2013年7月25日。
昨夜から降り続いていた雨が、
朝になってもまだ降っていた。
今日の天気予報は「雨」だから、
これからも降り続ける可能性が高い。
午前4時半に朝食を摂った。
朝食を弁当にしてもらって早立ちする人もいるが、
私はなるべく山小屋で朝食を摂るようにしている。
その方がゆっくり食べることができるし、
躰にも良い気がするからだ。
午前5時過ぎに、わさび平小屋の玄関に出た。
雨が降っているので、レインウェアを着込み、
軽くストレッチ。
5:18
わさび平小屋を出発した。
玄関口には、雨が降っているので、出発をためらっている人たちもいた。
その中に、昨夜同室だったNさんもいた。(青いレインウェアの男性)
私は一足先に雨の中を歩き出した。
登山道が冠水してる場所もあった。
アウトドアリサーチの「シアトル ソンブレロ」。
これを被っているだけで、なんだか楽しくなる。
5:36
ここから小池新道に入って行く。
しばらく歩いて、振り返る。
私ひとりの世界。
6:25
秩父沢を渡る。
橋の上から沢の上流を見ると、
大きな雪渓の下から水がすごい迫力で流れ落ちてくる。
秩父沢を過ぎると、緑の濃い道となり、
俄然花が多くなってきた。
雨に濡れたサンカヨウが殊の外美しかった。
見惚れてしまった。
7:05
イタドリヶ原で花を撮っているとき、
Nさんが私に追いついてきた。
「私は花を撮りながらゆっくり行きますので、お先にどうぞ」
と言ったが、
Nさんは私を追い越そうとはされなかった。
Nさんは、64歳の山のベテラン。
今日は、私と同じ双六小屋に泊まる予定とのこと。
距離がそう長くないので、
急がなくてもイイみたいだ。
イタドリヶ原を過ぎると、
私の好きなキヌガサソウが咲いていた。
なんて美しいんだろう。
その後も、エンレイソウ、オオバキスミレ、ゴゼンタチバナ、コイワカガミなど、
いろんな花が私を迎えてくれた。
鏡平山荘まで、あと5分。
8:31
鏡池に到着するが、何も見えず。
予想していたことだけど、ちょっとガッカリ。
鏡平山荘が見えてきた。
8:34
鏡平山荘に到着。
山荘のテラスには、大勢の人たちが休んでいた。
最も多かったのは、
高校の山岳部の1グループ。
生徒と、引率の先生やOBを入れると20人ほどがいた。
私とNさんは空いている席に腰掛けて、
行動食を食べたり、水分補給をしていた。
私たちが到着して5分くらい経った頃だろうか、
ひとりの若い女性が到着した。
黄色いレインウェアを着た、華奢な感じの女性だった。
顔が小さくて美しく、モデルさんのような感じだった。
下から登ってきた人ではあるが、
この女性は、わさび平小屋には昨夜泊まっていなかった。
となると、新穂高温泉から歩いてきたことになる。
我々よりも1時間半ちかく余計に歩いていることになる。
それなのに、疲れが感じられず、爽やかだった。
彼女が登場しただけで、
このテラスがパッと明るくなったような気がした。
彼女は、空いていた私のすぐ近くの席にやってきた。
話を訊いてみると、
名古屋から来た女性で、
昨夜は新穂高温泉で、自分の車の中で寝たそうだ。
本当は、わさび平小屋に泊まるつもりだったが、
到着が遅れたので、そのまま車で寝て、
今朝4時過ぎに新穂高温泉を出発してここまでやってきたのだそうだ。
〈なんてオトコマエなんだ!〉
と思った。
〈カッコイイ!〉
と思った。
しかも美しい!
