著者(学者なんですが、専門は現象学的な質的研究って、何をしている人か今ひとつわからない…)が、祖母・祖父の入院経験からの自己の知見とケアを行う援助職へのインタビュー、当事者や援助職の文献上の発言等に基づいて、ケアとは何かについて論じた本。
前半、コミュニケーション能力の減退・欠落によりコミュニケーションが難しい患者の出すサインを読み取り、精神的・心情的に発言ができない/発言していいと思っていない当事者に働きかけて発言を引き出すなどの実践例が並べられ、ケアの場面での当事者・患者本人の意思を聞き取ることの重要性が語られます。しかも、著者は、聞き取り/カウンセリングの際にマニュアルによくある「受容」の応答の「あなたは○○だと感じられるのですね」というような機械的な応答をすることに批判的で(168ページ)、聞き取りをする者の誠実な対応を求めています。当事者/ケアを受ける側からすれば、そのとおりで、またそうして欲しいと思うことでしょう。しかし、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者のヘルパーが眼球さえほとんど動かせない状態の患者に文字盤で文字を指して眼球の動きで Yes/No を聞いていき3時間かけて10文字ぐらい読み取るというエピソード(6~11ページ)を美談として(実際、美談でしょう)挙げられても、それはそれだけの時間をかけられる条件があってその意思を持ったヘルパーができるということで、ほとんどの援助職には現実にはできないことだと思います。こういうエピソードを理想化し持ち上げることは、ケアを行う者/援助職/専門職に無限の犠牲を求め/強いるものと言えるでしょう。
この種の問題は、誰の視点で語るかにより、状況が変わるものだと思います。ケアを受ける側から語れば、先ずは患者の意向を聞き取れ、そのために最大限の労力を尽くせ、その上で患者の意向が治療上望ましくない/明らかに病状を悪化させるものであったとしても、本人がしたいことなのだから実現させろということになります。著者は明らかにその線でこの本を書いています。この本ではそれで良かったと見える例のみが記載されていますが、そうしたために病状が急変したり、患者本人はしたいと言うが家族は反対している場合はどうするのでしょう。病状から望ましくなく家族が反対している状況で、本人が希望しているから希望どおりにして急変して死んだら、家族から訴えられるんじゃないでしょうか。
あとがきでは「本書の内容が『~すべきだ』というふうに、何かをケアラーの皆さんに教えようとしたものではないことは強調したい」とされています(229ページ)。あとがきでそう断られても、この本を読む援助職の人には、こういった努力・奉仕・犠牲が求められているのだと感じられるでしょうし、良心的な人ほどそうあらねばと思ってしまうことは、著者も十分にわかっていると思うのですが。
村上靖彦 中公新書 2021年6月25日発行
前半、コミュニケーション能力の減退・欠落によりコミュニケーションが難しい患者の出すサインを読み取り、精神的・心情的に発言ができない/発言していいと思っていない当事者に働きかけて発言を引き出すなどの実践例が並べられ、ケアの場面での当事者・患者本人の意思を聞き取ることの重要性が語られます。しかも、著者は、聞き取り/カウンセリングの際にマニュアルによくある「受容」の応答の「あなたは○○だと感じられるのですね」というような機械的な応答をすることに批判的で(168ページ)、聞き取りをする者の誠実な対応を求めています。当事者/ケアを受ける側からすれば、そのとおりで、またそうして欲しいと思うことでしょう。しかし、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者のヘルパーが眼球さえほとんど動かせない状態の患者に文字盤で文字を指して眼球の動きで Yes/No を聞いていき3時間かけて10文字ぐらい読み取るというエピソード(6~11ページ)を美談として(実際、美談でしょう)挙げられても、それはそれだけの時間をかけられる条件があってその意思を持ったヘルパーができるということで、ほとんどの援助職には現実にはできないことだと思います。こういうエピソードを理想化し持ち上げることは、ケアを行う者/援助職/専門職に無限の犠牲を求め/強いるものと言えるでしょう。
この種の問題は、誰の視点で語るかにより、状況が変わるものだと思います。ケアを受ける側から語れば、先ずは患者の意向を聞き取れ、そのために最大限の労力を尽くせ、その上で患者の意向が治療上望ましくない/明らかに病状を悪化させるものであったとしても、本人がしたいことなのだから実現させろということになります。著者は明らかにその線でこの本を書いています。この本ではそれで良かったと見える例のみが記載されていますが、そうしたために病状が急変したり、患者本人はしたいと言うが家族は反対している場合はどうするのでしょう。病状から望ましくなく家族が反対している状況で、本人が希望しているから希望どおりにして急変して死んだら、家族から訴えられるんじゃないでしょうか。
あとがきでは「本書の内容が『~すべきだ』というふうに、何かをケアラーの皆さんに教えようとしたものではないことは強調したい」とされています(229ページ)。あとがきでそう断られても、この本を読む援助職の人には、こういった努力・奉仕・犠牲が求められているのだと感じられるでしょうし、良心的な人ほどそうあらねばと思ってしまうことは、著者も十分にわかっていると思うのですが。
村上靖彦 中公新書 2021年6月25日発行