本作『流浪の月』を見たいと思った理由は二つ。
①李相日監督作品であること。
②広瀬すずの主演作(松坂桃李とのW主演)であること。
李相日監督作品との出合いは、
村上龍原作の映画『69 sixty nine』(2004年)であった。
私の故郷・佐世保が舞台の映画だったので鑑賞したのだが、
妻夫木聡、安藤政信、太田莉菜(可愛かった~)、加瀬亮、井川遥、村上淳、小日向文世、原日出子、柴田恭兵、國村隼、岸部一徳の他、
(当時はそれほど有名ではなかった)水川あさみ、星野源、柄本佑、桐谷健太、江口のりこ、眞島秀和など、今考えるとすごい俳優が多く出演している作品で、
資料的価値もある佳作であった。
李相日監督を優れた監督として認知した映画は『フラガール』(2006年)であった。
蒼井優の初期の代表作となった作品で、感動しまくりの傑作であった。
その後も、
『悪人』(2010年)
『許されざる者』(2013年)
『怒り』(2016年)
と、傑作を連発していたので、
李相日監督の新作『流浪の月』にも大いに期待していた。
広瀬すずは私の大好きな女優であるし、
広瀬すずの主演作(松坂桃李とのW主演)なので、
〈絶対見たい!〉
と思った。
広瀬すずは、李相日監督作品『怒り』にも出演していたが、
李相日監督作品での6年後の成長した姿も見たかった。
原作は、2020年本屋大賞を受賞した凪良ゆうの同名小説で、
主演の広瀬すず、松坂桃李の他、
横浜流星、多部未華子、趣里、三浦貴大、増田光桜、白鳥玉季、内田也哉子、柄本明など、
私の好きな俳優たちも共演者として名を連ねている。
もう期待しかなく、公開初日に映画館に駆けつけたのだった。
19歳の大学生・佐伯文(松坂桃李)は、
雨の公園で、10歳の少女・家内更紗(白鳥玉季)がびしょ濡れになっているのを目にする。
更紗に傘を差し出した文は、
引き取られている伯母の家に帰りたくないという彼女の気持ちを知り、
自分の部屋に入れる。
そのまま更紗は文のもとで2か月を過ごし、
そのことで文は誘拐犯として逮捕されてしまう。
……15年後。
家内更紗(広瀬すず)は、とある地方都市で、静かな生活を送っている。
バイト先のファミレスと、恋人の中瀬亮(横浜流星)と暮すマンションを往復する日々。
甘えん坊で少しワンマンだけれど、男気と経済力と更紗への愛にあふれた亮との関係は、
まっすぐ結婚へと向かっている。
更紗は、いつも控えめでどこか受け身に見えるが、それには理由がある。
“家内更紗”は有名なのである。ネットで検索すればすぐにわかる。
“家内更紗”は15年前に世間を騒がせたロリコン大学生による小学女児誘拐監禁事件――いわゆる“家内更紗ちゃん事件”の被害女児本人なのだった。
ある日、更紗はパート仲間の安西佳菜子(趣里)に連れられ、“隠れ家カフェ”に立ち寄る。
川べりに建つクラシカルな茶褐色のビル。
一階はアンティークショップで、
その脇に“calico”という見落としてしまいそうにささやかな看板が出ていた。
仄暗い階段を上がっていくと、マスターらしき男性が、
「いらっしゃいませ」
と更紗らに声をかけた。
その長身のシルエット、声の響き。
思わず息を呑む更紗。
「えっ」
高鳴る鼓動を抑えながらそっとマスターを観察する。
間違いなかった。文だった。
夢で泣き、自分の嗚咽に驚いて目覚めるようになったのはいつからだろう。
目蓋の裏に、15年前、あのアパートで佐伯文(松坂桃李)と過ごした日々が浮かんでくる。
ケチャップたっぷりの目玉焼き。
夕食代わりのアイスクリーム。
布団に寝そべってピザにかぶりつきながらアニメを観る更紗を、
文は目を白黒させて見ていた。
従兄の孝弘に“されていたこと”を黙って聞いてくれた文。
「ロリコンってつらい?」
と訊いたら、
「ロリコンじゃなくても、人生はつらいことだらけだよ」
と教えてくれた文。
文がロリコンかどうかなんて関係なかった。
文の隣は、父を亡くし、母に去られて伯母の家に引き取られた更紗にとって、
はじめて得た心の底から安心できるかけがえのない場所だった。
