列に並ぶなんて人生で何度目かしらん。
秋葉原は前もって整理券配ってたけど、池袋の方は当日になって対応してたためグダグダだったね。もう少し先読んで動けよ(苦笑)まあ何はともあれうみねこ2を手に入れた。あとは魔女との戯れに没頭すると思うので、今のうちにお決まりの挨拶をしておこう。
では、ヨイオトシヲ。 . . . 本文を読む
前回、共感が幻想であり、それが現在の社会にそぐわないことを述べたが、その幻想は実のところ日本語のファジーさ(曖昧さ)によって成立している。というのも、「感情移入の虚構性」のところで書いたように、(曖昧さの反対にある)説明という行為は「その他の可能性(想像の余地)の排除」に他ならず、特殊具体性を提示して送り手と受け手の差異を否応なく明らかにしてしまうので、同一化傾向の強い世界では(細かい)説明が避け . . . 本文を読む
さて、今日をもって2007年も最後になったわけで、しかし俺にとってはうみねこ第二話の発売という意味しかないわけで…
しばらく家と会社の往復しかできなかったので久しぶりに池袋の方に出てみたが、さすがにうみねこの予約はもうやっていないらしい。するってーと明日3時くらいには並ばないといかんのか?並ぶのって基本的に嫌いなんだけどなあ…まあ魔女にいたぶられながら明日を迎える快感を思えば、並ぶ苦痛はそれを . . . 本文を読む
さて、前回共感という幻想の危険性について書いたが、長く一緒に生活をした人々の親和性の高さ(※)やスタジアムの雰囲気の影響などと、「君が望む永遠」、「カラマーゾフの兄弟」、「ビギナー」が対照的であると述べ、その違いを敢えて書かずに終了した。今回そこから再開しよう。
※
もっとも、長年連れ添った夫婦も離婚するのであり、長く付き合うこと自体が良いとか、それがそのまま共感に繋がるとは言うことはできない( . . . 本文を読む
前回の共感に関する記事で、「君が望む永遠」の色々なレビューを見て共感に対する疑問が顕在化したと書いた。しかし、共感という言葉を意識したのはその七年前、すなわち高校2年の時『追跡者(ストーカー)』という小説を読んでからである(※)。その後書きには「ストーカーの人間の書いた本を理解できた(共感ではない)」と書いてあった(※2)のだが、そうすると「理解」「共感」という言葉は別物であるらしい。では、一体ど . . . 本文を読む
明日で仕事収めか…やはりまるで実感がないなあ…とか思いつつ。
<子供は天使じゃない>[※]
虐待を読んで。親も被害者…[ひぐらしに登場する]大人は何やってんだという怒りなどに対して。もっとも、親が有利という力関係は動かないが…、梨果の例(まあ[自分の]ムスメじゃないが)、萌えキャラ=庇護すべき存在[が反抗する]⇒梨果ママのような反応?、飼い犬に手を噛まれる怒り、子供は天使は逆効果、子供は子供で . . . 本文を読む
あと四日で年が明けるというのにまるで実感がなく、「よいお年を」という人々の言葉も、何やら空疎な響きをもって聞こえてくるだけだ。仕事のピークが1月・2月あたりなため、年号というものに大して意味を感じられなくなってしまっているのかもしれない。
まあ今は忙しさに追われているだけで、明後日仕事が終われば感慨(?)が押し寄せてくるのかもしれないが。とりあえず30日は焦らずに一日中寝てたいなあ…… . . . 本文を読む
相変わらずまとめる時間がないのでフラグメントで…
<USB,11/21 10:30、ウィッチ[ブレイド]の最終話>
自殺の仕方…ある友人の話。家で死んだら後始末とかで迷惑がかかる。だから樹海とかで…捜索隊とかで金がかかると突っ込みつつ、なぜ樹海で死ぬのかを考えた。樹海まで行く気力があるのが不思議…あるいはそうまでして樹海で死のうとする必然性は?事後処理の問題。他人に迷惑、電車、飛び降り、[以下 . . . 本文を読む
この前共感について問題提起をしたものの、しばらくはまとまった内容を書けそうにないので先に他のフラグメントを載せておくことにした。
<食え、残すな>
すでに題名が「祈り働け」を意識してるじゃん、禁欲とか清貧、金が無いわけではないのに一日千円までとか勝手に決めて夜の空腹に苦しんでいたことからすれば、禁欲というか貧乏性みたいなのが関係してるんじゃねーの?どっちかと言うて無駄が嫌い、美味いものに金かけ . . . 本文を読む