私の尊敬する川本三郎氏は、
映画評論家であり、
文芸評論家であり、
エッセイストであり、
翻訳家でもあるのだが、
なんと、漫画にも造詣が深くて、
多くの媒体に評論を寄稿されている。
2012年に刊行された『時には漫画の話を』(小学館)は、
そんな漫画評論40数編をまとめた本なのであるが、
この著書では、
現代の「若草物語」――吉田秋生『海街diary~蝉時雨のやむ頃』
と題した評論を、冒頭に置かれている。
吉田秋生の『海街diary』は、
川本三郎氏にとって、それほど重要な漫画であるのだ。
『カリフォルニア物語』や『吉祥天女』で知られる吉田秋生の、鎌倉に住む四姉妹の物語『海街diary』は近年、もっとも好きな漫画。少女漫画誌『月刊フラワーズ』(小学館)に連載されているものだが、大人が読んでも充分に面白い。
現在、単行本は『蝉時雨のやむ頃』『真昼の月』『陽のあたる坂道』『帰れないふたり』の四冊※が出ている。(二○○七年~)
※その後、『群青』(2012年12月10日発売)と『四月になれば彼女は』(2014年7月10日発売)が刊行され、既刊6巻となっている。
第一作の『蝉時雨のやむ頃』がなんといっても素晴らしい。
鎌倉の、江ノ電の極楽寺駅近くの古い家に三人姉妹が住んでいる。長女の幸は鎌倉の市民病院で働く看護師。次女の佳乃は鎌倉の信用金庫に勤めている。三女の千佳は藤沢のスポーツ用品店の店員。
三人とも二十代。両親は十五年前に離婚した。父親は女性が出来、家を出た。その二年後、なんと母親が三人の子供を置いて再婚して家を出た。三姉妹は学校の先生をしていた祖母に育てられた。(後略)
このように「あらすじ」を紹介しながら、
川本三郎氏は、漫画『海街diary』の素晴らしさをじっくり解説されている。
私は、川本三郎氏の影響を受け、漫画も読んでいたので、
是枝裕和監督によって実写化された映画の方も楽しみにしていたのだ。
なので、公開されてすぐに見に行ったのだった。
鎌倉で暮らす、幸(綾瀬はるか)、
佳乃(長澤まさみ)、
千佳(夏帆)。
そんな彼女たちのもとに、
15年前に姿を消した父親が亡くなったという知らせが届く。
葬儀が執り行われる山形へと向かった三人は、
そこで父とほかの女性の間に生まれた異母妹すず(広瀬すず)と対面する。
身寄りがいなくなった今後の生活を前にしながらも、
気丈かつ毅然と振る舞おうとするすず。
その姿を見た幸は、彼女に、
「すずちゃん、鎌倉にこない? 一緒に暮らさない?」
と声を掛ける。
こうして鎌倉での生活がスタートするが……
宮本輝の小説を映画化した長編映画デビュー作『幻の光』は違うものの、
是枝裕和監督は、これまで、
『誰も知らない』(2004年)、
『歩いても 歩いても』(2008年)、
『そして父になる』(2013年)など、
そのほとんどをオリジナル脚本で映画作りをしてきた稀有な監督である。
にもかかわらず、漫画『海街diary』を何故映画化したいと思ったのか?
