伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。今年も目標達成!

被災した楽園 2004年インド洋津波とプーケットの観光人類学

2023-06-05 21:35:47 | 人文・社会科学系
 2004年に東京大学文化人類学研究室の博士課程にいた著者がビーチリゾートの調査を予定していたところにインド洋津波が発生し、その後10年以上にわたって被災地としてのプーケットに付き合うことになり、逐次発表した論文をつなぎ合わせて出版した本。
 プーケットを採り上げているという点では一貫していますが、過去に発表した論文のつなぎ合わせで、著者のスタンスに変化があるため、1冊の本として読み通すには違和感を持ちます。
 2005年から概ね2011年頃までに書かれた前半では、著者はプーケットの観光産業に従事する人々の中でも専ら日本人観光客に対する現地でのサービスに従事するタイ在住日本人という少数者に妙に肩入れして観光客が減少し戻らぬことによる現地在住日本人たちの困窮とそれが放置されていることの不条理・不正義を強調して論じています。ここでは津波後6か月ないし1年の現地の人々の努力と観光客が戻ってこなかったことを書いているのですが、後半で現在では観光客数が復活していることを述べている(後述するようにむしろそれに苦言を呈するかのようですが)のに、いつ頃からどれだけ回復したのか、そして前半で登場する人たちがその後どうなったのか、観光客の回復まで耐え切れたのかの追記がまったくなされていません。そこがフォローされずに放り出されているのは読者に対して不親切に思えます。また、著者は2006年から2008年にかけてプーケットのメインビーチのパトンビーチに滞在していたが「2年間の在住中、一度たりともパトンビーチでは泳いでいない。繁華街のバングラ通りの道端にぶちまけられた吐瀉物や、腐敗を通り越して毒に変成したような水たまり、何より最終的にはビーチへと流れ込む『ドブ川』の汚水に普段から慣れ親しんでいると、それらが溶け込んでいるだろう海水に自分の体を晒そうなどとは、金輪際思わなかった」(224ページ)というのですが、それをこの本の出版に当たって書き下ろした第8章で初めて書いていて、2009年から2011年頃に書いた前半ではまったくそれに触れないまま復興した楽園に観光客が戻ってこないのは風評災害だなどと述べています。
 後半では、汚水を海に垂れ流し続けた結果、2014年には排水路から真っ黒な水が海に流れ込み一帯の波打ち際が黒く染まり、その後も同様の事態が繰り返され、水質汚染やごみの不法投棄等の環境悪化が顕著になっているにもかかわらず、観光客数が復活し賑わっているプーケットを、著者は、夜のツァーの魅力、泥酔と性欲が渦巻く「楽園」として生き残っているとむしろ嘆いているように見えます。
 また、2016年と2021年に書かれた第6章では、前半で書かれているところでは現地の人々の希望としてあり得ず現にそのような意図があるとは思えない被災地ツァーとしてのプーケットの可能性に関して論じていますが、最初から非現実的な話で、ここに入れられてもいかにも観念論的な学者さんのお遊び/自己満足に思えます。
 前半の現地の日本人グループに肩入れして観光客が戻らないことの不条理を言う(その際にプーケットの海がすでに「楽園」というイメージにそぐわない汚染にまみれていることは、実感していても隠す)姿勢と、後半の遠く離れた学者の興味からの冷めた突き放し気味の姿勢の落差に、複雑な/あるいは読者としてもどこか醒めた思いを持ちました。

この本には関係ないですが、テーマつながりでインド洋津波でのタイのリゾートでの被災を描いた映画についての感想記事はこちら→映画「インポッシブル」


市野澤潤平 ナカニシヤ出版 2023年3月31日発行
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