今週も土曜・日曜とまずまずの天候で、それなりに充実した2日間を楽しく過ごせました。そして13日土曜日は、相変わらず日光の石仏巡りに出かけました。もっとも、その半分くらいは先週までの石仏巡りで撮影できなかった、また逆光で上手く撮れなかった石仏の写真撮影と記録漏れの碑塔再調査でしたが…。今回の石仏巡りでは、ついつい面倒が先に立ってしまって、手拓を予定していた物もその前に立って眺めるだけで全く手をつけませんでした。そして今回から、日光市内の落ち穂拾いに入りました。午前中は順調に進んだのですが(それでも初回の石仏調査の時に、誤って左手小指を切ってしまいましたが)、お昼頃から細尾町へ入ってそのペースも落ちてしまい、地元の人に聞いたら「車で奥まで入れる筈だ」の山道が、その言葉とは裏腹に大荒れに荒れた道となっていました。「まあ、四駆だから大丈夫だろう」と走らせたのですが、それがイケマセンでした。途中にある「山神」までは何とか行けたのですが、その先へ進んだところでストップ。そして道が狭すぎて流石の私の運転技術でもUターン出来ない状態に陥ったのです。途中でお腹は空いてきたし、鹿の悲しげな秋鳴きの声を聞きながら今回ばかりは参りました。仕方なしに、車をUターン出来る所までバックで戻りましたが、雨で崩れた山道ゆえに、バックして進むための轍を選ぶだけでも大汗物でした。それでも途中で景色が良い所があったので、そこで誰もいない山の中でのんびり昼食を取りながら一足早い秋の景色を楽しんで来ました。本当は、この細尾町の愛宕山へ登りたかったのですが、それは次の機会へと譲って里へ降り、何とかその後は細尾町の石仏を半分ほど記録してきました。そして先週出来なかった、町中の稲荷町稲荷神社へ行き、1995年6月以来の本格的な同境内にある碑塔の悉皆調査をしに行きました。当地には、全てで19基の碑塔があり、今年になって再調査したのはその内の5基のみ。残る14基の碑塔調査に入りましたが、過去に誰も碑塔を掃除した人がいないので、ここでも碑塔磨きが最初の仕事となりました。そんな所へ氏子総代の方が社務所に用事があって、その帰りに見えられて、「私達に代わって、石仏を掃除してくれて有難うございます」という、丁寧な挨拶をされてしまう。本心は、既に3時を過ぎているので、今日は掃除だけで時間もないので終わりにしようと思っていたのだが、私が掃除する側から離れず、綺麗になって出てくる交名に興味を持って読み出す有様。これには困って、仕方なしに私も記録台紙を取り出して書き込むことになりました。そんな訳で、結局は全てを調査してしまうことになりました。日光市内は山を背にしているので日が暮れるのは早く、全てが終わった4時半頃には交名などの細かい文字は読めない有様でしたが、突然の助手が現れたと思って観念し、最後まで仕上げてしまいました。もっとも、本当は全碑塔の写真を撮るつもりだったのですが、そんな訳で拝侍二猿型の庚申塔を撮影出来ただけに終わってしまいましたが…。そして、「星様」という総代の方に最後まで見送り下さいました。ホントッ、日光の方々は親切です。そんな次第で、次回も日光へ行こうと思っています。