芋焼酎はいかがですか?

英国の情報交換の場であったコーヒーハウスで芋焼酎はいかがですか?

「ナラブ」

2007-10-05 16:15:06 | Weblog
・最近自宅近所に変な店が開店した。店の中は見えなく、店の窓には「自然派食品の店」と書いてある。自然食品ではなく、自然派食品というネーミングに、まずその怪しさを感じてしまう。店頭には、朝早くから老人たちが並んでいる。どうも、卵ワンパック50円等の日がわり特売品購入を目当てに並んでいるらしい。老人たちは、有り余る時間とお金を持参し卵プラス高額な健康派食品を購入していく。それは時間とお金を消費するかわりに健康やアンチエイジングを求めて列をなしているのである。老人の孤独や健康不安に付け込んだビジネスには怒りも覚えるが、なぜか列をなして並んでいる老人たちが楽しそうに会話をしている姿を見ると、そのような機会に飢えているんだろうなとか、「コミュニティー」というかっこいい言葉を頻繁に使用する行政は何をしているんだとも考えてしまう。
・ところで、列を作ることは初詣や福袋の販売をTVがニュースに伝えることから一年が始まっている。特に日本人は、「限定」という言葉に弱く、ラーメン屋にさえ並んでいることも珍しいことではない。もっとも並んでいるうちにお腹がすいて何でもおいしく感じてしまうことは想像できる。行列の出来る店特集も、夕方の6時代のニュースの定番である。あおるなメディア!行きつけの店も行列で入れないと文句を言いたい。私は子供の頃、オイルショックを経験した。母と私でスーパーマーケットにお一人様一点限りのトイレットペーパーを買う為に、プラスの一人として買出しの手伝いをしたことを覚えている。もちろん、当時の我が家は汲み取り式の和風便器だったので、トイレットペーパーというかっこいい響きのものではなく、「便所がみ」を買いにいったのだ。当時の我が家には、不必要な便所がみが山と積まれていた。偽造された欠乏、それに伴っての欲求。当時起こっていたことはオイルショックの名を語った人為的な欲望喚起ではなかったのではないだろうか。それにも、当時の新聞やテレビは「こんなことが起こっている。大変だ。」と当時も民衆をあおっていたのである。「紙がなければどうする。(みっちゃん)」
・紙騒動と同様のことを見ることができる。それは、新宿高島屋側のクリスピー・クリーム・ドーナツ を求めて多くの人々が並んでいる。その購入者は、宅配ピザでも入っているかのような大きな箱を手にしている。かなりの個数が入っているに違いない。私がこの夏行ったオーストラリアにも何件かの同店があったが誰もならんでいなかった。シドニー空港で同店を見かけた女子高生は、興奮ぎみにドーナツ店に走っていき、2~3個のドーナツを買い求めていたが2個目になると甘すぎて食べれないと言う言葉を発していた。みんなが並んでいるとついつい並んでも食べたくなる。企業のマーケット戦略で商品イメージを高めるために、列を作らせる為の出店計画をたてているに違いない。並んでいる人々は、ただ単に商品を購入する為にではなく、商品を購入したいという欲求充足の為に並んでいる、言い換えれば並ぶためにならび、それを楽しんでいるのかもしれない。
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