伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。今年も目標達成!

完全版 袴田事件を裁いた男 無罪を確信しながら死刑判決を書いた元エリート裁判官・熊本典道の転落

2024-01-20 23:06:09 | ノンフィクション
 2023年3月に事件発生から実に57年を経て再審開始決定が確定した死刑冤罪事件袴田事件の1審で無罪を確信しながら他の2人との多数決に敗れて泣く泣く死刑判決を起案した主任裁判官であり、その後まもなく裁判官を辞め、2007年にそのことを公表した熊本典道元裁判官のその後を取材して書いたノンフィクション。
 裁判官を辞めて弁護士になり、安田火災(現損保ジャパン)の顧問弁護士として年収1億円以上を得て豪遊していた時期もあるのに、弁護士も辞め生活保護を受けるに至ったという経緯・原因は、著者の取材開始時には本人が高齢となり記憶も怪しい状態だったこともあり、「ボクには、正直よくわからない。端緒が袴田事件にあったことに何の疑いもないが、それが後に人生を破綻させるまでの影響をもたらしたかどうかは答えられない。そもそも熊本自身がよくわからないと言う転落の原因が、他人のボクにわかろうはずもない」(200ページ)とされています。え~と…このサブタイトルからして、それがテーマの本じゃないんですか、これ?
 日本の刑事司法の現状や問題点、袴田事件の捜査と裁判の問題を感じ取るにはいい本だと思いますが、焦点を当てた熊本元裁判官の人物像と人生については、今ひとつ何が言いたいのか、何のために書いているのかが判然としないという感想を持ちました。
 なお、この本の中で何度か紹介されている袴田事件と熊本裁判官を描いた2010年公開の映画「BOX 袴田事件 命とは」についてはこちらで書いています。


尾形誠規 朝日新聞出版 2023年8月30日発行
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

働くならこれだけは知っとけ!労働法

2024-01-19 23:03:34 | 実用書・ビジネス書
 労働法の各領域について一般向けに解説した本。
 各章の冒頭に置かれた経営者の鈴木と就活で内定を得たばかりの学生山本らのかけあいを除けば、オーソドックスでわかりやすい解説です。法律業界外の一般の方が労働法の概要を学ぶにはなかなかよい本かと思いました。
 慶應義塾大学出版会の本なので著者は学者かと思ったのですが、厚生労働省の官僚で3年間だけ慶応大学に出向して准教授として講義をしていたということです。著者の主張が正しいという根拠を厚労省のモデル就業規則の説明等の厚労省の文書に記載されているということに求めている(厚労省がそう言っているからそれでいいんだ)場面が少し鼻につきます。またそういう著者の属性から、弁護士の目からは、厚労省の所管事項の労働時間(過労死対策)、割増賃金(残業代)、育休促進、ハラスメント防止、労災あたりには熱く、解雇あたりは冷たい(使用者側に寄った感性も)という印象です。派遣労働者(これはもろに厚労省の所管ですが)の雇止めや無期転換に関してはまったく触れていないというのも、興味深いところです。
 2023年11月出版のこの本に、雇用保険の求職者給付(失業手当)に関して、自己都合退職の場合は最初の3か月間は支給されない(待機期間)という記述があります(224ページ)。正当な理由のない自己都合退職者の待機期間(給付制限)は、2020年10月1日以降の退職者については、過去5年間に既に2回以上自己都合退職している場合を除き、2か月間になっています。各章冒頭のやりとりになぞらえれば、「『弘法も筆の誤り』ですね。」「面目ない。」というところでしょうか。弁護士であれば、雇用保険のことまではよく勉強してなくて知らない人も多いですが、制度改正から3年も経っているのに現役の厚労省官僚が知らないとなると…ハローワークはもっと強力に広報した方がいいでしょうね。


星田淳也 慶應義塾大学出版会 2023年11月20日発行
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カラー版 美術の愉しみ方 「好きを見つける」から「判る判らない」まで

2024-01-18 23:14:36 | 人文・社会科学系
 美術の世界に入っていく「扉」として、関心を開く、好きを見つける、(画家や批評家が書いたものを)読む、比べる、(美術館や画廊の)敷居をまたぐ、(講演会・ラーニング、イベントに)参加する、判る判らないの7つの章立てをして説明し、美術に親しむことを勧める本。
 「絵を一から十まで判るなどできはしない。判らなくともいいのである。少なくとも、絵から何かを感じ取ることが大切だ。」(はじめに:ⅴページ)、「急がなくてもいいから、たくさん見ること、それが美術を愉しむ最良の第一歩となる」(14ページ)という序盤は、とにかく気軽にまず見よう、なんといっても「愉しみ方」なのだしという雰囲気です。しかし、著者は必ずしも、他人(専門家)の意見に従う必要はない、見方・愉しみ方は自由だと言っているのではないように思えます。そして、「読む」の第3章になると、画家や批評家らの観念的で難解な言辞を衒学趣味的に並べ立てています。気楽にどんどん見ようよで始まったはずなのに、小難しい御託をありがたがれと言われているようで、大きく気を削がれました。


