一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『アイガー北壁』 …冷酷な北壁と、熱い魂の人間を、圧倒的な映像で描く…

2010年07月11日 | 映画


今日は本来、登山をする筈であった。
夏に計画されている「からつ労山」と「佐賀労山」の合同企画の下見登山で、多良山系を歩くことになっていた。
ところが雨の予報で中止に。
このぽっかり空いた一日を有意義に……ということで、山積していた用件を片付けつつ、間隙を縫って『アイガー北壁』を見に行った。
4月に映画『オーケストラ!』を福岡のKBCシネマに見に行った時、次回予告で5月に『アイガー北壁』が上映されることを知った。
また福岡まで見に行かなければならないのか……と思っていたら、佐賀のシアター・シエマで7月10日(土)から公開されることを知り、ひたすら待っていたというワケだ。
楽しみにしていた映画だったので、「今日いよいよ見ることができるのか」と思うと、ワクワクした。
いつもは観客の少ないシアター・シエマであるが、今日の『アイガー北壁』には、けっこう人が入っていた。
いかにも「山ヤ」という感じのおじさんもチラホラ。
女性も数人。
私の隣は若い女性であった。

さて、映画『アイガー北壁』であるが……

ベルリン・オリンピック開幕直前の1936年夏。
ナチス政府は国家の優位性を世界に誇示するため、アルプスの名峰アイガー北壁のドイツ人初登頂を強く望み、成功者にはオリンピック金メダルの授与を約束していた。
山岳猟兵のトニー(ベンノ・フュルマン)と


アンディ(フロリアン・ルーカス)は、


難攻不落の山を次々と踏破し、優秀な登山家として知られ始めていた。
2人は世間の盛り上がりに戸惑いながらも、《殺人の壁》と恐れられていたアイガー北壁への挑戦を決意する。


麓には、初登頂を目指す各国からの登山家や、世紀の瞬間を見届けようという報道関係者や見物客が集まってきていた。
その中にはトニーのかつての恋人で、新聞記者をしているルイーゼ(ヨハンナ・ヴォカレク)の姿もあった。


天候を待つこと数日。
ある晩、トニーとアンディは北壁への登攀(とうはん)を開始する。
彼らのすぐ後をオーストリア隊が追い、4人は快調に高度を上げていくが、メンバーの負傷や急な悪天候に見舞われ、彼らは想像を絶する状況へと追い込まれていく……。
(ストーリーはパンフレットから引用し、構成)


彼らを待っているのは、栄光か、悲劇か――
それは、アイガー北壁に関する歴史を調べてみれば、すぐに分かる。
アイガー北壁の初登頂は1938年7月。
ドイツ人のアンデルル・ヘックマイアーとルートヴィヒ・フェルク、
オーストリア人のハインリヒ・ハラーとフリッツ・カスパレクによって成されている。
この映画は1936年という設定だから、当然のことながら栄光ではない。
アイガー北壁では、初登頂がなされるまでに、合計9名のアルピニストがこの山で命を落としている。
その中でも「アルプス登攀史上、最大の事件」と呼ばれた実話を基に、この映画は制作された。
そう実話なのだ。

実話といえば、昨年公開された同じような設定の邦画『劔岳 点の記』が思い出されるが、この作品に関しては、私の評価は低かった。
「CGは使わない」と公言していた作品だったが、当然のことながら、作品の良し悪しにCGの使用は関係ない。
CGを使おうが使うまいが、佳作は佳作、駄作は駄作なのだ。
普段あまり映画を見ていない人たちにはウケた映画のようだが、『運命を分けたザイル』など海外の秀作を見慣れた者には、なんとも迫力のない凡作だった。

で、肝心の『アイガー北壁』はどうだったかといえば――
これはなかなかの作品であった。
この作品は、前半と後半で、くっきり分かれている。
前半は、トニーとルイーゼの淡い恋や、ルイーゼとその上司とのセクハラまがいの関係、他の登山隊との対立など、人間関係がしっかり描かれる。


後半は、北壁への登攀が開始され、悪天候、怪我、雪崩などで、登山者たちがどんどん追いつめられていく様子が描かれる。
特に後半部分は凄まじい迫力で、息が詰まるほど。
『劔岳 点の記』など比ではない映像の連続に、見ている方も凍えるほどだ。


