【第1回 「一日の王」映画賞・日本映画(2014年公開作品)ベストテン】
の発表をしたのは、昨年(2015年)1月25日であった。
1月末には、もう発表していたのだ。
だが、
2015年公開作品を対象とする【第2回 「一日の王」映画賞】の発表はまだしていない。
2月も下旬に入ったというのに。
その理由は、
昨年(2015年)公開された映画の中で、
私が「見たい」と思ったものの「まだ見ていない」作品がいくつか残っていたからだ。
これは地方に住む者の宿命ともいえるもので、
都会での公開日よりもかなり遅れて映画が届くためだ。
今回紹介する映画『ハッピーアワー』は、
昨年(2015年)12月に公開された作品であるが、
極端に上映館が少ない上に、
公開期間も短いという、
見ること自体が非常に困難な作品なのである。
その原因は、
映画『ハッピーアワー』の上映時間にある。
317分、
つまり5時間17分という上映時間がネックになっているのだ。
佐賀のシアター・シエマでも上映が決定したが、
2月20日(土)と21日(日)の2日間のみで、
各日1回だけの上映。
チャンスはたったの2回しかないのだ。
このチャンスを逃すと当分見ることはできないと思い、
万難を排し、
私はシアター・シエマへ足を運んだのだった。
上映時間が5時間17分もあるので、
一応、三部構成になっている。
第1部 106分
第2部 96分
第3部 115分
合計317分。
シアター・シエマでは、
12:40に上映が始まり、
2回の休憩を経て、
上映が終了したのが18:30頃であった。
休憩の時間を含めると、約6時間も拘束されるのだ。
映画3本分。(笑)
映画『ハッピーアワー』は、
市民参加による「即興演技ワークショップ in Kobe」から誕生した、
演技経験のない4人の素人女性が主役の物語。
主役だけにととまらず、ほとんどの登場人物を演技未経験者がつとめ、
総尺5時間17分というのだから、
見る前は、正直、
〈途中で眠ってしまうかも……〉
と心配した。
〈どうなることやら……〉
と、不安半分、期待半分で見始めたのだった。
30代も後半を迎えた、あかり、桜子、芙美、純の4人は、
なんでも話せる親友同士だと思っていた。
純の秘密を知るまでは……
中学生の息子がいる桜子(菊池葉月)は、
多忙な夫を支えながら家庭を守る平凡な暮らしにどこか寂しさを感じていた。
編集者である夫をもつ芙美(三原麻衣子)もまた、
真に向き合うことのできないうわべだけ良好な夫婦関係に言い知れぬ不安を覚えていた。
あかり(田中幸恵)はバツイチ独身の看護師。
できの悪い後輩に手を焼きながら多忙な日々を過ごし、
病院で知り合った男性からアプローチを受けるも今は恋愛をする気になれずにいる。
純(川村りら)の現状を思わぬかたちで知った彼女たちの動揺は、
いつしか自身の人生をも大きく動かすきっかけとなっていく。
つかの間の慰めに4人は有馬温泉へ旅行に出かけ楽しい時を過ごすが、
純の秘めた決意を3人は知る由もなかった。
やがてくる長い夜に彼女たちは問いかける。
〈……今の私は本当になりたかった自分なの?〉と。
で、見た感想はというと……
第1部を見ているときは、
〈大丈夫なのか? こんなユルユルで……〉
〈何なんだ、何なんだ〉
〈でも、傑作かも……〉
第2部を見ているときは、
〈これまでにあまり見たことのない映画かな?〉
〈なんだか新鮮!〉
〈2015年に公開された日本映画ではNo.1か……〉
第3部を見ているときは、
〈うわ~、朗読の時間が長過ぎ~〉
〈どんな風にして終結させるか?〉
〈やはり、2015年に公開された日本映画ではNo.1だ〉
という感じ。
そう、『ハッピーアワー』は、私にとって、
2015年に公開された日本映画のナンバーワンになったのだ。
『海街diary』でもなく、『あん』でもなく、
『駆込み女と駆出し男』でもなく、『恋人たち』でもなく、
『ハッピーアワー』が第1位なのだ。
見終わっての正直な感想は、
〈見ることができて本当によかった!〉
という、ホッとした感じ。安堵感。
もし、見ることができなかったら、
2015年の日本映画を総括するときに、
最も重要な作品を知らないまま語ることになっていた。
『ハッピーアワー』を見ずして、2015年の日本映画は語れない……
と断言しなければならないほどの傑作であったのだ。
登場人物は演技経験のない人ばかりなので、
最初は、なんだかドキュメンタリー風に物語が始まる。
これまで、演技の上手い俳優の映画ばかり見てきた私としては、
最初はとまどいがあった。
〈こんなんで大丈夫なのか?〉と。
だが、時間の経過と共に、
この素人俳優たちの演技が新鮮に感じられるようになってくる。
予定調和的なものがまったくないからだ。
どんな名優の演技であっても、
それは、「どこかで見たような演技」であることが多い。
そして、それは「長年積み上げてきた演技」であるため、
どんな静かな演技であっても、
「どうだ」と言わんばかりの大仰さが感じられる。
だが、これら素人俳優たちの演技にはそれがない。
実に自然なのだ。
普段、私たちは、映画の中の名優たちのような喋り方はしない。
映画『ハッピーアワー』を見ていると、それに気づかされる。
それが、実に心地好い。
自分(見る者)も、スクリーンの中の人々と一緒にいるような、
不思議な感覚を味わわされるのだ。
