(登場人物) ドロイゼン=D イェスペルセン=J
D
続きまして~、トピック「象徴的解釈~」「象徴的解釈~」
J
なんでいそのノリは?
D
いや野球の選手紹介のノリで・・・
J
わかりにくい上に、あんまテンポが合ってへんと思うよ。
D
さもあらん。で、夢の世界やその中の事物が何を象徴してるかって話なんだけど。
J
その前にさあ、そういう解釈の方向性が出てくる理由というか必然性を考えておいた方がいいんじゃない?
D
1.言語を介したコミュニケーションが全くないため解釈の余地が大きい。あるいは意味不明w
2.抽象画みたいなのがあって、いかにも何かの象徴っぽい。
3.荒野で見られる「鳥人間」たちのピクニックのように、何かのイベントっぽい=すごい意味ありげなのに全く介入できないものがある
4.下水道の美術館や地底人の数字言語(?)など、何か法則性があるんじゃないかと思わせるものがいくつかある。
そういう世界を目的がわかんない状態で延々さまよってたら、そりゃ意味の一つや二つも考えてみたくなるもんさ。
J
まああらゆるものに対して「全然わけわかんねえ」と反応する人もいるかもしらんけど。
D
それはそれで一つの対し方だと思うよ。で、屋上とかを見て「でもなんかいいわココ」とか和んだりするのだってアリでしょ。てゆうか基本的にあちきはそういうスタンスなんで。
J
はいはい。で、たとえばどういう解釈が出てきたりするわけ?
D
そうさのう、現実世界ではドアの外に出ようとしないことや、エンディングの内容から主人公の「窓付き」が幸福な状況でないのは予想がつくよね。引きこもりなのか何なのかはわからんけど。
J
いやいや。実は世界が異星人に征服されててお外に出られない~てな可能性もあるじぇ。
D
それ「〇〇の唄」や「〇〇の歌」に影響を受けすぎやろw
J
そこで「マトリックス」とか「トータルリコール」が出てこんあたりがあんさんの偏りば示しとるね。
D
世紀末っぽいイメージやったらヌシの言った映画はそぐわんじゃろ。バラードの「結晶世界」や「沈んだ世界」とかならまだわかるけど。ついでに言えば、もしそういう設定なら夢の中は楽園として描かれるんじゃなかろーか。まあそれは置いといて、窓付きがそんなんだとすると家族は一体どうしてるんやろと疑問が出てくる。もっと言えば、誰が窓付きを養ってるんだろ?とかね。
J
その言い方はちょっと嫌だな。
D
同感じゃが、ボキャ貧ゆえに許してくれろ。で俺が考えたのが、樹海に出てくる死体=父親、「キュッキュ君」=母親、「赤の王様」=義父。
J
それはこじつけくさいなあ。後ろの二つは同じ場所にいるし、窓付きの部屋のドアと同じ作りをしてるから繋げるのは理解できるけど、死体は全然違う場所にいるやん。
D
まあそう言うと思ったよ。じゃあ最初に死体からいこうか。俺は死体から「しんごう」を獲得できるのが象徴的だと思うんよね。
J
というと?
D
あれって「青=動く、赤=止まる」という効果を色々なキャラにもたらすやんか?
J
そりゃ信号のもたらす効果が夢にまで投影されてるだけじゃないの?荒唐無稽な展開なのに妙なところで論理的特徴を持っている・・・てのはよく言及される夢の特徴の一つジャマイカ。
D
まあ最後まで聞きんしゃい。猫のエフェクトは何を象徴していると思う?
J
はぁ?そんなん「かぁいいくていいね~」ってだけじゃに?
D
されは表象に騙されてるだけだお!「猫を被る」という言葉があるように、アレは本性を隠してコビを売っておるのだよ。だから他のキャラが引き付けられる効果を持っているのさ。
J
ほ~、さよか。
D
それで信号の場合だけど、青が「許可」、赤が「禁止」を意味しているのではあるまいか。言いかえれば、「しんごう」とは善悪の基準を象徴してるわけ。そういった考え方でいくと、そのエフェクトをくれた死体は、善悪の基準を教えてくれる(くれた)存在だったことになる。死体の服装からすると男性っぽいので、父親じゃないかと。
J
兄や先生といった可能性は?あと「しんごう」がそういう意味を持っているとすると、「モノ子」が「ドンドコ」しちゃうのとかはどうなの?
D
まあ可能性はゼロじゃないわな。その場合は兄ないし先生が主人公の規範としていた、つまり信頼を置いていた人物ということになり、「赤の王様」は義父ではなくて実父になるかと。次に「モノ子」の反応だけど、あれは規範によって発狂したことを意味してるんじゃないかしらん。少なくとも、単に「運動・停止」の視点で考えるよりは説得力あると思うけど。まあ近くにいる「デーブ・スぺクター」はバルバロイ的存在であることを意味していて、その言動がモノ子を狂わせた・・・とかまで言っちゃうと、悪ノリがすぎるかなw
J
なんつーかお前さんの発言聞いてるといかにも擬似精神分析と言うか・・・エヴァの考察とか見てアホらしいと思ったて話はどうなったんやら。
D
あらあら、妾の中にもそういう視点は存在しとりますえ。ま、この話は次回ね。本題に戻ると、死体が何を指すにせよ窓付きにとって規範となる存在はすでに死んだわけ。つまり彼女は生きる方向性を見失ったんや。特殊な構造をしたトンネルは、その記憶を奥深くに封印していることを意味してるんだろうけど、もっと言えば、あの眼は葬儀に参列していた有象無象の好奇の眼差しで、トンネルの黒は喪服を象徴してもいるんだろう。ちなみに死体の周辺をもう少し分析してみると・・・
彼が死体として登場することから考えると、窓付きはその(おそらく交通事故による)ショッキングな死にざまを目撃してしまったんではないか。で、その姿が記憶に焼きついてると。コーンがあってその先に行けなくなっているのは、彼にちなむ様々な記憶に触れるのを無意識に拒絶してるのかもしれない。そしてただ彼の死体だけが、周囲から切り離されて記憶の中に浮遊しているというわけや。
J
よくもまあ、そこまであれこれ考えるもんやねえ。
D
デビル脳は妄想力、とwまあそういうわけで、規範的存在を喪った窓付きの傍(家)にいるのは彼女が強制的に起こされるほど恐怖する「赤の王様」=暴君的存在=義父。そしてそれに奉仕する(家事をする?)だけの「キュッキュ君」=母親のみ。
J
「キュッキュ君」なのに母親てw
D
それは通称だからねえ。性別はあるかないかも含めて不明ですにゃ。ちなみに、窓付きに関わろうとせずこちらからコミュニケーションを試みても何も起きないことは、近くにいるけど主人公を助けてはくれず、何ももたらしてくれない存在、という主人公の主観を投影しているんではないかな。でも包丁を持ったら=暴力の兆候を見せたら、手つきが速くなり焦っているらしいことがわかる。でもやっぱりコミットメントはしない・・・そんな具合で恐怖の対象や自分に無理解な存在しかいないから、主人公はドアの外に出ようとしないんだろうよ。
J
なるほどねー。でも一番まともそうに見える「ポニ子」とかはどうなの?あれ友達か何かにも見えるけど。
D
じゃあ「鳥人間」も合わせて次回話すことにしませう。
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