某インタビューで、それは、
「漫画の一巻目で、父親の葬儀の後に四姉妹が高台に登って、街を見下ろすシーンを読んだ時に、映画化したいと衝動的に思った」と答えている。
すずが泣き、4人のシルエットが重なって、蝉しぐれが鳴くというシーンが素晴らしくて、やられちゃった。あのシーンはカメラがクレーンアップで、音も含めて、自分のなかで映像ができ上がっていました。これは、絶対に誰かが映画にするぞと。それは嫌だから、自分が手を挙げちゃおうと思いました。
川本三郎氏も、『時には漫画の話を』の中で、
同じ場面を絶賛しておられた。
列車を待つあいだ三姉妹は、すずに町を一望のもとに見られる小高い山に案内してもらう。
しっかりした中学生の妹を見て、長女の幸が気づく。父の最後の日々、世話をしたのはすずの「義母」ではなく、まだ小さいすずだったのだ、と。そしてすずにいう。
「すずちゃん 大変だったでしょう ありがとうね あなたがお父さんのお世話をしてくれたんでしょう? お父さん きっと 喜んでると思うわ ほんとうに ありがとう」
その優しい言葉を聞いて、それまで涙ひとつ見せなかったすずがはじめて泣く。号泣する。二ページにわたってすずが泣く姿がとらえられる。
おそらく父親が再婚してから死ぬまで、この女の子はずっと我慢していた。泣いてはいけないと自分にいいきかせてきた。
子供は案外、怒られたりした時には泣かない。むしろ悲しみをずっとこらえていて、はじめて優しい言葉を掛けられた時に、こらえきれずに泣く。
「ああ、この人の前なら泣いていいんだ。この人は悲しみを分ってくれる」と素直になれる。
泣きじゃくる小さな妹を三姉妹が慰める。寄り添う。それをうしろ姿で描く。ここは正直、読んでいてこちらも涙が出てくる。
小さな駅に列車がやってくる。三姉妹が乗り込む。ホームですずが見送る。ドアが閉まる瞬間、長女の幸が突然、すずにいう。「すずちゃん 鎌倉にこない? あたしたちといっしょに暮さない?」
「ちょっと考えてみてね」という幸の言葉に、意外やすずはすぐに答える。「行きます!」。このお姉さんたちと暮らしたいとすがるような気持ちだろう。そしてはじめて笑顔を見せる。
川本三郎氏は、『小説を、映画を、鉄道が走る』(集英社)でも、
次のように記している。
近年の、子供の駅の別れといえば、これはもう本書で何度か紹介した吉田秋生の『海街diary 1 蝉時雨のやむ頃』が随一だろう。
(中略)
三姉妹を乗せた列車(ディーゼルなので汽車とは書きにくい)が駅を去ってゆく。その列車を、中学生の小さな妹がホームの端まで追ってゆく。「キクとイサム」以来、これほど感動的な子供の駅の別れは他に知らない。
しかも「キクとイサム」が悲しい別れなのに対し、この漫画は、妹のこれからの鎌倉での幸福が約束されているのだから、「すずちゃん、よかったね」、と読者は祝福したくなる。
川本三郎氏が感動した場面を、
是枝裕和監督もまた感動し、
この漫画の映像化を熱望したのだ。
だが、監督が名乗りを挙げた時点で、
映画化権は他者に押えられていたのだそうだ。
だから一度は諦めたとのこと。
それが、「(権利を)手放した」という連絡が入り、
是枝監督が最終的に権利を手にする。
映画『海街diary』は、
是枝裕和監督によって撮るべくして撮られた作品なのである。
『誰も知らない』『歩いても 歩いても』『そして父になる』など、
これまでオリジナル脚本でいろんな家族を活写してきた是枝裕和監督であるが、
漫画を脚色した作品『海街diary』もまた、家族の物語になっているのは、
是枝裕和監督が、自身の中に、
「家族」というテーマを核として持っているからだろうと思われる。
この「家族」をテーマにしているという点で、
また、古き良き日本映画の香りを残しているという点で、
是枝裕和監督作品『海街diary』は、
限りなく小津安二郎監督作品に似ている。
海外で、「小津の再来」と言われているのも頷けるというものだ。
映画『海街diary』を見終わって、
私はかつてないほどの幸福感に包まれた。
これは、良い作品を見たということの証である。
監督を褒めるのはこのくらいにして、
次に、出演者について述べてみたい。
両親へのわだかまりを抱えた、しっかり者の長女の幸を演じた綾瀬はるか。
私のブログ(映画レビュー)では、
彼女の出演作である
『ハッピーフライト』(2008年)、
『おっぱいバレー』(2009年)、
『あなたへ』(2012年)などのへのアクセスが多いが、
綾瀬はるかという女優としての代表作は、まだないように思う。