仕事帰りに“calico”へ寄る日が増えていく。
文は更紗に気づいているのか、いないのか。
ほどなく更紗の変化を訝しむ亮の言動がおかしくなる。
ファミレスに電話して更紗のシフトを確認したり、
突然“calico”に現れたり。
そして更紗も文の傍らにいる女性・谷あゆみ(多部未華子)の存在に気づいてしまう。
激しく動揺しながらも、文が大人の女性を愛せるようになったことを心から喜ぶ更紗。
そんな折、“家内更紗ちゃん事件”のまとめサイトが更新される。
アップされたのは、“calico”で働く文の写真。
動揺し、放心して座り込む更紗に、帰宅した亮が、
「あんな奴がいつまでも隠れてられるわけないだろ?」
と憤る。
亮が文を知っていたことに驚く更紗。
「もしかして……文の写真……亮くんが撮ったの?」
そう迫る更紗の顔を亮は殴り、倒れた更紗を亮はさらに蹴りつけるのだった。
血だらけで繁華街を歩く更紗。
ただ思い出すのは、あの日の文。
あの日、警察に取り囲まれた湖の桟橋で、更紗の手を強く固く握りしめてくれた文の手の感触。
「更紗は、更紗だけのものだ……誰にも好きにさせちゃいけない」
文の言葉に、更紗も強く固く握り返した。
“calico”の前にたどり着き、うずくまった更紗の耳に、
「大丈夫? 店、来る?」
と懐かしい声がする。
雨の公園で、伯母の家に帰りたくない更紗に、
「大丈夫? うち、来る?」
と傘を差しかけてくれたあの声。
15年間、更紗が欲しかったのはこの声だけだった。
亮の家を出た更紗は、文のマンションの隣の部屋で暮らすようになる。
ベランダの仕切り越しに、いつでも文を感じることができる。
文とは恋人でも友達でも家族でもなかった。
隣にいれば息がつけて、日々を生き延びることができると思った。
けれど、そんな二人の関係を、世間が許すはずはなかった……
原作は未読であったし、鑑賞前は、ただ単に、
女児誘拐事件の「元誘拐犯」と、その「被害女児」の再会、
そして“許されない愛”を描いた物語だと思っていた。
だが、違った。
世間を大いに騒がせた女児誘拐事件の真実と、
更紗と文が、それぞれに背負い続けた性に関する“ある秘密”を描いており、
恋愛や友情や家族愛といった、
そんな既存の言葉では表現しえない心の結びつき、愛よりも切ない感情を、
繊細、かつ大胆に描いた物語であった。
原作は子ども時代が沢山の情報量と密度を持って描かれていますが、映画は大人の更紗を主軸に語られなければなりません。観客は「今」の更紗が置かれた状況や葛藤を見つめながら、自由で幸福だった「あの頃」に思いをはせる。そして15年離れていても互いを思い続けた痕跡と、それらが生む周囲との摩擦。加えて文が密かに抱えている絶望……過去と現在を連結させながら、更紗と文の宿命をいかにダイナミックに展開させるかに腐心しました。(パンフレットのインタビューより)
とは、脚本も担当した李相日監督の弁。
現在と過去との出し入れがスムーズで、
本作もまた脚本の良さを感じさせられたし、
傑作は良き脚本からしか生まれないことを再認識させられた。
原作者の凪良ゆうも、脚本を読んだときの感想を、
初稿のときはずいぶん原作から変えたなって思いました。わたしの書いた「流浪の月」がベースなんだけど、同じものを見ていてもその角度で誰が見るかによって見え方はまったく違ってきますよね。たぶんわたしは原作そのまんまの脚本を持ってこられたら、それはそれでなんかつまんないって感じたと思うんですね。そんなのだったら原作を読んでもらえばいいわけで。いただいた脚本は、原作の世界観をしっかり保ったまま、李監督のものの見方が前面に出てました。わたしはもともと李監督のファンで、李監督の撮る『流浪の月』が観たかったのでとてもうれしくて、お任せして本当に良かったなって心の底から思いました。(パンフレットのインタビューより)
と語っていたが、
原作者も認める脚本であったのだ。
この良き脚本を、血の通った物語として立ち上がらせるには、
俳優たちの優れた演技が必要になってくるのだが、
主演の二人の演技は文句なしであった。
