本作『続・深夜食堂』は、
昨年(2015年)1月31日に公開された映画『深夜食堂』の続編である。
前作『深夜食堂』は、
当初、佐賀での上映館がなく(かなり遅れて佐賀でも上映された)、
私は、福岡で見た。
そして、
……いつまでも居たいと思わせる「めしや」の居心地の良さ……
と題して、レビューを書いた。
(『深夜食堂』の復習、『続・深夜食堂』の予習の意味でも、コチラをご覧下さい)
そのレビューを、私は、次のような言葉で、締めくくっている。
この映画を見ている間は、
(言い方は変だが)とても居心地が良く、
いつまでも作品の中にひたっていたいと思った。
あまり期待して見た作品ではなかったが、
満足度はかなり高かった。
数か月後、もしくは数年後、
また、「めしや」に行ってみたくなったら、
DVDでこの映画を見て、
多部未華子や、余貴美子や、田中裕子や、菊池亜希子に逢うことにしよう。
〈そろそろ、また深夜食堂で、多部未華子や余貴美子に逢いたいな……〉
と思い始めた頃、『続・深夜食堂』の情報が飛び込んできた。
公開は、11月5日(土)。
都会に遅れることなく、続編の方は佐賀県でも11月5日に上映されるという。
それに、前作に引き続き、多部未華子や余貴美子、篠原ゆき子も出演しているという。
ワクワクしながら、イオンシネマ佐賀へ向かったのだった。
カウンターだけの狭い店ながら、
マスター(小林薫)の作る味と、居心地の良さで、
夜な夜なにぎわう「めしや」。
営業時間は深夜0時から朝7時までで、
品書きには、
豚汁定食 六百円
ビール(大)六百円
酒(二合)五百円
焼酎(一杯)四百円
酒類はお一人様三本(三杯)まで
としか書かれていない。
マスターは店を訪れた客に、決まってこう言う。
「食べたいものがあったら、何でも言ってよ。できるものなら何でも作るよ」
【焼肉定食】
ある夜、常連たちが何故か次々と喪服姿で現れる。
不幸が重なることはあるもので、故人の話を語り合う中、
また一人、喪服姿で店に入ってくる赤塚範子(河井青葉)。
この範子、出版社で編集の仕事をしているのだが、
喪服を着るのがストレス発散という変わった趣味を持っていた。
だが、担当する作家が死亡し、実際に葬式をすることになり、
その通夜の席で、喪服の似合う渋い中年男・石田(佐藤浩市)と出逢い、
心惹かれてしまう……
【焼うどん】
父親を亡くした近所のそば屋の息子・高木清太(池松壮亮)は、
父亡き後、店を切り盛りする母親・高木聖子(キムラ緑子)が子離れしてくれず、
頭を悩ませていた。
年上の恋人・木村さおり(小島聖)との結婚を考えていていたのだが、
そのことを母に言い出せずにいたのだった……
【豚汁定食】
お金に困った息子に呼ばれて、
田舎からわざわざ出てきたという小川夕起子(渡辺美佐子)は、
息子の同僚という男性に大金を渡してしまう。
夕起子を乗せたタクシーの運転手・木内晴美(片岡礼子)が不審に思い、交番に連れて行く。
事情聴取をした警察官の小暮(オダギリジョー)は、
お腹を空かした夕起子を「めしや」へ案内する。
騙されたのでは……と常連客たちは心配するが、
本人はどこか気にしていない様子。
そこへやってきたみちる(多部未華子)は、
その夕起子に亡くなった自分の祖母を重ね合わせ、
他人事とは思えなくなり、
夕起子を自分の部屋に泊めることにする。
そんな折、迎えにやって義理の弟・小川哲郎(井川比佐志)によって、
夕起子の素性が明らかになるのだが……
春夏秋冬、
ちょっとワケありな客が現れては、
マスターの作る懐かしい味に心の重荷を下ろし、
胃袋を満たしては新しい明日への一歩を踏み出していく。
続編の方も、前作と同じく、
冒頭から鈴木常吉の「思ひで」が流れ、
一気に『深夜食堂』の世界に引き込まれてしまう。
そして、自分も「めしや」の常連客として、
そこにずっと居るような感覚を味わった。
前作『深夜食堂』では、
「ナポリタン」「とろろご飯」「カレーライス」
と小見出しがついていて、
三つの物語を短編集のような形で見せていたが、
今回の『続・深夜食堂』でも、
「焼肉定食」「焼うどん」「豚汁定食」
の三つの物語を軸に構成されている。
その三つの物語を、
常連客の一人として、ずっと見続けている感覚。
実に居心地の良い空間であり、
味わい深いひとときであった。
物語もさることながら、
『続・深夜食堂』の魅力は、
マスターの作る料理の数々にある。
どれもがとても美味しそう。
焼肉、
板わさ、
焼うどん、
もりそば、
七輪で焼いたサンマ、
チャーハン、
すき焼き、
そして、豚汁定食。
手の込んだ料理は出てこないが、
物語の各シーンに合ったベーシックな料理が、
マスターの手によって作られていく。
その工程も見せてくれるので、
映画を見た人は食欲をかきたてられる。
これらの料理を手掛けているのは、
フードスタイリストの飯島奈美。
【飯島奈美】(いいじま なみ)
フードスタイリスト。
1969年生まれ。東京都出身。
栄養専門学校卒業後、
CM系フードスタイリストに師事、
独立して担当したパスコ「超熟」のCMに出演していた小林聡美に声をかけられ、
2006年の映画『かもめ食堂』への参加をきっかけに、
映画のフードスタイリングを手掛けるようになる。
その後『東京タワー』、『めがね』、TVドラマ『深夜食堂』シリーズなどのフードスタイリングを担当。
2013年~2014年に放送された連続テレビ小説『ごちそうさん』では、
全編にわたり料理を担当し、
これによって第80回ザテレビジョンドラマアカデミー賞でザテレビジョン特別賞を受賞。
TVCM、TVドラマで活躍する他、
これまで、多くの有名な映画で料理を担当している。
主な作品を挙げると、
『かもめ食堂』(2006年)
『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』(2007年)
『めがね』(2007年)
『南極料理人』(2009年)
『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』(2009年)
『のんちゃんのり弁』(2010年)
『舟を編む』(2013年)
『体脂肪計タニタの社員食堂』(2013年)
『そして父になる』(2013年)
『深夜食堂』(2015年)
『海街diary』(2015年)
『海よりもまだ深く』(2016年)
『続・深夜食堂』(2016年)
などであるが、
これらの映画を見たことがある人は、
料理が出てくる印象的なシーンを憶えておられることと思う。
かつては料理に気を遣わない作品も多かったが、
飯島奈美の登場以降、
料理の使い方や見せ方を意識した作品が増えてきたような気がする。
その象徴的な作品が、『深夜食堂』『続・深夜食堂』といえるのではないだろうか?
