Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

ようやく帰宅

2017年04月22日 20時00分50秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 朝8時に家を出てから総会の会場についたのが9時前。総会終了後の懇親会と二次会がおわり帰宅したのが、19時。現役を退いてから旅行のときを除いて11時間も外で過ごしたのは数えるほどしかない。
 とても疲れた。明後日24日(月)は再び会場となった組合の会館に出向いて、会計の清算、出席者の整理、来賓へのお礼‥後処理が残っている。作業量としてはそれほどでもないが、これが終わらないと、落ち着かない。
 また本日の模様を記事とした退職者会ニュースの原稿を仕上げておきたい。
 さらに月曜日の夜は、沖縄国際大学教授の前泊博盛氏の講演会もある。演題は「トランプ政権と日米地位協定」。これはニュースの記事にはしないが、すっきりした頭で聞きたい講演である。

「自選 大岡信詩集」から -3-

2017年04月22日 15時50分46秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 「光のとりで」(1997年)の「光と闇」。

 光と闇

光は無限の空間から降ってくる
たいていの人はさう思つてゐる

ほんとは光は
何億光年彼方に散らばる

鉱物が割れて発生したのだ
厖大な鉱物に閉ぢこめられ
重量そのものにまで圧縮された闇こそ
光の故郷である。

私といふ一瞬たりとも固定できない固体は
光と闇にたえず挟まれながら
しだいに押しつぶされ
厖大な鉱物の一片と化して
宇宙に還ることを希求してゐる
希薄そのものの物体である

せめて私は
暗闇そのものになりたいと思ふ
闇の底からわづかに洩れてゐるので
内部の闇から泡立つてゐることがわかる
そのやうな闇に私はなりたい
せめて
二十億光年ののちに。


 「重量そのものにまで圧縮された闇こそ/光の故郷である」「私といふ一瞬たりとも固定できない固体」などという断定はとても心地よい。
 そして「せめて私は/暗闇そのものになりいと思ふ」というその暗闇は「闇の底から光がわづかに洩れてゐる」ような闇であるという。
 この詩を読んだとき咄嗟に、宮沢賢治の「春と修羅」の序を思い浮かべた。「わたしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です/‥/風景やみんなといつしょに/せはしくせはしく明滅しながら/‥」という冒頭の一節。
 ここで取り上げた「光と闇」も、宮沢賢治の「あかり」のイメージにも、闇が対のように意識されている。自覚的に「光」と「闇」が取り上げられている。
 まだまだ理解しきれない部分ばかりであるが、この「光」と「闇」をキーワードにして、大岡信の詩と付き合ってみたいと感じた。

句集「吹越」(加藤楸邨)から -4-

2017年04月22日 07時30分21秒 | 俳句・短歌・詩等関連
「吹越」から
(1975年作者69歳)
「人地獄」
★妻が負ふ淋しき顔の風邪の神
★満月下顔が小さくなりゐたる
★たくあんの波利と音して梅ひらく

 私は最後の句、「たくあんの‥」が何故か心に響いた。昔はなんの感慨も湧かなかったが、たくわんをポリポリ、ハリハリと小気味よい音を楽しみながら食べる爽快感、実にちょっとした爽快感であるが、これがとても愛しく感じることがある。はっきりいって60代半ばを過ぎないと分からない感慨のようである。
 その音と梅がひらく、というものの取り合わせが嬉しい。この爽快感が梅に伝わったのかという感慨、梅のひらくころの空気感も感じる。