今までの高校での勤務期間において
修学旅行の引率ではどのような方面に行ったのかを思い返してみた。
姉妹校のあったシンガポールとマレーシア、
同じくオーストラリアではメルボルン、
ブリスベン、
シドニー、
ゴールドコースト各都市の姉妹校訪問を兼ねた修学旅行に同行したことがある。
ちなみにオーストラリアの生徒たちは
今でも9月末に勤務校をグループツアーで訪れる。
ハワイにも全学年生徒で、
しかも制服姿の生徒たちの引率も経験した。
何百人という日本の制服を着用した生徒の旅行であっただけに
見学先では奇異に思われているだろうと今となっては思われる。
カリフォルニアにも2校姉妹校があり、
現在でも交流を継続している。
夏休みには、その姉妹校の近くにある大学のESLで実施される語学研修に参加する生徒引率も経験した。
郊外の大学なので、生徒はホームステイ。
引率は学内にあるドミトリーに滞在させていただいた。
さて、今では当たり前の様に使用されている「短期留学」という言葉は語学研修旅行のキャッチコピーであることを『地球の歩き方の歩き方』(山口)を読んで初めて知った。
それは、はダイヤモンド・ビッグ社の「地球の歩き方」の創刊メンバーである藤田昭雄が思いついた言葉だそうだ。
藤田氏によると「語学研修旅行」や「語学旅行」などよりも、
もう少し本格的な海外旅行に近いイメージが立つため、
ダイヤモンド・スチューデント友の会(DST)が
就職先を決めた学生を対象に入社前に海外研修ツアーへ行くための会員組織)
語学研修ツアーを「短期留学」という名称に変えたそうだ。
外国為替及び外国貿易管理法が改正され
年1回の条件付で日本人の海外渡航が自由化(『ニッポンの海外旅行』)され、
戦後日本人の海外旅行が一般化したのは1964年。
1980年代後半から
私の海外引率が本格的になっていることを考え合わせると、
自由化からわずか20年で
高校生の団体までが海外旅行に行くようになった。
まさに社会の変化のスピードには改めて驚いたしだいである。
海外旅行の大衆化である。
17世紀から18世紀のイギリスでは「グランドツアー」が行われていた。
「貴族や紳士階級の子弟が通った旅行で、18世紀後半になると専門職に就く中産階級の子弟もこれを行なった」(ジョンアーリ)も含めて興味深い。
調べたいことが湧き出てきた。
この秋に投稿した研究ノートは学会誌への掲載が叶わなかった。
へこたれずに、次の興味深いことへの挑戦をつづけていくつもりである。