
私が両親の介護をしていたとき、
幾度となく病院や施設を訪問したが、
〈なんと多くの寝たきり老人がいることか……〉
と、驚いたことを憶えている。
TVなどでは、元気そうなスーパー老人ばかりを紹介し、
「人生100年時代」が今そこに来ているかのような演出をしているが、
その実態は(日本は)「寝たきり老人」大国で、
世界の平均寿命ランキング(2022年)で第1位(84.3歳。数値は男女合わせて)なのも、
〈「寝たきり老人」を増やし続ける日本の“延命至上主義”によるものではないか……〉
と、疑わざるを得なかった。
そんなときに手に取ったのが本書だった。

『欧米に寝たきり老人はいない - 自分で決める人生最後の医療』というタイトルからして、
衝撃的だが、読み始めると、もっと驚かされることばかりであった。

宮本顕二
1951年生まれ、北海道出身。独立行政法人労働者健康福祉機構 北海道中央労災病院名誉院長。北海道大学名誉教授。日本呼吸ケア・リハビリテーション学会理事長。内科医師。北海道大学医学部卒業。同大学大学院保健科学研究院教授を経て、2014年に北海道中央労災病院院長就任後、現職。

宮本礼子
1954年生まれ、東京都出身。医療法人 風のすずらん会 江別すずらん病院 認知症疾患医療センター長。内科・精神科医師。旭川医科大学医学部卒業。2006年から物忘れ外来を開設し、認知症診療に従事。2012年「高齢者の終末期医療を考える会」を札幌で立ち上げ代表となる。2016年に桜台明日香病院を退職し、現職。

人は寿命が尽きるころになると、
食欲がなくなり、飲み込む力も衰え、食べたり飲んだりしなくなる。
約60年前までは、そのまま枯れるように亡くなっていたのだが、
その後、医療が進歩し、
人工栄養(鼻チューブ・胃ろうからの栄養、濃い点滴)が行われるようになり、
その結果、寝たきりで重度の認知症になっても、何年も生かされるようになった。

日本では現在、約200万人もいるといわれる「寝たきり老人」なのだが、
ヨーロッパの福祉大国であるデンマークやスウェーデンには、
いわゆる「寝たきり老人」はいないと、どの福祉関係の本にも書かれている。
不思議に思った(著者の)宮本顕二・宮本礼子夫妻は、
他の国ではどうなのかと思い、
学会の招請講演で来日したイギリス、アメリカ、オーストラリアの医師をつかまえて聞くと、
「自分の国でも寝たきり老人はほとんどいない」
との回答だった。
日本の医療水準は決して低くはなく、むしろ優れているといってもいいくらいなのに、
なぜ、「寝たきり老人」が日本にはいて、外国にはいないのか?
答えは夫妻が訪れたスウェーデンで見つかった。
案内してくれた認知症専門医のアニカ・タークマン先生によると、
高齢あるいは、がんなどで終末期を迎えたら、口から食べられなくなるのは当たり前で、
胃ろうや点滴などの人工栄養で延命を図ることは非倫理的であると、国民みんなが認識しているとのこと。
逆に、そんなことをするのは老人虐待という考え方さえある。
だから、日本のように、高齢で口から食べられなくなったからといって胃ろうは造らないし、点滴もしない。
肺炎を起こしても抗生剤の注射もしない。内服投与のみ。
したがって両手を拘束する必要もなく、
多くの患者さんは、寝たきりになる前に亡くなっていた。
なので、寝たきり老人がいないのは当然なのだった。
点滴も経管栄養も行わないスウェーデンから戻って、
当時勤めていた病院の病棟を見回すと、寝たきりの老人ばかりだった。
外国の医師が日本の高齢者病棟を見たとき、
「日本には物言わぬ寝たきり老人がたくさんいる」
とびっくりしたとか。

ある高齢者の病棟では、7割の患者さんに経管栄養や中心静脈栄養(太い血管に栄養を流す方法)が行なわれていました。その半数の患者さんは、痰が詰まらないように気管切開され、そこにチューブが入っていました。看護師が数時間置きに気管チューブから痰の吸引を行いますが、そのとき、患者さんはとても苦しがります。私も2週間ごとに気管チューブの交換を行いましたが、そのときは意識がない患者さんでも体を震わせて苦しみました。まるで自分が拷問をしているように感じました。何もいいことがなく、苦しみしかない患者さんを見ていると、人生の最期をこのように過ごすことは望んでいなかっただろうな、と申し訳なく思いました。(19頁)
なぜこんなことが起きるのか?
それは、本人や家族の意志が無視されるという日本の現状があるからだ。

