

横浜美術館で開催されている2015年第2期コレクション展の「戦後70年記念特別展示 戦争と美術」を見てきた。本日で2回目の見学である。
コンセプトは上に掲げたとおりとなっている。今戦後70年の出発点と歩みを全否定しようとする政治状況の中で、あの戦争とその後の私たちの歩みを美術の変遷からみるということでは是非ともお薦めの展示であると思う。
美術の変遷を政治的な観点からだけで裁断してしまうことは決していいことではないが、ここに掲げられている観点を否定することはできない。時宜を得た展示であると思う。
美術館が掲げたコンセプトとはまた別の観点も大いにあると思う。それを前提に私なりに心に残った作品を並べてみる。

パウル・クレーの「攻撃の物質、精神の象徴」(1922)。大殺戮戦となった第1次世界大戦はクレー自身も従軍し友人も失った。この大きな衝撃の後のワイマール憲法下のドイツで活動を開花させる。表題からもわかるとおり、その戦火を潜り抜けたのちの反戦的な作品と捉えることが出来る。鋭い矢のようなものが人から放たれているのか、人を射ているのかわからないが、とても鋭い冷たい矢が印象的である。安定していない社会全体の雰囲気を読み取ることも出来るかもしれない。むろんそのような政治的・社会的背景をこじつけなくともどこか人を不安にさせる要素を感じさせる作品として私は見ている。いろいろな解釈の余地は残しておきたい。

ヴァシリー・カンディンスキーの「網の中の赤」(1927)。とても有名な作品らしい。私は社会の不安などの時代の様相をこの作品から読み取ることは無理であり、それを求めた作品ではないと思っている。私は直行する線と色とさまざまな線を基本とした模様のリズム、そして緑と赤の円の配置、浮かんだような三日月と赤い正方形の位置を楽しんできた。たぶん題名からすると直行する線に囲まれた赤の運動が眼目なのだろう。そこに囲われたようで、しかしどこか抜け道があるようでないような不思議な空間にある時代の「自由」ないし「不自由」を垣間見るのは飛躍しすぎであると思っている。しかし10年後に台頭してくるナチスからの弾圧を蒙るバウハウスの領袖の作品として記憶されている。

これははじめて見る作家の作品である。オットー・ディックスの「仔牛の頭部のある静物」(1926)。解説によれば、第一次世界大戦ごにドイツで反戦的作品を制作した画家である。卓上に置かれた血をしたたらす仔牛の頭が大量殺戮時代の死を象徴するらしい。ナチスにより公職追放され、退廃芸術展に多数取り上げられたという。第二次世界大戦終了直前にナチスに召集されフランス軍の捕虜となり終戦。以後1969年に亡くなるまで西ドイツで画家として活躍した。
この3作品の他にもダリやマッソンの作品など写真と絵画・彫刻など海外作品は35点に及ぶ。

日本人の作品では、上記の3作品とほぼ同時期の藤田嗣治「腕を上げた裸婦」(1923)がある。3作品の画家だけがドイツの画家ではないが、藤田嗣治のこの頃の作品と戦争画の落差には驚く。
解説が付いている作品には必ず「戦争中は軍に協力して戦争画を描いた」「戦争画は描かなかった」という記述がある。私は「戦争画を描いたかどうか」は絵画の価値そのものを肯定も否定もするものではないと考えた方がいいと思っている。戦争画そのものについて私はまだ論ずる力はないが、そのことにこだわらない絵画論も必要だと思っている。
いつかは画家と戦争、そして戦争画について私なりの考えをまとめたいと思っているが、出来るだろうか。心もとない。

もうひとつ目についたのは川口軌外の「群像」(1941)。作者は50歳近い年齢の作品である。大西洋戦争開戦の年に描かれたこの作品について解説では「この時期特有の幻想的な作風が認められるが、一様に身を投じるかのような群像には時代の不安感が反映されているようでもある。戦時体制下、戦争画は手がけなかった。」と記されている。確かに不安感が反映されているのかもしれない。
展示されている国内の作家の作品の中ではとてもいい印象をもった。作品として優れている何かが伝わってきた。不安定な人の配置、手を上げている人とその手の先を見上げたいる人、何かの叫びを感じることは確かである。黄色と緑の色も構図も不安定を強調していることは確かだ。出口の見えない不安、被抑圧感を読み取ることは確かにできるかもしれない。
しかし一方で、もう少しこの画家について知ってみたいと欲求が湧いてきた。そういう解釈だけで済ましてしまうのはもったいないような何かがあると感じた。

私は横浜ゆかりの画家として齋藤義重の名がよくあげられる。横浜美術館にも作品が多く収蔵されているという。しかし私はその作品に感銘を受けた記憶がない。今回「作品」(1973)という黒を基調とした作品が掲出されていた。これはなかなかいいと思った。ただし撮影したがうまく撮影できなかった。
1940年開戦の年に、前衛作品を描いていることを理由にこの作品と同じような黒を基調とした作品などを特高警察に捜査されたが、事なきを得たらしい。戦中は作品自体を描かず、戦後に活動を再開している。
青い作品は1960年の作品だが、随分違いがあると思う。
他にも写真や出版物も多数ある。また戦争沿うものを告発した浜田知明や鶴岡政男などの作品も多数展示されている。
見ごたえのあるコレクション展である。