著者の経歴を見たら、今は学者だが、「内閣府国民生活局個人情報保護推進室政策企画専門職」って、元官僚か…著者の資質より、書かせた岩波書店の編集者の問題なのか…どちらにしても最後に唖然としました。
 著者の思惑と結論はおいて、ヨーロッパの動向は参考になりました。ドイツ・ハンブルグ州のデータ保護監督機関が、H&Mが休暇を取ったり病気欠勤した従業員の私生活に関する会話を組織的に録音し保存したことに対して3525万ユーロの制裁金を科した(117ページ)、ドイツの連邦と州のデータ保護監督機関が公道における顔認証カメラの利用が公道を匿名で歩行する自由への侵害となることなどを指摘する決議を2017年3月に採択し、イギリスでは警察が自動顔認証カメラを用いて公道で警戒者リストと照合を行ったことをプライバシー権侵害の違法捜査とする判決があったこと(164ページ)、スウェーデンの高校が学生の出席を監視する目的で同意した22名の学生を対象に顔認証カメラで3週間試験的に観察して制裁金を科されたこと(168ページ)など、プライバシーや個人情報について一面で行き過ぎと思えるほど神経質な一方でお上のやることには寛容な日本の最近の動向を考えるとき、とても有益な情報だと思います。


宮下紘 岩波新書 2021年2月19日発行
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