本作では、これまで見せたことのない表情、演技で魅了する。
映画評論家の西村雄一郎氏は、
「綾瀬はるかは、まことに小津映画のミューズ、原節子そのものなのである」
とまで絶賛しておられた。
この作品で、彼女は、本年度のいくつかの女優賞を受賞することだろう。
姉・幸と何かとぶつかる次女の佳乃を演じた長澤まさみ。
ここ数年、
『岳-ガク-』(2011年)
『奇跡』(2011年)
『モテキ』(2011年)
『ボクたちの交換日記』(2013年)
『WOOD JOB! ~神去なあなあ日常~』(2014年)
など、彼女の出演作はよく見ている方だと思うが、
長澤まさみもまた、未だ代表作というものに恵まれていないように感じる。
本作では、「監督でこうも違うものか……」と思わせるほど、
良い演技をしていた。
漫画と同様、映画でも、次女の佳乃が冒頭に登場する。(寝姿ではあるが……)
あの足のアップにはドキッとさせられた。
ドキッとさせられつつ、
これからも傑作と呼ばれる作品に出演している彼女をもっと見たいと思った。
マイぺースな三女の千佳を演じた夏帆。
現在、私のブログ「一日の王」の、
「このブログの人気記事」で常に上位にいるのが、
夏帆の出演作『箱入り息子の恋』(2013年)である。
私は、
……本年度屈指のラブコメであり、感動作だった……
とのサブタイトルをつけているが、
この映画は傑作と呼べる作品であったし、
現時点での夏帆の代表作と呼んでいいと思う。
夏帆には、もう一作、
『天然コケッコー』(2007年)という愛すべき作品がある。
映画出演が少ない割に、良い作品に恵まれているように感じる。
そして、本作『海街diary』がまた彼女の代表作に加わった。
腹違いの妹すずを演じた広瀬すず。
驚いたのは、彼女の演技である。
綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆の演技とは、
あきらかに違っていた。
予定調和ではない、
なんだかドキドキするような演技なのだ。
某インタビューで語っていたのだが、
広瀬すずは、あえて原作を読まなかったという。
なぜなら、
事前に脚本を読まず、
「是枝裕和監督から撮影ごとに口伝えでシーンや台詞を指示される方法を選択したから」
だというのだ。
それゆえの、あの臨場感であり、ドキドキ感だったのだ。
是枝監督も語る
すずの希望で台本は渡さず、セリフは現場で口伝えをして決めていった。物語を知らずに、彼女はその瞬間に集中して演じていましたが、適応能力が高く、物おじせず、そして勘がとてもいい。大物感がありますね。
と絶賛。
いやはや、凄い若手女優が出現したものだ。
偶然とはいえ、漫画の登場人物と同じ名前の「すず」という役柄を得、
早くも代表作と呼べる作品をも得た。
彼女からはもう目が離せない……
大叔母・菊池史代を演じた樹木希林。
ここ数年の樹木希林の充実ぶりは凄いの一言。
『悪人』(2010年)
『奇跡』(2011年)
『わが母の記』(2012年)
『そして父になる』(2013年)
『駆込み女と駆出し男』(2015年)
など、彼女が出演しているだけで、
質の高い作品になるような気がする。
本作でも実に好い演技をしていて、
それだけで見る価値ありである。
実は、5月30日に公開された『あん』(2015年)も見ているのだが、
こちらでは本作以上の演技を見せていた。
近いうちに『あん』のレビューも書こうと思っているが、
私が今年前半の邦画ベスト3と思っている、
『駆込み女と駆出し男』『あん』『海街diary』の3作すべてに出演しているとは……
いやはや、樹木希林という女優は、とてつもない女優である。
三姉妹の母・佐々木都を演じた大竹しのぶ。
『悼む人』(2015年2月14日公開)での演技が記憶に新しいが、
本作でも、三人の子供を置いて再婚して家を出るという、
ちょっと非情な母親役を、実に上手く演じていた。
子供を置いて出ていったにもかかわらず、
子供たちが暮らしている家を「売らないか?」と持ち掛けるところなど、
大竹しのぶの本領発揮で、(笑)
いつ見ても「巧いな~」と思ってしまう。
海猫食堂の店主・二ノ宮さち子を演じた風吹ジュン。
ここ数年の彼女の出演作は、
『八日目の蝉』(2011年)、
『うさぎドロップ』(2011年)、
『東京家族』(2013年)、
『真夏の方程式』(2013年)、
『そして父になる』(2013年)などを見ているが、
彼女が登場するだけで、なんだかホッとするような雰囲気がある。
