石碑調査(栃木県限定)と拓本等について(瀧澤龍雄)

石碑の調査(栃木県内限定)を拓本を採りながら行っています。所在地などの問い合わせは不可です。投稿は、実名でお願いします。

新年最初の石仏巡りは6日の足利市

2008年01月06日 | Weblog
 2008新年も、毎年が一日の如くに過ぎてしまい早くも今日は六日です。皆様は、この新年をいかがお過ごしでしたか?。そして今年の目標は…
 さて、私の今年の夢は何を置いてもまずは「足利市の宝篋印陀羅尼経塔」の纏めにあります。残っている未訪問寺院も数が少なくなってきましたので、春までにはそれらを片付け、同時進行で共同墓地や廃寺跡と思われる集落センターを訪ねることに集中していこうと思っています。もちろんその間には息抜きも必要ですから、栃木市や小山市等へも気分転換で出かけることもあるでしょうが、いずれにせよ今年の春までには足利市の宝篋印陀羅尼経塔を終了させたいと思っている新年です。

 そんな今年最初の1月6日の石仏巡り、出発した時点での予定では栃木市へでもふらりと行くつもりだったのですが、車を運転していて気が付けば、いつもの293号線を足利へ向かっていました。昨年暮れの30日と同じく、全く車の往来が少なくいつもなら1時間半は掛かる道のりも約1時間で中心部へ着いてしまいました。そして今回は車の中にザックがあることを幸いと、今日は足利市内の寺院仏閣巡りとして足利市文化会館へ駐車して歩き出したのが午前8時50分。まずは、本城地区の心通院を訪ねて庚申塔の銘文を手拓しようと庫裡に挨拶へ行き、了解を頂いたまでは良かったのですが、水貼りを終えて墨入れしようとしたら、肝心の墨がない。そして、車の中に墨を置き忘れたことに気づいたのです。新年早々、第一歩からの失敗に苦笑しつつ、「ア〜ア、今年もこれでは先が思いやられる」と相成り、手写しに切り替えましたが、所詮は拓本が必要だから準備しただけに文字の一部が読めない。
 諦めて、心通院を辞してからは→善徳寺→明石弁天→各宗共同墓地→樹覚寺→法楽寺→徳正寺(虚空蔵尊を含む)をのんびり巡りました。この寺社巡りでの収穫は、徳正寺での宝塔型宝篋印塔に陀羅尼経の一節を見つけたこと。浄土宗にも宝篋印陀羅尼経塔があることに、今日の最大の収穫として境内で大休止してから駐車した文化会館まで戻りました。
 予想もしなかった宝篋印陀羅尼経塔に出会ったので、これで今日の成果は大満足とし、昼食を食べるのに相応しい田舎へ移動することにした。
 その目的地は、大沼田町。萬福寺の広い駐車場でのんびり昼食を取ってから少しばかりの碑塔調査を行い、同地内の地蔵寺跡へ行き、以前に来て未調査の十六日念仏塔等を記録しながら、折からの真っ青な冬晴れ景色を堪能してここでものんびりしてしまう。何しろ今日は、家を出るときには予想もしていなかった足利市へ来て、それも宝篋印陀羅尼経塔を一基見つけたのだからお腹ならぬ心は大満足。まだ、時計は午後二時だがこのまま帰宅しても良いかと考えつつも、どうせならこの大沼田地区の昔からの生活道路を一回りしてからにしようと、車一台だけがかろうじて通れる東山側の道を選べば、その道途中には幾つもの碑塔が建立されていた。もちろんその中には庚申塔も含まれていたが、私が最も喜んだのは「二十二夜」塔にみた血盆経の銘文であった。ここで、本日二回目のバン、バンザイを叫ぶ。そんなこんなで、狭い地区で一時間ばかりを過ごしてから、鼻歌気分で三時には足利市を後にした。
 当然ながら、今回の碑塔調査数は少なく総数で31基である。それでも、その中身は新年最初の石仏巡りとしては内容豊富で嬉しい限り。これも午前中の寺社初詣の効用と、今年1年の幸先良い一日となった。
 さて来週12日は、東京での友人令嬢の結婚式に出席。自分の娘のように親しくしているお嬢さんだけに、その晴れ姿を祝福に行こう!。というわけで、石仏巡りは延期です。