田舎生活実践屋

釣りと農耕の自給自足生活を実践中。

S君、O君 フランクルの時代精神の病理学(2011/9/7)

2011-09-07 22:30:15 | 先生・友人
普段は、北九州市の若い方の就職支援の事務所に出かけて、若い方の話をフンフンと聞いていまして、いろいろと教えられます。先日は、フランクルの時代精神の病理学の話になり、私も20歳と少しの時、読んだことがある本。この本との思いでを30年近く前、つづった記事を寄稿した雑誌があったことを思い出し、本箱の隅から引っ張り出しました。同人雑誌の「燧(ひうち)」という雑誌で(冒頭の写真)、私の高校時代(愛媛県の今治西高校)の日本史の先生の竹本千万吉先生(もうお亡くなりになった。学識はへたな大学教授は足元にも及ばない。生徒や父兄の人望は抜群で、趣味釣りで、私の遊び仲間の冒険家のM先生によく似ている)が起こした、同人雑誌。内容は、次のとおり。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1983年 同人雑誌「燧(ひうち) 4号」に竹田が投稿したもの。

古い日記
 古い日記をめくってみた。21歳から22歳、10年以上も前の日記である。「F君とS君、特にS君の扱い方に苦心している。どうも東京っ子の学生は付き合いにくい。悪人ではないのだが(昭和45年9月)」。S君に反感をもちだしたのは、たまたま、その年の大阪万博に、グループで見物にいこうという約束を、S君だけが期末試験が迫っているとの理由で、直前に破ったという、ささいなことが原因であった。それ以来、S君とは顔をあわせても、口もきかない。他の友人にも、S君ボイコットに加わって欲しかったがうまくいかず、一人でカリカリしていた。
 「朝8時半から夕方5時まで、ぶっ続けの講義。少々疲れる。肉体的・精神的にまいった(昭和45年10月)」。精神的にまいったなどと書いたが、そんな生易しいものではなかった。目の前が真っ暗といった方がいい。大学での講義も、夕方になると、さすがにくたびれてきた。教室は学生で満員で、中央近くでノートをとっていたので、抜け出すことはちょっと無理。そんな時、ふっと異常に気がついた。急に大声で叫びたくなったのだ。叫ぶのではと心配したといったほうがいい。100人ちかくの学友が、驚いて、こちらを振り向くかもしれない。大声を出すなどという馬鹿なまねはするなと自制はするものの、額に汗が出る。残り30分はもう講義どころではなかった。これがノイローゼか、ゆくゆくは精神病で、僕もこれでおしまいか。目の前が真っ暗である。
 「西高時代の先輩のTさんがやってくる。一時間ほどダベる(昭和45年11月)」。Tさんとのダベリングで、Tさんの住んでいる寮にはノイローゼの学生はいるかと聞いてみた。いるいる、いっぱいいるとの事。目の前は暗い。頭が重くて集中しきれない。S君と対立、あわよくばS君をグループから追放してしまえと、力んで、その事ばかり考えていた神経の緊張が引き金になったのだろう。小生は、いつかは精神病で廃人かとの心配を抱え込んだまま、その後の3年ばかり暮らすはめに陥った。学生生活は、表面上はいままでどおり続けたし、S君とも気持ちの通い合う友人にいつの間にか戻ってはいたが。
 「O君から200円で買った『夜と霧』(フランクル)を読む。ナチの強制収用所で生死の境をさまよった、一心理学者の記録。特に、ユーモアが生活技術として重要であるから『私は彼に提案して、これからは少なくとも、一日に一つ愉快な話をみつけることをお互いの義務にしようではないかと言った』という収容所での心構えをつづった箇所に共鳴(昭和46年9月)」。O君とはたまたま寮で部屋がいっしょになった。当時、それほど親しかったわけでもなく、どちらかといえば、印象の薄い友人だった。そのO君が、竹田、この本は読んだから200円で買え、と差し出した本が「夜と霧」(フランクル・みすず書房)だった。気分的には乗り気でなかったが、まあ付き合いだからと、200円(定価600円)で買ったわけだ。読んでみると、一年来の重苦しい気分を和らげてくれる。希望ゼロのユダヤ人の強制収用所で過ごし奇跡的に生き延びたフランクルの体験に共鳴するものが、当時の私にあったのだろう。
 さっそく、フランクルの他の著書を買って読んでみた。それが「時代精神の病理学」(みすず書房)。フランクルの戦後行った、ラジオでの講演(神経症治療をねらったもの)集だと買ってみて知った。読むうちに目が釘付けに。「強迫神経症。劇場などで大声で叫んだり、ナイフで人を刺したり、今走ってくる電車に飛び込むのでとの脅迫観念に苦しむ。・・・しかし、ナイフで虫一匹殺せた患者はいない。彼を最も苦しめるのは、自分はこのまま精神病者となり廃人となるのではとの不安。・・・しかし健全者を含めて、もっとも精神病にかかりにくいのは、私(フランクル)は自信をもっていうが、この強迫神経症患者」との一節。まさしく私のことではないか。頭の中の重苦しいかさぶたが、ポロリと音をたてて落ちたような気がした。5月の青空とは言えないが、雨空に、一条の日の光が差し込んだとの観があった。
 気持ちが5月の青空になったのはこの2年後であったように思う。
 この3年間の重苦しい体験から二つのことを学んだ。
 一寸の虫にも五分の魂というが、五尺の人間はそれ以上である。まちがっても私がS君にしようとしたように、社会的に抹殺しようなどとはしないこと。いかに不愉快でも、態度に出さず、黙って時の経過を待つように耐えるのが一番。そうでないと私のように、えらい目にあう。これが一つ。
 フランクルの著作を読むきっかけは、竹田この本を200円で買えのO君の一言。O君は一見、どうということもない友人だったが、私の命の恩人ともいうべき人(本人はそんなことは今も知らない)。人の話は注意してよく聞くこと。どんな大知識をもらえるか分からないというのが二つ目。
 今日も10年前同様、日記を書いた。今日の日記を読み直してみる日がまたあるかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 いまから30年近く前に書いた文章だが懐かしい。
争ったS氏はその後、銀行員となり、高知に単身赴任した時、私とF氏に声をかけてくれて高知旅行。
S氏が休日のたまり場にしていた、イングリッシュガーテンハウス(左のブックマークにHP)に連れて行ってくれた。
イングリッシュガーデンでの減農薬ミカンの栽培の苦労話が今の竹田農園にいい味付けをしてくれている。

F氏は、官庁で過ごした後、エコノミストとして立命館大学の先生として今も活躍。
私がT社リストラを言い渡されてしょぼくれている時、京都・琵琶湖旅行を企画してくれて励ましてくれた。

 時代精神の病理学、アマゾンで検索すれば、中古(新品同様)品が送料込みで500円前後で4日で届く。
ラジオの講話を収録したもので、読みやすい。
読んで損はしませんぞ。

(フランクルの脅迫神経症の記述は「時代精神の病理学」みすす書房1961年版の134ページに。)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする