伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。今年も目標達成!

ケアとは何か 看護・福祉で大事なこと

2021-08-06 21:14:27 | 人文・社会科学系
 著者(学者なんですが、専門は現象学的な質的研究って、何をしている人か今ひとつわからない…)が、祖母・祖父の入院経験からの自己の知見とケアを行う援助職へのインタビュー、当事者や援助職の文献上の発言等に基づいて、ケアとは何かについて論じた本。
 前半、コミュニケーション能力の減退・欠落によりコミュニケーションが難しい患者の出すサインを読み取り、精神的・心情的に発言ができない/発言していいと思っていない当事者に働きかけて発言を引き出すなどの実践例が並べられ、ケアの場面での当事者・患者本人の意思を聞き取ることの重要性が語られます。しかも、著者は、聞き取り/カウンセリングの際にマニュアルによくある「受容」の応答の「あなたは○○だと感じられるのですね」というような機械的な応答をすることに批判的で(168ページ)、聞き取りをする者の誠実な対応を求めています。当事者/ケアを受ける側からすれば、そのとおりで、またそうして欲しいと思うことでしょう。しかし、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者のヘルパーが眼球さえほとんど動かせない状態の患者に文字盤で文字を指して眼球の動きで Yes/No を聞いていき3時間かけて10文字ぐらい読み取るというエピソード(6~11ページ)を美談として(実際、美談でしょう)挙げられても、それはそれだけの時間をかけられる条件があってその意思を持ったヘルパーができるということで、ほとんどの援助職には現実にはできないことだと思います。こういうエピソードを理想化し持ち上げることは、ケアを行う者/援助職/専門職に無限の犠牲を求め/強いるものと言えるでしょう。
 この種の問題は、誰の視点で語るかにより、状況が変わるものだと思います。ケアを受ける側から語れば、先ずは患者の意向を聞き取れ、そのために最大限の労力を尽くせ、その上で患者の意向が治療上望ましくない/明らかに病状を悪化させるものであったとしても、本人がしたいことなのだから実現させろということになります。著者は明らかにその線でこの本を書いています。この本ではそれで良かったと見える例のみが記載されていますが、そうしたために病状が急変したり、患者本人はしたいと言うが家族は反対している場合はどうするのでしょう。病状から望ましくなく家族が反対している状況で、本人が希望しているから希望どおりにして急変して死んだら、家族から訴えられるんじゃないでしょうか。
 あとがきでは「本書の内容が『~すべきだ』というふうに、何かをケアラーの皆さんに教えようとしたものではないことは強調したい」とされています(229ページ)。あとがきでそう断られても、この本を読む援助職の人には、こういった努力・奉仕・犠牲が求められているのだと感じられるでしょうし、良心的な人ほどそうあらねばと思ってしまうことは、著者も十分にわかっていると思うのですが。


村上靖彦 中公新書 2021年6月25日発行
 
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死ぬまで噛んで食べる 誤嚥性肺炎を防ぐ12の鉄則

2021-08-05 20:33:21 | 実用書・ビジネス書
 2000年頃から胃ろうが普及して誤嚥性肺炎を起こすと病院で禁飲食になり「一生口から食べてはダメ」と宣告されて胃ろうを増設される人が増えた(4ページ)ことに対し、口腔ケアや生活習慣の改善によって、医者に禁飲食を宣告された患者が口から食べられるように回復させたり、誤嚥性肺炎を予防して口から食べ続けられるようにすることを目指して、その方法を解説する本。
 永久歯に生え替わった後も、虫歯菌が食べ物の糖分を元に酸を作って歯の表面を溶かしても唾液に含まれるカルシウムが徐々に取り込まれて修復(再石灰化)されたり、内側の歯髄の血管から栄養が供給されて象牙質が作られるなどの新陳代謝が行われているのだそうです(25ページ、76ページ)。昔は、歯は自力では回復しないと教えられたものでした。何で?と疑問に思っていたものですが、やはり人間の体はどこであれ、新陳代謝をし回復していく力があるのですね。その再石灰化のためには飲食と飲食の間に十分な時間がないといけない(そうでないと再石灰化が追いつかないうちにまた歯が溶け出す)というのですが、一番いけないのがペットボトル飲料のダラダラ飲みなんだそうです(24~26ページ)。糖分を含む飲料だけじゃなくて、カフェインも血管を収縮させ唾液の分泌が抑えられたり歯茎の血行が悪くなるため虫歯や歯周病の大きな原因の一つだとされています(26ページ)。ショック…
 年をとるにつれ、象牙質が増殖して歯髄腔が小さくなったり歯髄が繊維化して萎縮したりして密にあった神経や血管がなくなっていき、要するに生き物だった歯が、単なる構造物に変わっていき、こうなると虫歯になっても痛くないって(77ページ)。そうすると、高齢者の歯は結局自力では回復しないということなんでしょうか…
 この本のテーマの誤嚥性肺炎は寝ている間の唾液の誤嚥が主な原因で(88ページ)、そのときに口の中が汚れている(細菌が多い)と気管から肺に入った細菌によって肺炎を起こしやすい(19ページ)、だから口の中を清潔に保つために唾液をたっぷり出すことと寝る前の歯磨きが重要だということです(20~21ページ)。そういった点も含め、人間の体・健康は、いろいろなことが繋がっているのだなぁと考えさせられます。