特に、広瀬すずに関しては、
「体当たりの演技」というような陳腐な言葉では表現しえないような渾身の演技であったと思う。
このレビューのサブタイトルにも記しているように、
鑑賞後、すぐに、
〈広瀬すずの代表作が誕生した!〉
と思った。
それほどの演技であったのだ。
広瀬すずとは、7年前、『海街diary』(2015年・浅野すず 役)で出逢った。
彼女の素晴らしい演技に感動し、
〈広瀬すずの出演作はすべて見よう〉
と決意した。
以降、
『ちはやふる -上の句-』(2016年)主演・綾瀬千早 役
『ちはやふる -下の句-』(2016年)主演・綾瀬千早 役
『四月は君の嘘』(2016年)主演・宮園かをり 役
『怒り』(2016年)小宮山泉 役
『チア☆ダン〜女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話〜』(2017年)主演・友永ひかり 役
『三度目の殺人』(2017年)ヒロイン・山中咲江 役
『先生!、、、好きになってもいいですか?』(2017年)ヒロイン・島田響 役
『ちはやふる -結び-』(2018年)主演・綾瀬千早 役
『ラプラスの魔女』(2018年)ヒロイン・羽原円華 役
『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(2018年)阿部奈美(女子高生時代) 役
『ラストレター』(2020年)遠野鮎美 / 遠野未咲(回想) 役
『一度死んでみた』(2020年)主演・野畑七瀬 役
『新解釈・三國志』(2020年)貂蝉(変身) 役
『いのちの停車場』(2021年)星野麻世 役
などの出演作を観賞し、レビューも書いてきた。(書いていない作品も少しある)
こうして列記してみると、
(正直)あまり作品に恵まれているとは言えない気がする。
是枝裕和監督作品『海街diary』『三度目の殺人』
李相日監督作品『怒り』
岩井俊二監督作品『ラストレター』
は評価しているが、主演作ではなかったし、
主演作の
『ちはやふる』シリーズ
『四月は君の嘘』
『チア☆ダン〜女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話〜』
『一度死んでみた』
は、楽しめる作品ではあったが、女優・広瀬すずの代表作と呼べるものではなかった。
これだけ活躍し、素晴らしい演技を見せているのに、代表作はなかったのだ。
映画鑑賞後、
帰宅してからネットで『流浪の月』完成披露試写会での舞台挨拶の映像を見たのだが、
李相日監督も私と同じ考えであったのだろう、
その舞台挨拶で、
「なによりも広瀬すずの代表作を撮ろうと思った」
と語っていたが、
見事にそれは果たされたと思った。
もう一人の主人公・佐伯文を演じた松坂桃李も良かった。
ここ数年の松坂桃李の活躍は目覚ましく、映画では、
『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)
『不能犯』(2018年)
『娼年』(2018年)
『孤狼の血』(2018年)
『居眠り磐音』(2019年)
『新聞記者』(2019年)
『蜜蜂と遠雷』(2019年)
『約束のネバーランド』(2020年)
『あの頃。』(2021年)
『いのちの停車場』(2021年)
『孤狼の血 LEVEL2』(2021年)
『空白』(2021年)
など、そのほとんどの作品のレビューを書いているし、
TVドラマでも、昨年(2021年)は、
「今ここにある危機とぼくの好感度について」(2021年4月24日~5月29日、NHK)
「あのときキスしておけば」(2021年4月30日~6月18日、テレビ朝日)
など、印象深い作品に出演していた。
これだけ多くの映画やTVドラマに出演していれば、
演技が一本調子になったり、自ずと演技も似通ってきたりするものだが、
演じたどの役も印象が違ったし、松坂桃李という男優を見飽きることがなかった。
これは凄いことだと思う。
本作『流浪の月』での佐伯文という役も、これまで演じたどの役とも違っており、
