先日「欺瞞の告発」を書いたが、その一件で身につけた考え方からすれば、そのまま「世の中バカばかりだ」という認識に繋がるのが自然である。ところがそうはならなかった。理由は単純で、個人的に話した印象から、周囲の人間が(自分より)色々考えているのを知っていたからである。この経験によってますます疑問は深まった。なぜそういう人たちが、明らかな欺瞞や不可思議な枠組みを受け入れているのだろうか?いやあるいは、理屈 . . . 本文を読む
今日、踏切を待っている時に聞こえてきた会話によると、
「老人は地図でよく見えないところがあると、地図そのものではなく自分が回る」そうである。要するに、地図を回転させて見たいところを近くに持ってくればいいのに、なぜか自分がその部分(見たいところ)にわざわざ移動するのがおかしいらしい。もしこれが事実なら確かに奇妙だし、そんな行動をする要因が何なのかも興味深い。
ところで老人といえば、帰省した時に友 . . . 本文を読む
このブログでは何度か紹介したことのある「学校であった怖い話」の同人版を購入。まあ同人といっても学怖の小説版をそのまま移植した感じで、選択肢なども基本的には存在しない。全体的な印象を述べると、
1.グラフィック的な怖さはほとんどない。
2.ホラーよりグロ・狂気の要素が強い(+生理的嫌悪感)
3.語り部の性格付けがゲーム(SFC/PS)に比べ極端
4.特に後半の方で、冗長な話が目立つ
5.音楽はSF . . . 本文を読む
「個性を尊重すべきだ」という考え方が、実は自己主張・説明能力の欠如と関係していることについて対話形式で述べる。
(登場人物) N=ヌルハチ H=ホンタイジ
H
「個性を尊重すべきだ」って考えをどう思う?
N
学校なんかでよく言われたりしているな。意味のない画一化を嫌っているお前さんもどちらかと言えば歓迎すべき意見なんじゃない?
H
まあね。様々な歴史的経緯を経て生まれた理念だろう . . . 本文を読む
前回の記事で「正義」に関して書いたので、今回はその「正義」に関する個人的経験について記そう。
以前「世界への失望」で小五だか小六だかの時世界に失望したと書いたが、それは金峰山少年自然の家(小五)だか長崎への修学旅行(小六)の班決めの時である。俺の学校には複式学級というものが存在し、当時のクラスにはそこに時々行く生徒が一人いたが(本人の意思かどうかは知らない)、そいつはちょっとここには書けないよ . . . 本文を読む
「不快感の表明が奨励される社会」で引用した『電波的な彼女』を三巻とも読了。作品そのものの評価はいずれ書くとして、ここでは登場人物の造詣が読者にもたらす影響についてのみ述べておきたい。読者にもたらす影響というと模倣犯などのことと考える人がいるかもしないが、そうではなくて、読者がどの立場に立とうとするか、あるいは立ちたいと思うかについてである。
まず個人的な話からすると、最初に読んだ『電波的な彼女 . . . 本文を読む
考えるという行為は、時として玉ねぎを剥くのと同じだ。剥いても剥いてもその様相は変わらず、しかも芯はない。
そう戒めなければ、ただ与えられた玉ねぎをむき続けるだけのサルに成り下がるだろう。 . . . 本文を読む
今まで、悪いのは常に他の誰かだと考えたり、作品に対して不快感を覚えたときとにかく作品のせいにする傾向について述べた。ところで、このような傾向はいかにして生まれるのだろうか?
二つの要因があるように思える。
一つは「不快感を表に出すべし」という考え方だが、これは「泣き寝入りはよくない」という考え方、あるいは「事なかれ」の否定とも言い換えられる。これは、セクハラやいじめの告発など、必ずしもマイナス . . . 本文を読む
もし自分が「まとも」であるのなら、間違っているのは常に他者・外界であるということになる。
例えば、「キレる若者」「最近の若者」として車内での態度の悪さなどが指摘されてきたが、実際には車内暴力という中年も巻き込んだ一種の社会現象であることが認識され始めている(ただし、昔もそういうことはあったのかもしれない。よって、最近出てきたのか最近問題にされるようになったのかはわからない)。また援助交際する女 . . . 本文を読む
※以下の内容は実際の会話を記録したものではない。
登場人物[?] うずしおキング=U レッドサイクロン=R (ドラクエ4より)
U
で、話始める前に質問なんだが、何で俺たちゃなんでこんな名前なんだ?
R
さあ?ビアンカの話と繋がってるんじゃね?……あ~、どうも最近読んだ『ぶーぶー☆かがぶー』の影響もあるみたひ。チョココロネの連想としてかまいたち[?]が出てきたのがえらくお気に召したらしいよ。 . . . 本文を読む