山里に生きる道草日記

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

迷宮の先は神社だった

2017-02-09 22:34:13 | 歴史・文化財
 また迷ってしまった。
 浜松の街中を出るたびに迷ってしまう。
 田舎者には表示がじつに不親切だ。
 結局、賀茂真淵を祭神とする「縣居(アガタイ)神社」に来てしまった。

                                       
 「縣居」とは田舎の住まいという意味だそうだが、真淵が日本橋浜町に住んでいた所をさし、真淵は通称「縣居翁」と言われていたそうだ。
 天保の改革で有名な浜松城藩主の水野忠邦や真淵の弟子の奔走で天保10年(1839)東伊場賀茂神社内に「霊社」を建立。
 大正9年に現在地に移転したが、戦火にあい、昭和59年再建。

                 
 灯篭に刻字してある「國光赫々(カクカク)」「神徳昭々(ショウショウ)」という言葉に国家神道の威光が偲ばれる。
 境内にも「敬神は修養の基」というような石碑・歌碑などが整然と並んでいた。

 迷っても意外性を楽しむのは本意だが、時間や相手という制約があるとストレスはやはり高まる。
 迷った原因は、国道152号線が離れて二つもあったことだった。
               

                                           
コメント
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