本作『海街diary』でも、重要な役を得、好演している。
風吹ジュンの代表作といえば、
やはり報知映画賞主演女優賞を受賞した『コキーユ・貝殻』(1999年)かな。
山猫亭の店主・福田仙一を演じたリリー・フランキー。
このブログで何度も言っているように、
私の大好きな俳優(?)で、彼が出演しているだけで、
その出演作を見たくなる。そして、
『ぐるりのこと。』(2008年)、
『凶悪』(2013年)、
『そして父になる』(2013年)、
『ジャッジ!』(2014年)など、
かれの出演作は傑作が多い。
本作『海街diary』もしかり。
彼の醸し出す雰囲気は、既成の俳優では出せない貴重なものだ。
既成の俳優が持たない顔つき、面構えもイイ。
信用金庫の係長・坂下美海を演じた加瀬亮。
次女・佳乃(長澤まさみ)の上司という役柄で、
脇役ではあり、静かな演技であるのだが、
実に存在感があり、素晴らしかった。
脇役がこんな素晴らしい演技をするのだから、
こういうキャスティングを見ても、
凡作にはなりようがないのである。
この他、
幸が働く病院の小児科医・椎名和也を演じた堤真一、
サッカーチームの監督・井上泰之を演じた鈴木亮平、
すずの同級生・尾崎風太を演じた前田旺志郎などが、
確かな演技で作品を支えていた。
東京に住んでいたとき、
都会の人々にとっては、
鎌倉は特別な空間であることを知った。
その鎌倉の四季を舞台に、
静謐で、心に響く物語が展開する。
これほど質の高い作品には、なかなかめぐりあえないものである。
みなさんも、映画館で、ぜひぜひ。
映画評論家であり、
文芸評論家であり、
エッセイストであり、
翻訳家でもあるのだが、
なんと、漫画にも造詣が深くて、
多くの媒体に評論を寄稿されている。
2012年に刊行された『時には漫画の話を』(小学館)は、
そんな漫画評論40数編をまとめた本なのであるが、
この著書では、
現代の「若草物語」――吉田秋生『海街diary~蝉時雨のやむ頃』
と題した評論を、冒頭に置かれている。
吉田秋生の『海街diary』は、
川本三郎氏にとって、それほど重要な漫画であるのだ。
『カリフォルニア物語』や『吉祥天女』で知られる吉田秋生の、鎌倉に住む四姉妹の物語『海街diary』は近年、もっとも好きな漫画。少女漫画誌『月刊フラワーズ』(小学館)に連載されているものだが、大人が読んでも充分に面白い。
現在、単行本は『蝉時雨のやむ頃』『真昼の月』『陽のあたる坂道』『帰れないふたり』の四冊※が出ている。(二○○七年~)
※その後、『群青』(2012年12月10日発売)と『四月になれば彼女は』(2014年7月10日発売)が刊行され、既刊6巻となっている。
第一作の『蝉時雨のやむ頃』がなんといっても素晴らしい。
鎌倉の、江ノ電の極楽寺駅近くの古い家に三人姉妹が住んでいる。長女の幸は鎌倉の市民病院で働く看護師。次女の佳乃は鎌倉の信用金庫に勤めている。三女の千佳は藤沢のスポーツ用品店の店員。
三人とも二十代。両親は十五年前に離婚した。父親は女性が出来、家を出た。その二年後、なんと母親が三人の子供を置いて再婚して家を出た。三姉妹は学校の先生をしていた祖母に育てられた。(後略)
このように「あらすじ」を紹介しながら、
川本三郎氏は、漫画『海街diary』の素晴らしさをじっくり解説されている。
私は、川本三郎氏の影響を受け、漫画も読んでいたので、
是枝裕和監督によって実写化された映画の方も楽しみにしていたのだ。
なので、公開されてすぐに見に行ったのだった。
鎌倉で暮らす、幸(綾瀬はるか)、
佳乃(長澤まさみ)、
千佳(夏帆)。
そんな彼女たちのもとに、
15年前に姿を消した父親が亡くなったという知らせが届く。
葬儀が執り行われる山形へと向かった三人は、
そこで父とほかの女性の間に生まれた異母妹すず(広瀬すず)と対面する。
身寄りがいなくなった今後の生活を前にしながらも、
気丈かつ毅然と振る舞おうとするすず。
その姿を見た幸は、彼女に、
「すずちゃん、鎌倉にこない? 一緒に暮らさない?」
と声を掛ける。
こうして鎌倉での生活がスタートするが……
宮本輝の小説を映画化した長編映画デビュー作『幻の光』は違うものの、
是枝裕和監督は、これまで、
『誰も知らない』(2004年)、
『歩いても 歩いても』(2008年)、
『そして父になる』(2013年)など、
そのほとんどをオリジナル脚本で映画作りをしてきた稀有な監督である。
にもかかわらず、漫画『海街diary』を何故映画化したいと思ったのか?
某インタビューで、それは、
「漫画の一巻目で、父親の葬儀の後に四姉妹が高台に登って、街を見下ろすシーンを読んだ時に、映画化したいと衝動的に思った」と答えている。
すずが泣き、4人のシルエットが重なって、蝉しぐれが鳴くというシーンが素晴らしくて、やられちゃった。あのシーンはカメラがクレーンアップで、音も含めて、自分のなかで映像ができ上がっていました。これは、絶対に誰かが映画にするぞと。それは嫌だから、自分が手を挙げちゃおうと思いました。
川本三郎氏も、『時には漫画の話を』の中で、
同じ場面を絶賛しておられた。
列車を待つあいだ三姉妹は、すずに町を一望のもとに見られる小高い山に案内してもらう。
しっかりした中学生の妹を見て、長女の幸が気づく。父の最後の日々、世話をしたのはすずの「義母」ではなく、まだ小さいすずだったのだ、と。そしてすずにいう。
「すずちゃん 大変だったでしょう ありがとうね あなたがお父さんのお世話をしてくれたんでしょう? お父さん きっと 喜んでると思うわ ほんとうに ありがとう」
その優しい言葉を聞いて、それまで涙ひとつ見せなかったすずがはじめて泣く。号泣する。二ページにわたってすずが泣く姿がとらえられる。
おそらく父親が再婚してから死ぬまで、この女の子はずっと我慢していた。泣いてはいけないと自分にいいきかせてきた。
子供は案外、怒られたりした時には泣かない。むしろ悲しみをずっとこらえていて、はじめて優しい言葉を掛けられた時に、こらえきれずに泣く。
「ああ、この人の前なら泣いていいんだ。この人は悲しみを分ってくれる」と素直になれる。
泣きじゃくる小さな妹を三姉妹が慰める。寄り添う。それをうしろ姿で描く。ここは正直、読んでいてこちらも涙が出てくる。
小さな駅に列車がやってくる。三姉妹が乗り込む。ホームですずが見送る。ドアが閉まる瞬間、長女の幸が突然、すずにいう。「すずちゃん 鎌倉にこない? あたしたちといっしょに暮さない?」
「ちょっと考えてみてね」という幸の言葉に、意外やすずはすぐに答える。「行きます!」。このお姉さんたちと暮らしたいとすがるような気持ちだろう。そしてはじめて笑顔を見せる。
川本三郎氏は、『小説を、映画を、鉄道が走る』(集英社)でも、
次のように記している。
近年の、子供の駅の別れといえば、これはもう本書で何度か紹介した吉田秋生の『海街diary 1 蝉時雨のやむ頃』が随一だろう。
(中略)
三姉妹を乗せた列車(ディーゼルなので汽車とは書きにくい)が駅を去ってゆく。その列車を、中学生の小さな妹がホームの端まで追ってゆく。「キクとイサム」以来、これほど感動的な子供の駅の別れは他に知らない。
しかも「キクとイサム」が悲しい別れなのに対し、この漫画は、妹のこれからの鎌倉での幸福が約束されているのだから、「すずちゃん、よかったね」、と読者は祝福したくなる。
川本三郎氏が感動した場面を、
是枝裕和監督もまた感動し、
この漫画の映像化を熱望したのだ。
だが、監督が名乗りを挙げた時点で、
映画化権は他者に押えられていたのだそうだ。
だから一度は諦めたとのこと。
それが、「(権利を)手放した」という連絡が入り、
是枝監督が最終的に権利を手にする。
映画『海街diary』は、
是枝裕和監督によって撮るべくして撮られた作品なのである。
『誰も知らない』『歩いても 歩いても』『そして父になる』など、
これまでオリジナル脚本でいろんな家族を活写してきた是枝裕和監督であるが、
漫画を脚色した作品『海街diary』もまた、家族の物語になっているのは、
