石碑調査(栃木県限定)と拓本等について(瀧澤龍雄)

石碑の調査(栃木県内限定)を拓本を採りながら行っています。所在地などの問い合わせは不可です。投稿は、実名でお願いします。

9月11日は暫くぶりに日光へ行きました

2010年09月13日 | Weblog

 残暑が厳しい日が今日も続くと言うことなので、本来なら上河内町の平地の石仏巡りですが、自分の身体を休めるために少しでも涼しい思いが出来る日光へ行きました。
 朝8時半から11時半まで、みっちりと石屋町の志渡淵川の竜造寺墓地にある石造物調査を行いました。もちろんここへはこれまでに何度となく訪れている場所なのですが、墓地内の碑塔調査は完全に終わらせていなかったからです。特に十王像などは何度も写真を撮っていながら精査はしていませんでした。そこで今回はその背中にある銘文までも手拓しました。また、墓地内に散らばる碑塔も、偏に面倒が先になって同様の状態だったのです。さて、実際に始めてみると結構な重労働を要するものもありましたが、その中に寒念仏に関する碑塔が幾つか出てきてやはり精査をすればそれなりの成果があるものだと感じました。また、秋空にそびえる日光表連山を眺めながらの石仏調査は気分の良いものでした。そんな、墓地から眺めた山々の景色が、今回の写真です。
 一応の調査が終えたので、それから日光図書館へ行きました。実は、日光図書館の吉新館長様に、私がこれまで探してみ見つからない日光地区の庚申塔所在地を教えてもらえることになっていたのです。訪ねれば早速に事務所で、今日までの探索で分かった場所7箇所の地図を持って出迎えてくれました。それらの場所を丁寧に教えてもらって、午後からはそれらの庚申塔調査です。特に、憾満ヶ淵にある庚申塔には驚きもので、よくぞこんな場所にあるのを探してくれたと感激物ですが、残念ながらその内の1基は、鉄線が金網の上に張ってあって、ご丁寧にも立ち入り禁止の看板まで設置してある。そのため遠くから写真を撮るのが精一杯で銘文までは確認できませんでした。また、石屋町の金剛童子の場所は、絶対に余所者には分からない山中にありました。地元の方ならではの探索で見つけられた今回の庚申塔の数々、本当に感謝感謝の言葉しかありません。もっとも、その中には私の不注意で見逃していたものが数基ありましたが…。
そんな、地元の方でもそう簡単に見つかりそうも無い庚申塔探索を、喜んで引き受けてくれました館長さんには、ただ感謝するのみです。まだまだ、探索をお願いしている庚申塔がありますので、これからが楽しみです。
そんなこんなで、今回は一日で28基しか調査できませんでしたが、私にすれば長年捜し求めていたものが少しずつ実見でき、こんな嬉しい日光行きは中山さんと行って以来の暫くぶりでした。