監督(脚本も担当)のフィリップ・シュテルツェルは、某インタビューで次のように答えている。
「私たちは本作で、とにかく可能な限りリアリズムを追求しました。登山のシーンにリアリティがなく、スタジオで撮影したかのように見える娯楽映画ではなく、『運命を分けたザイル』(2003年英)のようなドキュメンタリー映画をお手本にしました。この映画を見ると、まるでカメラがアルピニストたちと一緒に登っているかのような印象を受けます。戦闘の真っ只中で写すカメラマンのように。もっとも山岳映画のジャンルでは、このようなアプローチは新しいものではありません。往年の山岳映画の監督、アーノルト・ファンクやルイス・トレンカーなどは、ドキュメンタリー的な視線で山と向き合っていました。山岳映画は、大げさなほど崇高に仕上げるのが当然であった中で、彼らは人工的なものを作り出すのではなく、あるがままの姿を撮ろうとしたのです。私たちはドキュメンタリー的リアリズムを基本とし、手持ちカメラによる映像を選びました。このほうが荒っぽく撮れ、山のシーンにリアリティが増します。昔の時代を描いた映画は、その装置や衣装、ヘアスタイルなどで必然的に絵画のような華やかな雰囲気が出るものですが、そうした山以外の華やかなシーンにも負けず、荒々しい映像がかえって映える効果もあります」

『運命を分けたザイル』をお手本にした……とは、さすがだ。
〈どうりで……〉と納得。
手持ちカメラの多用も、臨場感を出すのに大いに貢献していたと思う。
(『劔岳 点の記』は望遠レンズを使った離れた場所からのカットばかりだったので、滑落シーンもまったく迫力がなかった)

この厳しい条件下での北壁登攀と交互に描き出されるのが、麓の高級ホテルの様子。
夜ごと正装して豪華な食事を楽しむ上流階級の人々やマスコミ関係者と、
寒さに凍えながら岩棚でビバーグする登山者の対比により、北壁登攀の厳しさをより鮮明にする。

それにしても、「ヨーロッパ最後の難所」と呼ばれたアイガーに、当時、あれほどの近代設備があったとは……本当に驚きだ。
調べてみると、
山岳鉄道のユングフラウ鉄道は、1896年着工、1912年に開通している。
全長9.3km、トンネル全長は7.4キロメートル。
アイガー北壁が一望できるクライネシャイデック展望台に建つ「シャイデックホテル」は、1842年に山小屋としてオープンし、改装を経て、1914年頃にはすでに現在のホテルの形となっていたとのこと。
観光客用に整えられたこれらの設備により、アイガー北壁初登頂の20年も前から、登山者でもない一般の人々も、北壁のロケーションを楽しむことができたのだ。
誰かが、「アイガーとは、垂直にそそり立つ円形劇場だ」と言っていたが、言い得て妙。
「劇場型犯罪」というものがあるが、このアイガー北壁登攀は、まさに「劇場型登攀」と言えるだろう。


望遠鏡で登攀を見守るマスコミ関係者や観光客。
彼らが期待しているのは、初登頂の栄光か、遭難という悲劇。
ルイーゼの上司が吐く、
「記事になるのは栄光か悲劇だ。《登頂を断念して無事に下山》では誰も読まない」
という言葉は、トニーとアンディの幼なじみであるルイーゼの心を深く傷つける。


このルイーゼの存在を「不要」と決めつける論評も見られるが、私はルイーゼの存在は必要であったと思う。
と言うより、ルイーゼの視点でこの北壁登攀を描いたことで、より深みのある作品になったように思う。
ラストに、ルイーゼが語る
「人を本気で愛したことが、生きること」
という言葉が強く印象に残るし、暗くなりがちな作品を救っている。
そういう意味で、男性ばかりでなく、女性にもぜひ見てもらいたい作品である。


映画『アイガー北壁』に寄せられたコメントをいくつか――

アウトドア雑誌によく登場する、モデルであり女優のKIKIさん。
「山もずるい 壁もずるい とくに男性はずるい
いつもわたしたちを置いていってしまうのだから
永遠に待っているなんて絶対にイヤだから
もうこんなに辛いドラマはつくらないで」

山スカートの仕掛け人で、アウトドアスタイル・クリエイターの四角友里さん。
「孤高で冷酷な北壁。熱い魂で山に対峙する人間たち。両者の圧倒的な美しさに心が震えました」

クライマーの山野井泰史さん。
「アイガー北壁が現れた瞬間から最期のシーンまで、心臓の高鳴りは止まりませんでした」

さて、あなたはどんな感想を抱くであろうか……


佐賀では、シアター・シエマにて上映中。
【上映スケジュール】
7月10日(土)~7月16日(金)11:00/15:40/18:30
7月17日(土)~7月23日(金)11:00/15:40/20:40
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