今回の『続・深夜食堂』は、
「喪服」のエピソードから始まって、
「通夜」「葬式」「墓参り」など、“死”を意識したシーンが多かった。
このことに関して、監督の松岡錠司は、次のように語っている。
食うことというのは生きていることなんだけど、それと同時に死というものが存在していて。テーマというとちょっと恥ずかしいんだけど、たとえば自分がある人に恩返しできなかったときに、恩を返す相手はその人本人でなくてもいいんだということなんです。それを劇中では「おすそわけ」と言っているんだけど、マスターもお世話になった人、豚汁を初めて美味いと言ってくれた師匠にできなかった恩返しを、店の客におすそわけしているわけですよ。(『キネマ旬報2016年11月上旬号』)
映画のテーマである「おすそわけ」を、より明確に、解り易くするために、
法事という行事を織り込み、物語を展開させていたのだ。
「食べる」ということは、
とりもなおさず「生きる」ということであるが、
“死”というものを意識させることで、
“生”をより際立たせているようにも感じた。
続編である『続・深夜食堂』には、
常連客を演じる、
不破万作、綾田俊樹、松重豊、光石研、安藤玉恵、須藤理彩、小林麻子、吉本菜穂子、中山祐一朗、山中崇、宇野祥平、金子清文、平田薫、篠原ゆき子、谷村美月の他、
各話のゲストとして、
【焼肉定食】の話で、河井青葉、佐藤浩市、
【焼うどん】の話で、池松壮亮、キムラ緑子、小島聖、
【豚汁定食】の話で、渡辺美佐子、井川比佐志
が出演しているが、
前作『深夜食堂』のゲストである多部未華子や余貴美子、オダギリジョーなども出演している。
それは、小林薫からの監督への要望があったらしい。
小林薫は語る。
そこは僕が監督にお願いしたところでもあって。要するに「劇場版の前作のゲストを捨てないで、ちょっと顔を出すような形でもう一度登場させてください」と言ったんです。2作目では役を説明しなくても、すっと入ってきて成立しますから。
単なる顔見世ではなく、
多部未華子には、
『続・深夜食堂』のテーマである「おすそわけ」に関する重要なセリフを語らせているし、
余貴美子には、
彼女が演じる老舗料亭の女将・千恵子とのやりとりで、
マスター(小林薫)の彼女に対する恋心のようなものを演出し、
謎めいたマスターのチャーミングな一面を引き出している。
みちる(多部未華子)の成長した姿を見ることができるし、
老舗料亭の女将・千恵子(余貴美子)とマスター(小林薫)のほのぼのとしたやりとりも楽しめる。
このことによって、
多部未華子、余貴美子のファンである私にとっても、『続・深夜食堂』は忘れがたい作品になったと言える。
また、刑事・夏木いずみを演じた篠原ゆき子も前作に比べ出演シーンが増えていて嬉しかった。
前作『深夜食堂』は、
日本でのヒットに加え、
台湾では、2015年上半期公開の邦画の中で一番の興行収入をあげ、
韓国では、2000年以降の同規模公開作品の邦画の中では歴代1位という記録を打ち出し、
配給規制がある中国でも、上海国際映画祭に招待作品として招かれ、
1,000人超の観客からスタンディングオーベーションが起こったとか。
アジア各国で『深夜食堂』フィーバーが起こるほどの人気を集めた前作と同様、
本作『続・深夜食堂』もきっとアジア各国で話題になることだろう。
日本の小さな路地の小さな食堂の物語が、
広大なアジアの地に広がっていくのは、なんだか奇妙な現象ではあるが、
『深夜食堂』が描き出す路地文化のようなものは、
アジアの人々にも郷愁を呼び起こすような不思議な共通点があるものと思われる。
前作のレビューを書いた時のタイトル、
……いつまでも居たいと思わせる「めしや」の居心地の良さ……
は、続編である本作でも健在であった。
仕事に疲れ、人生に疲れ、何もかもが嫌になっているあなた、
たまには、深夜食堂で、美味しいものを食べながら、
常連客たちの話に耳を傾けてみませんか?