直木賞受賞作・安部龍太郎『等伯(上・下)』(文春文庫、2015.9)を読む。室町幕府以降独占的に御用絵師となった狩野派に抗して敢然と孤塁を築き上げた、長谷川等伯とはどんな人物だったのかを知りたいと読み始めた。
それはまさしく壮絶といっていいくらいの命がけの生涯だったことがわかる。安部龍太郎が等伯の足跡を膨大な資料を駆使し、現地を詳細に踏破しているのがわかる。そのためまるでドキュメンタリーのように等伯の心の行方に肉薄している。
本のカバーの「松林図屏風」は国宝にもなっているが、それは絵画部門では人気No.1となる傑作でもある。等伯は、狩野派よりも色彩やデザインの斬新さなどで独占企業の一角を崩し、権力者にも認められるほどの個人商店・長谷川派形成に成功する。
しかしながら、跡継ぎの息子や妻を亡くし、さらには狩野派の妨害工作にあうなどなんども挫折を繰り返す。それでも、権力者に認められる地位を築く作品を完成させていく執念はすさまじいほどだ。それはまさに東日本大震災復興の祈りも込めて作者は描いたという。
解説者の国文学者「島内景二」は、57歳で『等伯』を上梓するなど遅れてデビューした安部は、生の更新に絶えず挑んできた「安部=等伯」そのものだったのではないかと分析している。それはまた、作者の次なる迷宮への突破力に期待している正鵠の解説も素敵で暖かい。