是枝裕和監督が、自身の中に、
「家族」というテーマを核として持っているからだろうと思われる。
この「家族」をテーマにしているという点で、
また、古き良き日本映画の香りを残しているという点で、
是枝裕和監督作品『海街diary』は、
限りなく小津安二郎監督作品に似ている。
海外で、「小津の再来」と言われているのも頷けるというものだ。
映画『海街diary』を見終わって、
私はかつてないほどの幸福感に包まれた。
これは、良い作品を見たということの証である。
監督を褒めるのはこのくらいにして、
次に、出演者について述べてみたい。
両親へのわだかまりを抱えた、しっかり者の長女の幸を演じた綾瀬はるか。
私のブログ(映画レビュー)では、
彼女の出演作である
『ハッピーフライト』(2008年)、
『おっぱいバレー』(2009年)、
『あなたへ』(2012年)などのへのアクセスが多いが、
綾瀬はるかという女優としての代表作は、まだないように思う。
本作では、これまで見せたことのない表情、演技で魅了する。
映画評論家の西村雄一郎氏は、
「綾瀬はるかは、まことに小津映画のミューズ、原節子そのものなのである」
とまで絶賛しておられた。
この作品で、彼女は、本年度のいくつかの女優賞を受賞することだろう。
姉・幸と何かとぶつかる次女の佳乃を演じた長澤まさみ。
ここ数年、
『岳-ガク-』(2011年)
『奇跡』(2011年)
『モテキ』(2011年)
『ボクたちの交換日記』(2013年)
『WOOD JOB! ~神去なあなあ日常~』(2014年)
など、彼女の出演作はよく見ている方だと思うが、
長澤まさみもまた、未だ代表作というものに恵まれていないように感じる。
本作では、「監督でこうも違うものか……」と思わせるほど、
良い演技をしていた。
漫画と同様、映画でも、次女の佳乃が冒頭に登場する。(寝姿ではあるが……)
あの足のアップにはドキッとさせられた。
ドキッとさせられつつ、
これからも傑作と呼ばれる作品に出演している彼女をもっと見たいと思った。
マイぺースな三女の千佳を演じた夏帆。
現在、私のブログ「一日の王」の、
「このブログの人気記事」で常に上位にいるのが、
夏帆の出演作『箱入り息子の恋』(2013年)である。
私は、
……本年度屈指のラブコメであり、感動作だった……
とのサブタイトルをつけているが、
この映画は傑作と呼べる作品であったし、
現時点での夏帆の代表作と呼んでいいと思う。
夏帆には、もう一作、
『天然コケッコー』(2007年)という愛すべき作品がある。
映画出演が少ない割に、良い作品に恵まれているように感じる。
そして、本作『海街diary』がまた彼女の代表作に加わった。
腹違いの妹すずを演じた広瀬すず。
驚いたのは、彼女の演技である。
綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆の演技とは、
あきらかに違っていた。
予定調和ではない、
なんだかドキドキするような演技なのだ。
某インタビューで語っていたのだが、
広瀬すずは、あえて原作を読まなかったという。
なぜなら、
事前に脚本を読まず、
「是枝裕和監督から撮影ごとに口伝えでシーンや台詞を指示される方法を選択したから」
だというのだ。
それゆえの、あの臨場感であり、ドキドキ感だったのだ。
是枝監督も語る
すずの希望で台本は渡さず、セリフは現場で口伝えをして決めていった。物語を知らずに、彼女はその瞬間に集中して演じていましたが、適応能力が高く、物おじせず、そして勘がとてもいい。大物感がありますね。
