

河鍋暁斎(1831-1889)という画家が、幕末から明治期にかけて活躍した多産でかつ型にはまらない、そして悪魔的な画風であるという評価だけは聴いたことがある。そしていくつかの作品も見たことはあるが、これだけ多くの作品を集めた展示は初めてである。
有名なジョサイア・コンドルとの師弟関係については岩波文庫の「河鍋暁斎」(ジョサイア・コンドル著)でも明らかである。
1881(M14)年の内国勧業博覧会の会場である博物館の本館を設計したのがコンドル。その会場の中心に貼られた「上野山内一覧之図」を暁斎が描き、さらに美術公募展に出品した「枯木寒鴉図」が絵画で最高賞となる妙義二等賞牌を獲得した。これがコンドルと暁斎を結ぶこととなる。
今回の展示は
1.暁斎とコンドルの出会い-第二回内国勧業博覧会
2.コンドル-近代建築の父
3.コンドルの日本研究
4.暁斎とコンドルの交流
5.暁斎の画業
5-1 英国人が愛した暁斎作品 5-2 道釈人物図 5-3 幽霊・妖怪図
5-4 芸能・演劇 5-5 動物画 5-6 山水画
5-7 風俗・戯画 5-8 春画 5-9 美人画
という構成になっている。
今回はジョサイア・コンドルの事績、ならびに暁斎との交流については特に触れずに、共済の作品に絞って見て回った。多作で広いジャンルの作品を生んだ暁斎という画家の全貌を捉えるのはとても至難の業だと思う。
いくつかの私が一瞥して気に入った作品を並べることで、感想に変えるしかないと思う。

★「枯木寒鴉図」
第二回内国勧業博覧会で二等となった鴉の図。これまで図版でしか見たことがなかったので初めて実物をみた。そして頭部、特に嘴から眼にかけての生き生きとした写実に驚いた。黒目の周りの白い部分が効果的だ。このようなリアルな鴉は水墨画としては初めて見たような気がする。また尾羽の上に畳んでいる羽の質感にも惹かれた。
ごつごつとした枝が何の枝かは知らないが、鴉一羽がこの画面におさまるのにふさわしい曲がり具合と位置を占めているように合点してしまう。左側と下部に占める余白も気に入っている。
同じく鴉の作品が他に2点あった。

★「柿に鴉図」
赤く熟れた柿を狙っている鴉に満月を配した鴉。この鴉も眼が異様に鋭い。黒目の周囲の白い部分がここでも目に生気を与えている。満月はかすんでいるが、柿と鴉の緊張関係を浮かび上がらせるのに効果的な位置にあると思う。
解説によれば先ほどの賞を獲得したのち、暁斎の鴉図は大いに評判となったようだ。

★「二羽の泊鴉に山水図」
こちらは柿の代わりに夕陽の赤と、樹木に寄生する植物の紅葉した葉を配している。鴉の下の景色は隅田川の西岸の浅草寺のシルエットらしい。威嚇している攻撃的な番の鴉であろう。先の二枚の作品の鴉よりもいっそう黒々として存在感がある。風景に溶け込んだ鴉ではなく、生命観溢れる鴉である。やはり嘴から眼にかけて、その黒目の周りの白に惹かれる。
解説によればコンドルはこの絵を所蔵していたようで、最も優れたものとして評価している。この絵にある物語性にも注目しているのだろうか。コンドルの「河鍋暁斎」によると鴉の嘴と眼と同時に爪の描写にも注目している。
解説では「宋末元初の水墨画家牧谿の影響を受けた長谷川等伯の水墨を想起させる」とある。この指摘は果たして妥当だろうか。等伯の「松に鴉・柳に白露図屏風」「烏鷺図屏風」を見てみたが、私としてはどのように共通項を見たらよいのか、迷っている。