(映画を鑑賞すれば解ってもらえると思うが)本当に難役で、
身体的特徴の“ある秘密” を背負い続けた青年の苦悩を、
緻密で静謐な演技で表現していて秀逸であった。
更紗の恋人の中瀬亮(上場企業のエリート社員)を演じた横浜流星。
私にとっての4番目の孫娘(小学2年生)が横浜流星のファンなのだが、
その孫娘には絶対見せられないほどのイヤな男の役で、(コラコラ)
爽やかでカッコイイ横浜流星はそこにはいなかった。
自分から逃げていかないような(逃げる場所のない)女性を選んで交際し、
感情にまかせて暴力をふるうような男なので、
これまでの横浜流星なら演じそうにない役なのだが、
鑑賞者が嫌悪感を抱くほどに役に徹している姿に、
横浜流星という俳優の今後の可能性を感じることができた。
本作によって横浜流星は一段と飛躍するに違いない。
文の恋人・谷あゆみ(看護師)を演じた多部未華子。
映画『夜のピクニック』(2006年)で多部未華子に出逢って彼女が好きになり、
これまで多くの出演作を見てきた。
なので、多部未華子にスクリーンで逢えるのも楽しみにしていた。
本作での出演シーンは少ないが、
文との別れのシーンが印象深く、「さすが!」と思ったことであった。
谷さんの背景はほとんど描かれていませんが、ひとりの女性として、文との遠い未来まで意識していたのではないかと私は思っています。そうして、あの別れの場面が訪れたのだと。登場するシーンは少ないですが、彼女の葛藤や苦しみが伝わっているといいなと思います。(パンフレットのインタビューより)
と語っていたが、
谷あゆみの私生活は描かれていないのに、どんな女性か見る者に解らせる演技であったし、
躰を求めてもらえない女性の哀しみが伝わってくる演技に感心させられた。
多部未華子のような主役級の女優を出演シーンの短い脇役にキャスティングできるは、
実績があり監督としての評価の高い李相日監督ならでは……と思わされたことであった。
更紗(広瀬すず)の幼少期を演じた白鳥玉季。
10歳の更紗を演じた白鳥玉季は、
わずか1歳でデビューを果たし、
今年で芸歴10年を誇る現在12歳(中学1年生)のベテラン。(2022年5月現在)
TVドラマでもよく目にするが、
映画でも、
『永い言い訳』(2016年)
『すばらしき世界』(2021年)
などの西川美和監督作品や、
山田孝之と親子役を演じた『ステップ』(2020年)など、
このブログでレビューを書いた作品にも多く出演している。
よく見知っている顔だったので、広瀬すずには似ていないと思っていたのだが、
本作での白鳥玉季は、広瀬すず(の幼少期の)顔に酷似していて驚かされた。
広瀬すずの幼少期は「さもありなん」と思わされたし、
女優・白鳥玉季の演技も素晴らしく、
白鳥玉季にとっても極初期の代表作になったと思った。
この他、
更紗の同僚のシングルマザー・安西佳菜子を演じた趣里、
更紗の働くレストランの店長・湯村を演じた三浦貴大、
文の母・佐伯音葉を演じた内田也哉子、
アンティークショップのオーナー・阿方を演じた柄本明が、
李相日監督の期待に応えた演技で作品の質を高めていた。
撮影を担当したのは、
『ブラザーフッド』(2004年)
『母なる証明』(2009年)
『哭声/コクソン』(2016年)
『バーニング 劇場版』(2018年)
『パラサイト 半地下の家族』(2019年)
など、韓国映画史に残る傑作を次々と手がけきたホン・ギョンピョ。
特に、空、月、鳥、雲、雨、水、光などの自然の映像が素晴らしく、
その美しく刺激的な映像だけでも、本作を見る価値はあると思えた。
ラスト近くのショッキングなシーンに繫がる、
希望がほの見えるラストシーンに目頭が熱くなり、
〈こういう愛の形もあるのだ……〉
と思わされた。
今年(2022年)3月に、
映画『余命10年』のレビューで小松菜奈の代表作が誕生した喜びを語ったが、
2ヶ月後に、広瀬すずの代表作の誕生を目撃するとは思わなかった。
小松菜奈や広瀬すずと同時代に生きている歓びを強く感じている。