「不快感の表明が奨励される社会」で引用した『電波的な彼女』を三巻とも読了。作品そのものの評価はいずれ書くとして、ここでは登場人物の造詣が読者にもたらす影響についてのみ述べておきたい。読者にもたらす影響というと模倣犯などのことと考える人がいるかもしないが、そうではなくて、読者がどの立場に立とうとするか、あるいは立ちたいと思うかについてである。
まず個人的な話からすると、最初に読んだ『電波的な彼女 . . . 本文を読む
考えるという行為は、時として玉ねぎを剥くのと同じだ。剥いても剥いてもその様相は変わらず、しかも芯はない。
そう戒めなければ、ただ与えられた玉ねぎをむき続けるだけのサルに成り下がるだろう。 . . . 本文を読む