瀬々敬久監督は、面白い監督である。
京都大学哲学科を卒業後、
50本以上のピンク映画の監督をし、
その後、
『感染列島』(2009年)
『アントキノイノチ』(2011年)
『ストレイヤーズ・クロニクル』(2015年)
『64-ロクヨン- 前編/後編』(2016年)
などのメジャーな映画の監督をしつつ、
『ヘヴンズ ストーリー』(2010年)
『最低。』(2017年)
などのマイナーな映画も作り続けている。
言わば、
官能小説から出発し、
大衆小説も純文学もこなす作家のようなものである。
そして、驚くべきことに、
そのどれもが、見るべき映画としての水準を保っているし、
高い評価を受けている作品も少なくない。
ことに、『最低。』は、
私が今年(2017年)見た映画の中では、最も優れた作品であった。
その瀬々敬久監督の新作が、またもや公開された。
佐藤健、土屋太鳳の主演の映画『8年越しの花嫁 奇跡の実話』である。
YouTube動画をきっかけに話題となり、
『8年越しの花嫁 キミの目が覚めたなら』のタイトルで書籍化もされた実話を、
岡田惠和が脚色し、瀬々敬久が演出をしている。
佐藤健、土屋太鳳の他に、私の好きな薬師丸ひろ子も母親役で出演している。
〈見たい!〉
と思った。
公開されたのは12月16日(土)であったが、
翌12月17日(日)に、映画館へ駆けつけたのだった。
結婚を約束し、幸せの絶頂にいた20代のカップル、
尚志(佐藤健)と、
麻衣(土屋太鳳)。
しかし結婚式の3カ月前、
麻衣が原因不明の病に倒れ、昏睡状態に陥ってしまう。
尚志はそれから毎朝、出勤前に病院に通って看病するが、
いつ目が覚めるかわからない状態に、
麻衣の両親(薬師丸ひろ子、杉本哲太)からは、
「もう麻衣のことは忘れてほしい」
と言われてしまう。
それでも尚志は諦めず麻衣の側で回復を祈り続ける。
長い年月の末、ようやく目を覚ました麻衣は、少しずつ意識を取り戻すが、
尚志に関する記憶は失ったままであった。
2人の思い出の場所に連れて行っても麻衣は尚志を思い出せず、
尚志は自分の存在が麻衣の負担になっているのではと考え、別れを決意する……
公開されたばかりの映画であるし、
日曜日ということもあって、観客は多かった。
一人静かに映画を見たい私は、極力人が来ないような場所を選んだのだが、無駄であった。
私が着席した後も、続々と観客は押し寄せ、席は埋まっていった。
私の両隣にも若い女性が着席し、おまけに二人共大きなポップコーンの容器を抱えていた。
ポップコーンの匂い、食べる音、飲みものをストローで吸い上げる音、
〈最悪の状態だな〉
と思った。
日曜日に映画を見にきたことを後悔した。
そんな最悪の状況の中で本作『8年越しの花嫁 奇跡の実話』を鑑賞したのだが、
映画が始まると、周囲の音も匂いもまったく気にならなくなった。
それほど引き込まれてしまったのだ。
麻衣(土屋太鳳)が意識を取り戻してからの後半は、
自然に涙があふれ、両隣の女性の手も止まったままであった。
そしてラスト近くになると、周囲の人はすべてが泣いているのであった。
私はというと、声を出して嗚咽しそうになり、
両隣の女性に気づかれてしまうのではないかとヒヤヒヤするほどであった。
なぜ映画の中身を話さずに、
映画を見ている状況を書いているかというと、
私と同じ感動を味わってほしいからである。
「どこに感動したか」とか、
「どの場面が優れていたか」などといった知識なしに鑑賞してもらいたいと思ったからだ。
予告編の動画を見る程度の予備知識だけで十分なのである。
それ以外の先入観は、むしろ鑑賞の邪魔になる。
私が言えるのは、
もし、見る映画に迷っていたら、ぜひ『8年越しの花嫁 奇跡の実話』を……
ということだけである。
でも、何も書かなかったらレビューとは言えないので、
少しだけ感想を言わせてもらう。
あのイケメンの佐藤健が、ごく普通の素朴な青年を演じ、
あの元気娘の土屋太鳳が、病に侵された女性を演じている。
これみよがしな演技ではなく、静かに、抑えた演技で、
それでいて内に秘めた熱い心を感じさせ、
見る者を魅了してやまない。
麻衣の両親を演じた薬師丸ひろ子と杉本哲太、
尚志の職場・太陽モータースの社長を演じた北村一輝、
職場仲間の室田を演じた浜野謙太、
結婚式場のウエディングプランナーを演じた中村ゆりも、
若い二人に寄り添うような素晴らしい演技で、作品を盛り立てている。
岡田惠和の脚本が優れており、
お涙頂戴的な「いかにも」な演出ではないのに、
自然に涙があふれてきて、止まらない。
そういう映画は、あるようで、なかなかない。
映画館でぜひぜひ。
瀬々敬久監督作品としては、
来年(2018年)は、
メジャーな作品としては、
『友罪』(2018年5月公開予定)が、
マイナーな作品としては、
『菊とギロチン 女相撲とアナキスト』(2018年夏公開予定)が控えている。
どちらも期待できそうな作品なので、来年が待ち遠しい。
※追記
『8年越しの花嫁』と内容がよく似た、
カナダ・アイルランド合作映画『彼女が目覚めるその日まで』が、
『8年越しの花嫁』と同じ12月16日に公開されている。
原因不明の難病に冒された女性記者スザンナ・キャラハンの闘病記『脳に棲む魔物』を映画化した人間ドラマで、クロエ・グレース・モレッツが主演を務めている。
この難病というのが、『8年越しの花嫁』と同じ「抗NMDA受容体脳炎」なのだ。
『彼女が目覚めるその日まで』の方も、
目覚めぬ娘を信じ続けた両親、
絶対にあきらめないと誓った恋人――
愛から生まれた希望と勇気の強さと美しさを描く感動の実話。
というのが謳い文句。
「抗NMDA受容体脳炎」、恋人、両親、実話など、
『8年越しの花嫁』との共通点が多く、公開日まで同じとは、不思議な縁である。
『彼女が目覚めるその日まで』の方は、『8年越しの花嫁』に比べ上映館がそれほど多くない。
機会がありましたら、こちらの方も、ぜひぜひ。