と絶賛。
いやはや、凄い若手女優が出現したものだ。
偶然とはいえ、漫画の登場人物と同じ名前の「すず」という役柄を得、
早くも代表作と呼べる作品をも得た。
彼女からはもう目が離せない……
大叔母・菊池史代を演じた樹木希林。
ここ数年の樹木希林の充実ぶりは凄いの一言。
『悪人』(2010年)
『奇跡』(2011年)
『わが母の記』(2012年)
『そして父になる』(2013年)
『駆込み女と駆出し男』(2015年)
など、彼女が出演しているだけで、
質の高い作品になるような気がする。
本作でも実に好い演技をしていて、
それだけで見る価値ありである。
実は、5月30日に公開された『あん』(2015年)も見ているのだが、
こちらでは本作以上の演技を見せていた。
近いうちに『あん』のレビューも書こうと思っているが、
私が今年前半の邦画ベスト3と思っている、
『駆込み女と駆出し男』『あん』『海街diary』の3作すべてに出演しているとは……
いやはや、樹木希林という女優は、とてつもない女優である。
三姉妹の母・佐々木都を演じた大竹しのぶ。
『悼む人』(2015年2月14日公開)での演技が記憶に新しいが、
本作でも、三人の子供を置いて再婚して家を出るという、
ちょっと非情な母親役を、実に上手く演じていた。
子供を置いて出ていったにもかかわらず、
子供たちが暮らしている家を「売らないか?」と持ち掛けるところなど、
大竹しのぶの本領発揮で、(笑)
いつ見ても「巧いな~」と思ってしまう。
海猫食堂の店主・二ノ宮さち子を演じた風吹ジュン。
ここ数年の彼女の出演作は、
『八日目の蝉』(2011年)、
『うさぎドロップ』(2011年)、
『東京家族』(2013年)、
『真夏の方程式』(2013年)、
『そして父になる』(2013年)などを見ているが、
彼女が登場するだけで、なんだかホッとするような雰囲気がある。
本作『海街diary』でも、重要な役を得、好演している。
風吹ジュンの代表作といえば、
やはり報知映画賞主演女優賞を受賞した『コキーユ・貝殻』(1999年)かな。
山猫亭の店主・福田仙一を演じたリリー・フランキー。
このブログで何度も言っているように、
私の大好きな俳優(?)で、彼が出演しているだけで、
その出演作を見たくなる。そして、
『ぐるりのこと。』(2008年)、
『凶悪』(2013年)、
『そして父になる』(2013年)、
『ジャッジ!』(2014年)など、
かれの出演作は傑作が多い。
本作『海街diary』もしかり。
彼の醸し出す雰囲気は、既成の俳優では出せない貴重なものだ。
既成の俳優が持たない顔つき、面構えもイイ。
信用金庫の係長・坂下美海を演じた加瀬亮。
次女・佳乃(長澤まさみ)の上司という役柄で、
脇役ではあり、静かな演技であるのだが、
実に存在感があり、素晴らしかった。
脇役がこんな素晴らしい演技をするのだから、
こういうキャスティングを見ても、
凡作にはなりようがないのである。
この他、
幸が働く病院の小児科医・椎名和也を演じた堤真一、
サッカーチームの監督・井上泰之を演じた鈴木亮平、
すずの同級生・尾崎風太を演じた前田旺志郎などが、
確かな演技で作品を支えていた。
東京に住んでいたとき、
都会の人々にとっては、
鎌倉は特別な空間であることを知った。
その鎌倉の四季を舞台に、
静謐で、心に響く物語が展開する。
これほど質の高い作品には、なかなかめぐりあえないものである。
みなさんも、映画館で、ぜひぜひ。