実は、先週に立て続けて使用していたwinndowsのパソコン2台がクラッシュしてしまい、様々な手を尽くして修復に努めたのですが、どうにもならずに終に破棄することにしました。メモリーを取り出して壊してしまったので、廃棄処分です。二台とも10年以上使い続けていたので、やはり寿命が来たようです。MAC(ちなみにMACは5台を持っていてそのうちの3台は現役です)の中の1台などは、15年以上も使い続けている(しかもwindowsと違って非常にはハードに使用しているにもかかわらず)のに、今だ現役で活躍しているというのに!。ちなみにwindowsは、インターネット関連が中心だったのに、です。そんな訳で、先週の10月6日の石仏巡りのブログは書き込みできませんでした。
さて、愚痴はそのくらいにして昨日は、相変わらず栃木県鹿沼市の板荷地区へ入りました。この地区に残っている1基の宝篋印陀羅尼経の刻まれた宝塔型宝篋印塔が未調査だったので、それを探しに行きました。その宝篋印塔、実に難しい場所にありまして、道理で普通の方法では見つかるはずもないという所にありました。それでも、その探し出す途中にて農家の方々にはお世話になり、一日の半分以上はそんな農家の方々と一緒になってのお茶飲み時間に費やした1日でした。それがまた実に愉快な時間で、この季節にしては珍しく午後4時過ぎまで現地にて過ごしました。そして帰宅し、本日の石仏巡りの成果を振り返ってみたら、調査台帳にはたったの15基のみという有様で思わず苦笑です。それでも、その中には当地板荷地区草分けの渡辺家墓地にあるご先祖さまの墓石にある、家塾を開いたご碑文を手拓することが出来ましたし、山中にある共同墓地では光明真言塔の兄弟塔(板荷地区にある同じ形態にて同じ時代で同じ内容のもの)を見ることも出来、それなりに満足出来た1日でした。
それにしても昨日は、当に秋晴れ、日本晴れの1日でした。石仏巡り途中では、野の花を写真に撮ったり、ソバ畑の風景を撮ったりと石仏巡り以上に忙しい一日でしたが、上記に掲載した写真は、その中の秋空の下にある石仏風景を撮ったものです。次回からは、板荷地区を離れて、もう少し鹿沼市の西側へ入ろうか、それとも夏に見つけておいた石造物の手拓作業に行こうか、嗚呼どちらにしようと嬉しくも悩んでいるところです。