今日、1月14日は暫くぶりの栃木市訪問です。しかも、かつて訪れた場所を中心とした碑塔巡りですから気が楽なもので、一日を楽しく過ごしてきました。それでも、昔とは道が違っていて、特に惣社町内匠地区の五猿庚申塔の場所には参りました。昔は、狭く曲がりくねった道沿いの墓地入口にあったのを記憶として行きましたので道が判らなくなり、途中で諦めました。しかし、それでは沽券に関わると午後の最後の時間に再度トライしてようやく辿り着くことが出来ました。その入口には立派な星風荘のケアセンターが出来ていましたので、判らなくなってしまったのです。
ところで今日は、一日で47基もの碑塔を記録することが出来ました。これも、そのほとんどが場所を知っていたからです。それでも、過去に来たときは宝篋印塔に興味がなかった頃ですので、最初に訪れた栃木市仲仕上町の薬師堂で宝暦年間の宝篋印陀羅尼経塔に出会えました。ここで面白かったのは、その薬師堂の正しい名前が「薬師瑠璃光如来豊山派」とある事です。つまり、この場所には元々真言宗豊山派の寺院があったことを自ら証明しているようなもので、思わず笑ってしまいました。また同薬師堂には鰐口があって、そこには安政五戊午年二月初吉日とありました。これは、佐野市の高橋氏の調査対象物ですが、当然高橋氏のことだから調べていることだろうと、その高橋氏が撮影したであろう位置から遊びで私も写真を撮りました。
その後も、あちこちと巡り歩きまして今回は実に沢山の十九夜塔を見ることが出来ました。途中で、この近くへ来たときには必ずと言って良いほどに立ち寄る観音堂へ又しても寄り道し、今回も同じ写真を撮って一人で喜んでしまいました。今回のHPには、またしてもこの地の碑塔風景を掲載する予定です。
次回は、また足利市の寺院巡りに行こうと思っています。何しろ未訪問の足利市寺院はあと15ヶ寺位になりましたので、そろそろ最終段階に近づいて来たからです。足利市内の宝篋印陀羅尼經塔は、どうやら50基までにはならないようです。そのだめ押し調査です。願わくば、あと1基はそんな宝篋印塔に出会いたいと願っています。それにしても今日は、一日中冬晴れとなり日光の山々は言うに及ばず、日光白根山まではっきりと見ることが出来ました。寒いけど、それなりに楽しい季節です。それでは、また次回まで
ところで今日は、一日で47基もの碑塔を記録することが出来ました。これも、そのほとんどが場所を知っていたからです。それでも、過去に来たときは宝篋印塔に興味がなかった頃ですので、最初に訪れた栃木市仲仕上町の薬師堂で宝暦年間の宝篋印陀羅尼経塔に出会えました。ここで面白かったのは、その薬師堂の正しい名前が「薬師瑠璃光如来豊山派」とある事です。つまり、この場所には元々真言宗豊山派の寺院があったことを自ら証明しているようなもので、思わず笑ってしまいました。また同薬師堂には鰐口があって、そこには安政五戊午年二月初吉日とありました。これは、佐野市の高橋氏の調査対象物ですが、当然高橋氏のことだから調べていることだろうと、その高橋氏が撮影したであろう位置から遊びで私も写真を撮りました。
その後も、あちこちと巡り歩きまして今回は実に沢山の十九夜塔を見ることが出来ました。途中で、この近くへ来たときには必ずと言って良いほどに立ち寄る観音堂へ又しても寄り道し、今回も同じ写真を撮って一人で喜んでしまいました。今回のHPには、またしてもこの地の碑塔風景を掲載する予定です。
次回は、また足利市の寺院巡りに行こうと思っています。何しろ未訪問の足利市寺院はあと15ヶ寺位になりましたので、そろそろ最終段階に近づいて来たからです。足利市内の宝篋印陀羅尼經塔は、どうやら50基までにはならないようです。そのだめ押し調査です。願わくば、あと1基はそんな宝篋印塔に出会いたいと願っています。それにしても今日は、一日中冬晴れとなり日光の山々は言うに及ばず、日光白根山まではっきりと見ることが出来ました。寒いけど、それなりに楽しい季節です。それでは、また次回まで