私は言った。
「すみませんが、あなたの写真を撮らせてもらえませんか?」(オイオイ)
こんなにオトコマエで美しい女性には、めったに出逢えるものではない。
このチャンスを逃したら、きっと後悔すると思った。
旅の思い出に、ぜひ彼女の“美”をカメラに収めたかった。
「私なんか撮っても仕方ないですよ。あなたを私が撮ってあげますから」
と返され、
「いえいえ、私なんか撮っても汚いだけです。私はあなたを撮りたいんです」
と再度説得。
ようやくOKをもらい、撮らせてもらった。
シャッターを切った瞬間、
北アルプスで一番美しい花を撮ったような気がした。
私の好きなシナノキンバイやシラネアオイやハクサンイチゲよりも、
もっと美しい花を撮ったと思った。
今日は、鏡平山荘に着くまで、
雨の中で、地味に花を撮っているだけであった。
〈暗い一日になるかもしれない……〉
と思っていた。
それが彼女に逢った途端、
急に太陽の光が差し込んできたような気がした。
彼女に別れを告げ、
私とNさんは先に出発した。
ショウジョウバカマや、
アオノツガザクラや、
ヨツバシオガマなどを見ながらゆっくり歩いた。
弓折乗越が見えてきた。
9:33
弓折乗越に到着。
弓折乗越には、鏡平山荘のテラスにいた高校山岳部のグループが先に到着していた。
ここで休んでいると、太陽の光が当たり始めた。
そこへ、先程の彼女がやってきた。
彼女が現れてから、雨は止み、陽の光が差し込み始めた。
彼女は“幸運の女神”なのではないかと思った。
「今日はどこまで行くんですか?」
と彼女に訊いてみると、
「三俣山荘です」
とのこと。
双六小屋からさらに3時間ほど歩いた場所にある小屋である。
我々も訊かれたので、
「双六小屋です」
と答えると、
「もうすぐそこじゃないですか、11時頃には着きますよ」
と仰る。
「三俣山荘まで行きましょう!」
と煽られ、
男として負けられないと思い、(コラコラ)
Nさんに「三俣山荘まで行きますか?」と訊き、
同意を得たので、三俣山荘まで行くことにした。
弓折乗越からは、お花畑の連続であった。
ハクサンイチゲとシナノキンバイのコラボ。
ハクサンフウロ、
ハクサンチドリなどを見ながら歩いていたら、
先を行く彼女から歓声が……
駆けつけると、ハクサンイチゲの大群生地であった。
この道の両側には、お花畑がずっと続いていた。
なんて幸せな気分なんだろう。
彼女が“くろゆりベンチ”に腰掛けて休んでいたので、
近寄ってみると、
その名の通り、クロユリの花がたくさん。
逢いたかった花だけに、大感激。
いいね~
雨の予報だったのに、時折青空も見られ、「夏山~」って感じ。
ブログ「一日の王」を運営していると言ったら、
私のことをオーさんと呼ぶようになった彼女。
「オー(王)さん、双六小屋が見えてきましたよ」
私も彼女のことを「よう子さん」と呼ぶようになった。
彼女が女優の真木よう子さん似だったから。
10:52
双六小屋に到着。
受付に行って、今日のキャンセルを伝える。
「まだ11時ですからね、余裕で三俣山荘まで行けますよ」
と気持ちよく承諾して頂いた。
双六小屋からの眺めもなかなか良かった。
11:12
双六小屋を出発。
ここからは私が先頭で歩いて行く。
直登ルートが使えず、中道ルートの途中から、春道を登って行く。
真夏にこの風景。
九州人は、こんな風景に感動する。
私が「スゴイ、スゴイ」を連発するので、
よう子さんもNさんも笑ってましたっけ。
「あっ、ライチョウ!」
よう子さんが、小さく叫ぶ。
先頭を歩いていた私が見つけられなかったのに、
よく見つけてくれました。
やはり“幸運の女神”だね。
雌のライチョウなので、
ヒナも傍にいた。
ゆっくりゆっくり登って行く。
時折振り向いてカメラを向けると、Vサインをしてくれる。
双六岳でしか見られない雄大な風景。
もうすぐ山頂。
12:23
双六岳(2860.3m)山頂に到着。
しばらく休憩し、三俣蓮華岳に向けて出発。
この縦走路もお花畑だ。
コバイケイソウの小径。
ダイナミックな雪渓に見惚れていたら、
「オーさん、クロユリが咲いてますよ」
と、よう子さんとNさんに教えられる。
遠くも近くも見なければいけなので忙しい。(笑)
花にはそれほど興味がないというお二人に、
「クロユリは単なる黒いユリではなく、こうして下から覗くと、こんなに美しいんですよ」
とデジカメで撮った写真を見せる。
「あっ、ホントだ~」
この縦走路には、私の大好きな花がたくさん咲いている。
楽しい。
「あっ、ライチョウ」
今度は、私が見つける。
雪渓にぴょんと乗った雌のライチョウ。
すると、ヒナたちも母親を追って雪渓に飛び乗った。
今日はライチョウを二度も見ることができた。
やはり、よう子さんは“幸運の女神”だ。
13:55
三俣蓮華岳(2841.2m)山頂に到着。
よう子さんが「オーさんも撮ってあげますよ」と仰るので、撮ってもらった。
ここから少し歩いた所に、もうひとつの山頂標識が……
こちらでもカカポくんをパチリ。
どんどん下って行くと、三俣山荘が見えてきた。
14:46
三俣山荘に到着。
今日、私とNさんは9時間、
よう子さんは10時間以上歩いたことになる。
それでいて疲れた様子はまったく見えない。
よう子さんはやはりオトコマエだ。
受付を済ませ、2階の食堂へ。
ここのサイフォンコーヒーは有名なのだ。
美味しかった~
夕方、外に出てみると、よう子さんが風景を眺めていた。
「ほら、双六小屋も見えますよ」
「ホントだ~」
雨の予報だったにもかかわらず、
展望も楽しめて、もう言うことなし。
夕食は、ジビエ(鹿肉)シチューだった。
ヱビスビールを呑みながら、
今日一日の幸運を感謝した。
すべては、よう子さんのお陰なのだけれど、
あの鏡平山荘で、
私が彼女の写真を撮らなかったら、
この幸運はなかったかもしれない。
自分も褒めてあげることにしよう。(笑)
“奇跡”のような素晴らしい一日であった。
感謝。