先程、一応、映画のあらすじを書いたが、
この映画に関しては、
あらすじはそれほど重要ではない。
あらすじを知っても、
この映画の素晴らしさを知ることはできないからだ。
まずはこの映画を見ること。
見るというより、体験すること。
このことがもっとも重要なことである。
5時間17分を、
スクリーンの中の4人の女性と共有すること。
ゆっくりと、迷いながら発せられる彼女たちの一言一言が、
見る者の心に沁みてくる。
これが、実にスリリングだし、深い感動を届けてくれる。
5時間17分後、
面白いことに、この4人の女性は、見る者と最も近しい存在になっている。
これまでたくさん映画を見てきたが、
こんな感覚は、おそらく初めての経験だ。
映画を見ている間、
〈何なんだ、何なんだ〉
を心の中でずっと繰り返していたように思う。
最初は「実験的」な映画かなと警戒していた。
だが、難解な部分はまったくなく、
構造はきわめてシンプル。
ユルユルと始まり、時間がゆっくり経過していく。
それでいて、見る者は、スクリーンから目が離せない。
どこかに緊張感、緊迫感があるのだ。
だから、5時間17分、まったく退屈することがない。
これは、この映画を体験してみないことには解らないことだ。
演技未経験者ばかりを使って、
このような傑作が創り出されたのには、
やはり監督の演出力に由るところが大きい。
監督は、濱口竜介。
プロフィールを紹介しておこう。
濱口竜介(映画監督)
1978年、神奈川県生まれ。東京大学文学部卒業後、商業映画の助監督やテレビの経済番組のADを経て、東京藝術大学大学院映像研究科に入学。2008年、修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得る。その後も日韓共同製作『THE DEPTHS』(2010)がフィルメックスに出品、東日本大震災の被災者へのインタビューから成る『なみのおと』『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(2011~2013/共同監督:酒井耕)、4時間を越える長編『親密さ』(2012)、染谷将太を主演に迎えた『不気味なものの肌に触れる』を監督するなど、地域やジャンルをまたいだ精力的な制作活動を続けている。現在は活動拠点を神戸に移して活動中。
濱口竜介監督は、
2013年9月から翌年2月まで、
約5ヶ月に渡って「即興演技ワークショップ in Kobe」を開催する。
演技経験不問で市民から参加を募り、
様々な世代の男女17人が参加。
そのほとんどの参加者が演技経験のない人たちだった。
この受講生を主役に据え、映画を撮る。
それが、『ハッピーアワー』。
ロケ地は、ワークショップを行った神戸。
映画冒頭に登場するケーブルカーや、
三宮の街、有馬温泉、摩耶山、JR神戸線、芦屋川など、
神戸、および神戸近郊の風景が実に魅力的。
もともとお金がないということもあり、暮らしている場所で撮影しようと決めていました。神戸には海があり、海のすぐ近くに山があって、海と山の間に街がある。映画を撮るための必要なロケーションがすべて揃っていました。風景の中にポンと人を置いても、それだけで映画になる。神戸はそういう場所です。また高低差があるので、坂や階段などを効果的に使うことができます。映画に登場する一軒家や若夫婦のマンションなど、すべて実際に暮らしている家をお借りしました。だから、ロケーションをみて、脚本を書き直したり、場所を活かす演出を加えることもできました。
と濱口監督も語っていたが、
神戸の風景があればこその『ハッピーアワー』であったと思われる。
この映画に関しては、
語りたいことがたくさんあるが、
まずは映画を見てもらいたいと思う。
5時間17分の映画を体験、体感してもらいたい。
すべては、それから……という気がする。
「まずは映画を見てもらいたい」
とは、レビューを書く者として失格だと思うが、
本作に限っては、そう言うしか仕方がないのだ。
今の私に言えるのは、
映画『ハッピーアワー』が、2015年に公開された日本映画のナンバーワン!
だということ。
ただ、上映を予定していた映画館では、
そのほとんどが公開終了しており、
これから公開予定の映画館は、ごく僅か。
山口県 YCAM:山口情報芸術センター
2016年2月27日(土)、3月28日(日)
静岡県 静岡シネ・ギャラリー
2016年3月12日(土)~3月18日(金)
広島県 横川シネマ
2016年3月15日(火)~21日(月)
2016年4月1日(金)~7日(木)
2016年5月1日(日)~7日(土) ※予定
山形県 フォーラム山形
2016年3月19日(土)〜3月25日(金)
神奈川県 ジャック&ベティ
2016年3月26日(土)~
愛媛県 シネマルナティック
2016年4月2日(土)~4月8日(金)
新潟県 シネ・ウインド
2016年4月30日(土)~5月6日(金)
これから上映館が追加されるかもしれないので、
詳しくは、コチラからご確認を。
蜷川幸雄作品の劇音楽を数々手がけてきた阿部海太郎の音楽も印象深い、
傑作『ハッピーアワー』、
「機会がありましたら、ぜひ」
などと生ぬるいことは言わない。
「強引に機会をつくって、ぜひぜひ」
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