Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「国吉康雄展」(そごう美術館) その2

2016年06月22日 23時45分56秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 「国吉康雄展」の構成は「少女からの手紙」「国吉のアトリエ」「旅立ち」「デビュー」「帰国」「牛を描く」「ヨーロッパへ」「静物画が持つ意味」「ウィリアム・グロッパーの肖像」「ユニバーサル・ウーマン(戦争画)」「心にある風景」「クラウン」「クラウン」「修復プロジェクト」の14のコーナーからなっている。



 「少女からの手紙」というのは1946年、画家が戦後すぐに描いた作品の題「少女よお前の命のために走れ」からつけられたもの。この展覧会の展示がこの題の問いかけが何を意味するのか、考えるためにさまざまな指摘・解説・仕掛けをしている。答えは鑑賞者に任されているが、展覧会の通奏低音のように会場にこの疑問が張り巡らされている。
 私には少し煩わしかったし、自由に見せてほしい、という気持ちもあった。しかしこれはこれでひとつの展覧会の在り方だと想えなくもない。
 私には16歳でアメリカに渡り、そこで自由なアメリカという側面のとおりの「成功」を収めつつも、1930年代以降のナショナリズムの台頭と移民と奴隷の国家が抱える人種差別の激しい嵐に巻き込まれた画家の心象風景と私は捉えることもできると思っている。
 そこまで画家の現実に即して解釈しなくとも、巨大なものに追われ、しかも逃げる先には嵐の前のような不気味な空が広がる風景は、現実生活の厳しさが反映されていると見るのは間違ってはいないと思われる。不安で不条理な時代を暗示している作品であろう。



 次の作品は翌年の1947年の「私の遊び場はここ」。前作と同じような少女が右上に描かれている。少女の視線の先の空は少しだけ明るい。そして少女は得体のわからないものに負われたり、驚いたりしてはいない。どちらかというと観察者ないし傍観者的である。
 私は左下のめくれた布のようなものに黒い丸と弾痕の跡。それは墓標のような十字形に組まれた棒に掛けられている。図録では黒い眼玉と記しているが、明らかにこれは日の丸の赤い丸を黒く描いたものであろう。弾痕によりこれが日本の軍人の墓標、すなわち日本という国家の墓標とも思われる。黒い日の丸を遠くから眺める少女が、絵を描くキャンパスの枠にぶら下がっている。あるいは描かれた少女なのかもしれない。この少女は国吉康雄の分身であると私は解釈している。黒い日の丸の右下に右に向いた左手が赤く描かれている。画家が日本から脱出した先のアメリカを指していると思う。
 描いたものについて画家は何の説明もしていないようなので、何が描かれ、何を象徴しているかは鑑賞者にすべて任されている。二枚目の作品の視点はあくまでも「戦勝国アメリカ」から「敗戦国日本」を見下ろしている。それは作者と戦前の天皇制ファシズムの国、あるいは敗戦国日本との間の深い溝を暗示しているというのは穿った見方だろうか。

 その3へ続く。

参議院議員選挙

2016年06月22日 20時38分38秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 中学生や高校生の時、選挙が行われるたびに複数の教師からよく言われたことがある。それは「政治家というのは、議員報酬と云えば聞こえはいいが、人の上前をはねて生きているようなものである。まっとうな生き方をしているわけではない、という自覚が滲み出てこない演説というのはすぐにわかる。君たちもそのような耳と目をもうわかるようになってほしい」。今思うと不思議だが、複数の先生に同じようなことを云われたことをおぼえている。

 大学生になって中・高校の時とは違う本を読むようになって「普通に生きて、妻や子に囲まれて日々の生活に追われてもくもくと生き抜く、ということにまず一番の価値があるのだと思わなくてはならない。政治家というのはそのことに自覚的でなくてはいけない。普通の生活者に負い目すら持つべきだ。」というようなことを教わったと思う。

 今の政治家、とてもそのような感性も発想も、倫理もない。演説からそのような強い自戒が漂ってくる人は与野党とも残念ながらごくごく少数である。

 政府の中枢を担う政治家自身が「自分は指導者」といって憚らない思いあがった人間が「行政府の長」だの「立法府の長」だのといって粋がっている。「長」という発想そのものが間違っている。「行政府の責任者」であって「主権者である国民に対して責任を持つ」のである。
 さらには「そもそも国民に主権があることがおかしい」と、選挙で選出された与党の国会議員が述べたり、「戦争は人間の霊魂進化にとって最高の宗教的行事」などのオカルト発言を繰り返す与党中枢の議員がいること自体が日本の政治の危機であり、恥部である。

 この参議院議員選挙、暗澹たる思いである。聞きたくもない演説を聞きながら、それでも選択をすることで自分の耳と目を養うしかない。

昨晩は立待月

2016年06月22日 11時36分34秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日も昼過ぎに関内駅まで所用で出かけなければならなくなった。夕方はまた別の会場で打合せと作業。
 今のところは雨も上がりどんよりとした曇り空。いかにも梅雨空然としている。湿度も高そうである。昨晩は立待月が満月のように丸く空にかかり、西の空の木星も美しかった。しかし他の星は樹木に遮られてみることは出来なかった。月は向かい側の号棟の屋根のすぐ上に出ていて、手前の電柱に付いた街灯のようにも見えた。
 湿気が多いと動くのが億劫になる。体がべとついて嫌な気分が先にたつ。

 さて恥ずかしながら、アジサイには毒があるということをはじめて知った。→【https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%B5%E3%82%A4%E5%B1%9E
 しかし何処だったか忘れたが、旅行で立ち寄った寺院で抹茶を供されたとき、アジサイの花が菓子の横に添えられていたと記憶している。あれを食べるといけなかったかもしれない。意外と知られていないと思う。ただし上記のサイトでも毒性を発揮する化合物については不明の扱いとなっており、まだまだ未知なことが多いようだ。