終末期の医療を自分で決められないのだ。
「意志疎通ができなくなったら人工呼吸器を外してほしい」
との要望書を病院へ提出しても、受け入れてはもらえない。
その最大の理由は、
現行法では人工呼吸器を外せば殺人容疑で逮捕される恐れがあるからだ。
加えて、自然な死が迎えられない医療システムにも問題がある。
日本では延命措置を行わずに看取りをする病院がきわめて少ないのが現状です。その理由の一つに、診療報酬の問題があります。民間病院も、国・公立病院も経営を考えなくてはならないからです。中心静脈栄養や人工呼吸器装着を行うと診療報酬が高くなります。急性期病院では在院日数が長くなると診療報酬が減るため、胃ろうを造って早期に退院させます。そのため、不要であっても医師は延命措置を行ってしまいます。(35頁)
延命を希望しなかった場合、家族にも葛藤が生じる。
〈これで良かったのだろうか……〉
と悩み続ける人が多いとのこと。
認知症家族会の方が言うには、
「胃ろうはつけるのも地獄、断るのも地獄」
だそうだ。
家族の葛藤を少なくするためには、終末期の高齢者には経管栄養や中心静脈栄養の適応がないことを医学会がはっきり示すことが必要なのだ。
そして、やはり、自分の最期はどうしたいのかを、
判断能力のあるうちに家族に伝えておくことが大事なのだ。
ただ、高齢者の家族からのこういう声もある。
実母から20年前に、延命措置拒否の書面を預かっています。今回、ケアマネジャーさんとのお話で書面を預かっていることを母も交えて伝えましたら、たった一言、「効力はありませんよ」と言われました。
自分の意志を表しているのに、それが通用しない世界です。まわりの看護師さんや介護職の方々も完全にマヒしています。人間は死なないと思っている人ばかりです。(73~74頁)

日本は80%以上の国民が延命措置を望んでいないのに、
実際には終末期のほとんどの人に延命措置が行なわれているのが現状だ。
高齢者が延命措置を拒否する意志を示していても、
家族のエゴで延命措置が行なわれることもある。
高齢者の中には、多額の年金受給者もいて、
不況ということもあって、家族がそれを頼りにしている場合だ。
「本人は延命措置を拒否しているが、どうか胃ろうを造って長生きさせてほしい」
と家族に依頼されることがあるという。
なかなか希望通りには死ねないのが現状なのだ。(笑)
スウェーデンは延命措置を行わないので、日本より平均寿命がさぞ短いだろうと思って調べてみると、2012年はスウェーデン81.7歳、日本83.1歳でした。予想していたほどの大きな差はありません。わが国の濃厚な終末期医療や延命措置も、寿命を1年半延ばすに過ぎません。(135頁)
その1年半が、苦しみの1年半であったなら、それこそ望まない1年半なのではないか。

私が今回読んだ『欧米に寝たきり老人はいない - 自分で決める人生最後の医療』には、
このレビューに書いたこと以外にも、様々な問題が記されているので、
興味ある方は読んでみることをお勧めする。
ちなみに、私が読んだ本は2015年に刊行されたもので、
刊行から9年ほど経っていることもあって、世の中の動きも変化していることと思う。
2021年に増補版も刊行されているので、そちらも参考にされたい。

最後に、著者の一人、宮本礼子さんの医療の要望書「リビング・ウィル」を紹介しよう。
「食事摂取が困難になったとき、中心静脈栄養、経管栄養は行わないでください。
また、延命のために人工呼吸器を使用しないでください。
平成15年9月21日 宮本礼子」

最近、末梢点滴を行わないことも追加したとか。
末梢点滴で数カ月延命すれば、やせ細って骨と皮だけになり、自然な姿で死んでいけないからだそうだ。
私も「リビング・ウィル」を書き、
配偶者と子供たちにしっかり伝えておこうと思った。
