Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

行く春

2017年04月24日 23時33分34秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 五月に入ればもう夏となる。春とはもう間もなくおさらばとなる。今年は天候不順で桜も随分悩みながら開花したようだ。
 本日の講演会は大勢の人で会場は満杯。そのあといつものように友人たちと安く飲んで先ほど帰宅。明日も休肝日としなくてはいけないようだ。昔はひとり静かに飲むお酒の方が性に合っていたが、最近は複数の友人と飲む機会が多くなり、いつの間にかひとりで飲むことが少なくなっている。これがいいことなのか、悪いことなのか‥。
 晩春の頃の俳句、なかなか私の気持ちに寄りそってくれるような句は無かった。自分でつくるしかないが、今はそれほどの詩興は湧くことはない。

★春惜しむすなわち命惜しむなり   石塚友二
★惜春のわが道わが歩幅にて     倉田紘文
★行春の雨だれしげく脈よりも    石田波郷


「自選 大岡信詩集」から -4-

2017年04月24日 15時31分26秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 「自選 大岡信詩集」から私が何となく理解できて、惹かれた詩から。とても難しいとおもいつつ気になる詩が並ぶ。この詩集は、末尾から読んでいる。

 昭和のための子守唄

お眠り こはがらないで
きみの手を握つてあげよう
きみの夢を揺すつてあげよう

フィリピン ミンダナオ シンガポール ゴビ
きみの旅に終りはないだらう
鴨緑江 揚子江 長沙 洞庭湖

お眠り こはがらないで
きみの眼を唇で閉ぢてあげよう
きみの涙の輝きを舌で吸つてあげよう

血の潮 鉄の谷 微笑みの地平
きみの旅に終りはないだらう
叫びの洞窟 悲鳴の稲妻 嗚咽 哄笑

この道ははじめての道
でも覚えてゐる 昔見た海
あそこは此処 きのふはあした

きみの旅に終りはないだらう
きみの旅に始まりがなかつたやうに


                  【故郷の水へのメッセージ】(1989年刊)

 弥生人よ きみらはどうして

宇宙の歴史が大爆発(ビッグバン)で始まつたのなら
ヒトの中にはまばゆい光が埋めこまれてゐる
光はヒトの内から発して
かれの道を未来へ照らす

弥生人よ 光を内から放射しながら
米と鉄器をたづさへてきた きみら
玄界灘も 江南も 大草原も
きみらによって結ばれる ぼくらの今へ

(略)

三日月は 神の引く弓
流星は 流れる神の矢
たなびく雲は 五色の神の首飾り
(卑弥呼ははたして一人だつた?)

女の腹にも 日の照る田にも
繁殖の種はだいじに播かれ
集落は命をかけてそれを守つた
光を今日も埋めに行け 愛人の腹へ

鉄器は強いが 腐食する
土器は脆いが 腐らない
男は時に鉄器であり 時に土器だ
女は時に土器であり 時に鉄器だ

(略)

弥生人よ そしてきみらは どうやつて
ニホンゴとぼくらが呼んでる凄い道具を
縄文人から受け渡された?
あの謎の 始まりの謎の 縄文人から?


【地上楽園の午後】(1992年刊)

 最初の詩「昭和のための子守唄」を目にした時、ひょっとしたら歌うことを前提とした歌ではないかと感じた。音数などからの類推である。それよりもやはり大岡信という詩人にとっては昭和という時代は「血」のイメージとともにあることが浮かび上がってくる。地名の列挙の中から、フィリピン、ミンダナオ、シンガポール、鴨緑江、揚子江、長沙、洞庭湖とゴビを除いて多くの血が流された国、地域である。昭和史の舞台でアジア諸地域には大量の「血の潮」が張り付いている。ここから連想される「叫びの洞窟」「悲鳴の稲妻」「嗚咽」「哄笑」に肯定的イメージはない。
 私だれの感覚ではないと思う。私はこの感覚を持ち続けたい。

 「弥生人よ きみらはどうして」は最初の一連の「ヒトの中にはまばゆい光が埋めこまれてゐる」に強烈に私を惹きつけた。ビッグバンと弥生人の渡来が数行で結びついてしまう所が、詩の詩たるゆえんであるが、大胆である。そして「ニホンゴ」に終生こだわり続けた詩人の生き様が伝わる。

安い居酒屋を見つける嗅覚

2017年04月24日 12時41分48秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 編集作業の細かな微調整に想定よりも時間がかかってしまった。ようやく裏面の二つの記事を除いて完成。夕方からチェックを受けて、取りあえずは印刷所送信することが出来る。

 日数的には想定よりは早いが、携わった時間はいつもとあまり変わらないようだ。記事が確定したら今度はホームページに総会報告をアップする作業が残っている。これは明日に行う予定。

 本日は久しぶりに夜の講演会。たぶんどこかに4~5人で、安い居酒屋の暖簾をくぐること間違いないと思われる。横浜や東京の駅近くの初めて訪れる繁華街の中でも2500円でお釣りがくる居酒屋を探す名人がいる。とてもかなわない嗅覚というか、方向感覚を持っている。大事な友人である。
 今晩は慣れた場所なので、すでにだいたいは見当をつけているかもしれない。