山梨俊夫 中公新書 2023年9月25日発行

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カラー版 名画を見る眼 Ⅱ 印象派からピカソまで

2024-01-17 22:33:51 | 人文・社会科学系
 西洋絵画の油彩画(一部石版画を含む)の名作を、モネ、ルノワール、セザンヌ、ファン・ゴッホ、スーラ、ロートレック、ルソー、ムンク、マティス、ピカソ、シャガール、カンディンスキー、モンドリアンの14人の画家について1点+αを選んで解説した本。「名画を見る眼Ⅰ」の続編。
 「Ⅰ」と同様昔(こちらは1971年)に書かれたものに図版をカラー化し、関連作品も掲載して、若干の加筆をしたというものなので、今の流行からすると選ばれるべき画家が選択されていないという印象が、「Ⅰ」にも増して、します。ダリにまったく言及がないのは、現在はダリがそれほど好まれていない感があるのでともかく、アルフォンス・ミュシャやクリムトに一言も触れていないのは、現在の絵画ファンにとっては信じられないことではないでしょうか(油彩にこだわるならミュシャを外すのは当然ですが、ロートレックの石版画のポスターを選択するなら、今の感覚ではむしろミュシャを紹介するでしょう)。
 解説には著者の絵画愛が感じられます。例えば、私の目にはさほど魅力を感じない「温室の中のセザンヌ夫人」(34ページ)を、これほどまでに賛美できることには感心しました。


高階秀爾 岩波新書 2023年6月20日発行(初版は1971年5月20日発行)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで

2024-01-15 23:18:40 | 人文・社会科学系
 西洋絵画の油彩画(一部テンペラ・銅版画を含む)の名作を、ファン・アイク、ボッティチェルリ、レオナルド・ダ・ビンチ、ラファエルロ、デューラー、ベラスケス、レンブラント、プーサン、フェルメール、ワトー、ゴヤ、ドラクロワ、ターナー、クールベ、マネの15人の画家について1点+αを選んで解説した本。
 1969年に書かれたものに図版をカラー化し、関連作品も掲載して、若干の加筆をしたというものなので、今の流行からすると選ばれるべき画家が選択されていないとか、採り上げる作品もちょっと違うかなという気もします(著者自身、「カラー版Ⅱ」のあとがきで、自分にとっての名画を一点選ぶとすれば、エドゥアール・マネの「フォリー・ベルジュールのバー」と答えたいとしているのに、この本の本文では、マネについては「オランピア」を採り上げ、「フォリー・ベルジュールのバー」は関連作品としてさえ触れられていません)が、オーソドックスな見方や評価を学べる本だと思います。
 解説も、あぁこういうことに注目すべきだったのかとかこう見るべきだったのかという気づきがあり、また画家と作品への愛に満ちている感じがして好感が持てました。


高階秀爾 岩波新書 2023年5月19日発行(初版は1969年10月20日発行)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人生を変える営業スキル

2024-01-14 19:09:09 | 実用書・ビジネス書
 外資系企業で21年間営業職を務めた著者が、「営業力があれば何にでもなれる。起業もできるし社長にもなれる。自分が歩みたい人生を自分でつくっていくことができる」(3ページ)というスタンスで、経験に基づいて営業について語った本。
 営業とは「希望をつくり出し明るいイメージを体感させることが営業そのもの」(62ページ)と述べ、心を動かすデモとして、補聴器の販売で性能を語る(それでは他の製品と変わらないと評価され価格競争になるだけ)のではなく高齢者が孫を抱いてそこに一言「聞きたい声があるから」というフレーズを添えたポスターを挙げ(41ページ)、自分の事例をつくりそれを顧客に語ることが大事として(52~54ページ)自分がAudiの一流のセールスを受けてAudiQ5を買ってしまった経緯を語る(63~65ページ)流れは、読んでいてなるほどと感じました。
 スキルについてより具体的に語る中盤以降は、著者の経験がチームセールスで比較的大きな企業に使用・活用が簡単とは言えず全社的な導入により巨額の商談に至る製品(ビジネス用ソフトウェア)を販売するという形態のため、そうでない営業には必ずしも当てはまらない印象があります。
 6月31日という現世には存在しない日付が206~207ページと222ページで合計8回出てくるのですが、何か特別な意図があってのことなのでしょうか(そうは見えませんけど)。


遠藤公護 クロスメディア・パブリッシング 2023年12月1日発行
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ルポ無縁遺骨 誰があなたを引き取るか

2024-01-13 23:54:58 | ノンフィクション
 有名人であっても家族・親族がいても遺骨の引き取り手がなく自治体が保管して埋葬するケースをとっかかりに、終活、身寄りのない高齢者の処遇をめぐる問題、無縁墓、墓じまい等の関連する話題を取材して報じた本。
 「無縁遺骨を追った連載ルポを朝日新聞ではじめ、死の『ダイバーシティ(多様性)』ともいえるカオスに足を踏み入れた」(235ページ)と著者があとがきで述べているとおりの本だと思います。
 最初の方で書かれている引き取り手のない遺体/遺骨を行政が保管して苦慮している姿は、映画で見た「アイ・アムまきもと」(2022年、阿部サダヲ主演)の世界(映画の原作というかアイディアはイギリスの話だったのですが)が既に日本でそれ以上の状態だったことを意味しています。ちょっと驚きました。