五島朋幸 光文社新書 2021年2月28日発行
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薬物売人

2021-08-03 22:48:45 | ノンフィクション
 田代まさしへの覚醒剤譲渡で逮捕され実刑判決を受けた元売人が売人として活動していた頃の話、逮捕前後と刑務所での生活、出所後の生活等について書いたノンフィクション。
 六本木のバーを経営しながら覚醒剤、コカイン、マリファナなどを仕入れて客に売りさばいていたときの様子、摘発されないようにどういうことに注意していたか、などの描写が読みどころかと思います。「シャブは注射器でキメるのと炙りでキメるのとでは、効き目は一緒だが依存度がまったく変わってくる。炙りだと肺を通してゆっくりジワジワと効くが、注射だと血管から一発ドカンと速攻で効いてくる。炙りだと物がなければないで我慢できるが、注射だと物がなくなれば駆けずり回ってでもシャブを追い求める者がいる。注射器でシャブを喰う者は危険だ。シャブ欲しさに、少し間違うと何をしでかすか分からない」「注射器を求めてくる客には、シャブを売らないようにしていた」(210ページ)というあたり、なるほどと思います。どんな稼業でも長く続けるためには頭を働かせる必要があり、コツがあるものです。
 出所後、釜ヶ崎(大阪市西成区)のドキュメンタリー映画「解放区」の撮影に協力して、その中で監督から撮影現場で本物の覚醒剤をキメてみたいと言われ(252ページ、258ページ)、出演者に注射した(269ページ)というのは、書いて大丈夫だったんでしょうか。


倉垣弘志 幻冬舎新書 2021年5月25日発行
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理系研究者の「実験メシ」 科学の力で解決!食にまつわる疑問

2021-08-02 20:09:18 | 自然科学・工学系
 研究者にして「理系小説家」の著者が、家庭でできる実験レベルで、遠心力でフィルターを使用せずにコーヒーを入れる(粉とコーヒーを分離する)、太陽熱でご飯を炊く、家電の放熱で納豆を作る、インスタントラーメンののびても食べられる(まずくならない)時間の限界を測定する、ポケットに入るサイズの調理機器でポップコーンを作る、自転車に乗った際の振動で生クリームからバターを作る(ホエーとバターに分離する)、クックパッドのレシピの平均値と料理本のレシピで作ったガレットの味を比較する、超音波で泡盛を熟成させる、たくあんを自動製造する機械を作るということにチャレンジした過程と結果を綴った本。
 著者も言うように、夏休みの自由研究のノリで読む本です。
 試行錯誤の過程を書いているのですが、ペットボトルを振り回すのに1mの紐付きは無理だろうとか、自転車をこぐ揺れ(背中にしょったリュックの中に入れておくだけ)で生クリームがバターにならないくらいは、やってみるまでもなくわかると思うのですが…
 専門店で食べたスパイスと水だけで作るカレーを再現しようとレシピも調べて忠実にやってもできず、「さんざん失敗作を食べた後、ある忙しい日の夕食時に、嫁と1袋100円ほどのレトルトのカレーを食べた時、あまりの美味しさにショックを受けた。自分は何をやっていたんだと涙が出そうになった」(224ページ)というのが、実感がこもっていて哀しい。料理の実践には、そういうことがありがちというかつきまとうものです。
 細かいことですけど、「N2+3H2→2NH3」の化学式を示して「二つの窒素分子(略)と三つの水素分子が反応して二つのアンモニア分子ができる」(183~184ページ)って、何とかなりませんか。どうみても一つの窒素分子(と三つの水素分子)なのに、専門の人が、それも科学では数量が決まっていて曖昧なことは許されないという趣旨の話をするときにこういうことを言われると何だかなぁと思います。


松尾佑一 光文社新書 2021年5月30日発行
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半逆光

2021-08-01 17:51:42 | 小説
 次男が就職して家を出、夫婦2人の生活を始めるときに、夫真崎儿のパソコンに届いたメールから夫が子どもができた頃から何年かにわたり北海道出身の銀座のクラブのホステスだった玲季と不倫の関係にあったことを知った真崎香菜子が、過去のメールのやりとりを追い、玲季が書いた小説を入手して夫の過去の不倫の過程を読み込んで行く様子と、玲季側の事情と思いを入れ替えながら書き綴った小説。
 香菜子-儿ないし香菜子の次男・旧友裕美の現在、玲季-儿の過去、玲季-編集者岡崎の過去~現在、そして玲季が書いた小説が、入れ替わり、当初は香菜子の側の憤激・苛立ちに、後には玲季側の羨望・嫉妬・寂しさに焦点が当てられます。その入れ替わり、焦点の移動は、雑誌連載による作者の気持ちの変化なのでしょうか、当初からの計画なのでしょうか。
 玲季の書いた小説「四分の一の心で」は「不倫小説の最高傑作とも評価された」(53ページ)とされており、作中作としてその小説を展開することこそが、作者の自負と書き甲斐だったんじゃないかなと思いました。


谷村志穂 角川書店 2021年3月26日発行
「文芸カドカワ」「カドブンノベル」連載
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