森下香枝 朝日新聞出版 2023年11月30日発行
朝日新聞連載

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

さよならごはんを今夜も君と

2024-01-12 22:22:02 | 小説
 幼い頃色鮮やかで華やかで美しいが冷え切った料理を一人黙々と食べていた過去を持つ料理人朝日が営む高架下の小さな「お夜食処あさひ」の前で佇んでいた、不本意な高校に通いながら勉強漬けの毎日を過ごす神谷小春、太っていることを気に病み無理なダイエットを続ける中学生の青木若葉、母親の手作りのオーガニック料理に飽きてジャンクフードに憧れる小学生の凌真、ほったらかし続けた飼い犬が死んで突然に罪悪感に駆られてものが食べられなくなった19歳の大学生笹森に、朝日がただで料理を振る舞い、頑なな心をほどいて行くという若者向けヒューマンドラマ系の小説。
 いずれも視野が狭くジコチュウでわがままでありながらも、内心では自分の方が悪いと認識している者たちが、朝日とその料理を媒介に自分に素直になっていくという展開で、するりと入りやすいお話です。他方で登場人物の言い分のいかにもの子どもっぽさとか、朝日が学生は100円とかただで食べ放題とかにする設定の童話っぽさなど、入りきれないあるいはどこか物足りないという印象も持ちました。
 朝日の容貌については、「男性にしては少し長めの髪を、頭の後ろで無造作に束ねている」(34ページ)とされてるのですが、表紙のイラストは髪を束ねていないし、束ねることが不可能とまでは言えないものの束ねようと思う長さには見えません。そこも少し違和感がありました。


汐見夏衛 幻冬舎文庫 2023年8月5日発行
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

満月がこの恋を消したとしても

2024-01-11 21:05:58 | 小説
 恋に関する記憶だけが満月の日にリセットされて消えてしまうという月光性恋愛健忘症の鷹羽高校帰宅部2年生女子甲斐春奈と、その親友の帰宅部遠野花蓮、ある満月の翌朝に花蓮が春奈の恋人で間違いないよとメッセージを送ってきて春奈の恋人として振る舞う「とても綺麗な」鷹羽高校理数科2年の三森要人、春奈の記憶に残る鷹羽高校スポーツ科2年生でバドミントン部部長全国レベルの選手の五十嵐航哉の思いを描いた青春恋愛小説。
 ミステリーを書く人にありがちな傾向(特に密室の成立条件とか)だと思うのですが、設定した奇病の症状/恋人の記憶だけが消えるということをロジカルに扱いすぎているのが滑稽というか違和感を持ちました。そもそも症例がほとんどない(世界でも数例だとか:12ページ)のだから病像も定かでないわけですし、人間の心の症状なんだから理屈に沿って現れるとも言えないのに、満月後も記憶があるから恋心がなくなったと悩み、それを所与の前提として議論するのは無理でしょう。また、自己の病気故に前の満月まで交際していた恋人が誰か不安になった春奈が、事情を知っている姉七海(姉が事情を知っていることは50ページ)に聞いてみようともしないというのも不自然に思えました。
 爽やかにうまくまとめられており、読後感は上々だとは思いますが。


蒼山皆水 角川書店 2023年12月4日発行
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新版 成年後見の法律相談

2024-01-10 22:04:44 | 実用書・ビジネス書
 精神上の障害(精神疾患、認知症等)によって判断能力が衰えた人について関係者等の申立によって家庭裁判所が後見人・補佐人・補助人を選任する法定後見制度、契約によって後見人(任意後見人)を定め本人の判断能力が衰えたときに関係者の申立により家庭裁判所が後見監督人を選任したときから後見が開始する(任意後見人による権限行使が可能になる)任意後見制度(法定後見と異なり、誰を後見人とするか、後見人の権限の範囲を本人が選択できる)等について、解説した本。
 私は後見人の経験はありませんが、責任能力がない(判断能力がない)被後見人が第三者に損害を与えた場合について、認知症高齢者が東海道本線の駅から線路内に立ち入って電車にはねられて死亡した事故についてJR東海が遺族に対し(遺族がJR東海に対しではない)損害賠償請求した事件の最高裁判決(この事案では遺族の監督義務を否定)を引用して、後見人が賠償責任を負うことがあるとしています(121~123ページ)。弁護士の後見人が、本来要求される資産管理とか契約の場面で落ち度があって責任を追及されるのは仕方ないと思いますが、認知症の本人が徘徊して事故を起こしたということまで責任を負わされるとしたら、とてもやれないと思います。後見人になっている方々はそういうことまで覚悟してやっているのでしょうか。
 106ページ下段3行目の「成年被後見人は代理権・取消権を有します」の「被後見人」は「後見人」の誤りと思われます。


赤沼康弘、鬼丸かおる編著 学陽書房 2022年9月22日発行(初版は2005年9月20日)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする