一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ヤクザと家族 The Family』……藤井道人監督と綾野剛の新たなる代表作……

2021年02月07日 | 映画


鑑賞する映画を出演している女優で決める主義の私は、
映画『デイアンドナイト』(2019年1月26日公開)は、
清原果耶が出演しているという理由で見た。


……“善と悪”というテーマに真っ向から挑んだ傑作……
とのサブタイトルを付してレビューを書いたのだが、
「愛する家族の命が奪われたとしたら、あなたはどうするだろうか……」
ということを、見る者に問いかけてくる愚直なまでに真っ直ぐな映画であった。
脚本がよく練られており、
映像も美しく、
音楽も素晴らしかった。
この作品によって、藤井道人が優れた監督であることを認知した。

半年後、同じ藤井道人監督の映画『新聞記者』(2019年6月28日公開)を見た。


この作品は、
“官房長官の天敵”と言われたジャーナリスト望月衣塑子の『新聞記者』を原案としており、
その望月記者役には当初、蒼井優や満島ひかりの名が候補として挙がっていた。
蒼井優も満島ひかりも大好きな女優だったので楽しみにしていたのだが、
その後、新聞記者役には、シム・ウンギョンという韓国人女優が決まった。
監督候補も、当初、オウム真理教をテーマにしたドキュメンタリー映画『A』などで知られる森達也の名が挙がっていたが、最終的に藤井道人が監督をすることに決まった。
「日本の闇」をえぐり出し、今の社会に強烈な問題提起するであろう作品なので、
キャスティングにも監督選出にも紆余曲折あったことは容易に想像できるが、
藤井道人監督作品を再び見ることができると極私的に喜んだ。
この映画は、
……政権の裏側・内調(内閣情報調査室)の実態を描いた秀作……
とのサブタイトルを付してレビューを書いたのだが、
「傑作」ではなく、「秀作」としたのには理由があった。
とても面白かったし、映像も素晴らしかったのだが、
期待したものとは、ちょっと違っていたからだ。
原案となった望月衣塑子著『新聞記者』を読んでいたので、
もっと生々しく、ハラハラさせられるような映画になっていると思っていたのだが、
そこまでの作品にはなっていなかった。
私自身の期待度が高過ぎたのかもしれないが、
やや薄味に感じてしまったのだ。
しかし、よく健闘した映画ではあったと思う。
私が期待したような生々しいストーリーでは、
映画館や出資者の協力も得られないだろうし、
出演者も躊躇せざるを得なくなる。
制作者側の、
「バックグラウンドに安倍晋三政権の問題を描きながらも、フィクション仕立てにして広い層に共感してもらいたい」というコンセプトはある意味正しかった。
結果、映画『新聞記者』は多くの人々に受け入れられ、
第43回日本アカデミー賞において、
最優秀作品賞、
最優秀主演男優賞(松坂桃李)、
最優秀主演女優賞(シム・ウンギョン)
を受賞した。

藤井道人監督と、清原果耶が再びタッグを組んだのが、
昨年(2020年)見た映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』(2020年9月4日公開)であった。


原作は、野中ともその同名小説で、
中学3年生の少女が体験する“星ばあ”と呼ばれる怪しい老婆とのひと夏の交流を描くファンタジー。
主人公の少女を清原果耶、
“星ばあ”を桃井かおりが演じていた。
……清原果耶の初主演作にして傑作……
とのサブタイトルを付してレビューを書いたのだが、
藤井道人監督の前2作品『デイアンドナイト』『新聞記者』とは違った毛色の作品だったので、少なからず驚いた。
様々な引出しを持った優れた監督であることを再認識した。

そして、『ヤクザと家族 The Family』(2021年1月29日公開)。
監督、脚本は藤井道人で、


主演は、私の好きな綾野剛。
この二人のタッグなら、もう期待しかなく、
ワクワクしながら映画館に向かったのだった。



第一章:1999年【出会い】

派手な金髪に真っ白な上下で全身を包んだ19歳の山本賢治(綾野剛)。


証券マンだった父はバブル崩壊後に手を出した覚せい剤で命を落とし、
母親もすでに世を去っている。
身寄りのない山本は、悪友の細野(市原隼人)・大原(二ノ宮隆太郎)と連れ立っては、
その日暮らしの生活を送っていた。


そんなある日、
行きつけの食堂で飲んでいた山本は、
そこに居合わせた柴咲組組長・柴咲博(舘ひろし)をチンピラの襲撃から救う。


これが二人の出会いだった。
食堂を営む愛子(寺島しのぶ)の亡き夫は柴咲の弟分でもあった。
後日、柴咲組と敵対する侠葉会の若頭・加藤(豊原功補)と、


若頭補佐の川山(駿河太郎)によって、


港に拉致された山本たち。




それは父の死に遺恨を抱く山本が、
侠葉会の息のかかった売人から覚せい剤を横取りしたことに対する報復だったが、
たまたま持っていた柴咲の名刺がこの危機を救う。
一命を取り留めた山本は柴咲と再会を果たす。


父に覚せい剤を売りつけたヤクザを山本は憎んでいた。
そんな山本を“ケン坊”と呼んで迎え入れる柴咲。
自暴自棄になっていた自分に手を差し伸べてくれた柴咲に山本は心の救いを得て、
二人は父子の契りを結ぶ。


こうして山本はヤクザの世界へ足を踏み入れたのだった。



第二章:2005年【誇りを賭けた闘い】

柴咲組の一員となった山本は、
持ち前の一本気を武器に、細野や大原とヤクザの世界で男をあげつつあった。


背中に彫り込んだ修羅像も板についている。
世間では日本経済の回復が続いており、その景気拡大は戦後最長記録を更新していた。
そんな中、因縁の相手・侠葉会との争いは激化する一方だった。
その日もキャバクラの店内で鉢合わせた川山とやり合いになるが、
傷の手当てをしてくれたホステスの由香(尾野真千子)に、


山本は好意を持つ。


自分と同じように家族のいない由香の前でだけ、
山本は鎧を脱いで心の安らぎを手に入れることができた。


しかし運命は非情だった。
腹の虫がおさまらない加藤の差し金で柴咲が襲われ、
代わりに仲間の大原が犠牲となるが、
静岡県警の刑事・大迫(岩松了)はこの件に手を出さないよう柴咲組に釘を刺す。


「これからは社会でヤクザを裁くのは法や警察だけじゃない。世の中全体に排除されるようになります。時代は変わっていくんですよ」と。
それでも引き下がれない山本は、
自分の大切な居場所であるファミリー=柴咲組を守るために、
加藤たちの元へ単身乗り込むのだった。



第三章:2019年【激変した世界】

獄中から出てきたのは14年後。
その髪には白いものが混じっている。


そこで山本を待ち受けていたのは、
暴対法の影響で存続も危うい状態に一変した柴咲組の姿だった。


かつての盟友・細野は組を抜け、結婚して子供をもうけていた。
「ヤクザ辞めても、人間として扱ってもらうには5年かかるんです。口座も、保険も、家も」
“5年ルール”の厳しさを口にした細野は、
食事代をもとうとする山本を頑なに固辞した。


いまだ柴咲組に籍を置く山本にご馳走してもらえば、反社会からの金を受け取ることになる。
ヤクザは仲間に奢ることさえ許されない時代になっていた。
一方で、愛子の息子・翼(磯村勇斗)は22歳になり、
柴咲組のシノギを手伝いながら夜の町を仕切っていた。


柴咲組の組員だった父親を抗争で亡くし、山本を慕う翼は、
新世代の青年らしいクールな感性に見え隠れする危うさを秘めていた。


ヤクザを取り巻く状況の変化に戸惑いながらも、由香と再会した山本は、


14歳になる彩が自分の娘であることを知る。


あれほど焦がれた自らの家庭を築くため、
組を抜けて新たな人生を歩もうとする山本だったが、
元ヤクザという経歴は恩人の細野や由香を巻き込み、
思わぬ形で愛する者たちの運命を狂わせていく。


それはほかでもない自分のせいで、
ようやく掴みかけたかけがえのない家族を失うという、この上なく残酷な現実だった。
そんな山本を気遣う翼が打ち明ける。
「親父殺したやつ見つけたんすよ」


翼の瞳の奥に危険な光を見た山本は、
自分の過去のすべてを背負って未来へとつなげるために、
ヤクザとしての人生に決着をつけようとする……



息もつかせぬくらいに畳みかける第一章、
ヤクザの世界の抗争とファミリーの結束を描いた第二章、
そして、ヤクザを取り巻く環境の激変と時代に取り残された人々の末路を描く第三章。
変わりゆく時代の中で排除されていく”ヤクザ”という存在を、
抗争という目線からではなく、家族の目線から描いた傑作であった。

鶴田浩二や高倉健が活躍した任侠映画でもなく、
深作欣二監督作品『仁義なき戦い』をはじめとする実録ヤクザ映画でもなく、
なんだかドキュメンタリー映画のような、
山本賢治という男の生きた軌跡と時代をスタイリッシュに三つに切り取った、
「家族とは何か?」「人間とは何か?」「社会とは何か?」
と、見る者の問いかけてくる感動作であった。

とにかく、山本賢治を演じた主演の綾野剛が素晴らしい。


これまで、
『そこのみにて光輝く』(2014年4月19日公開)
『新宿スワン』(2015年5月30日公開)
『ピース オブ ケイク』(2015年9月5日公開)
『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016年3月26日公開)
『64 -ロクヨン- 前編・後編』(2016年5月7日、6月11日公開)
『新宿スワンII』(2017年1月21日公開)
『日本で一番悪い奴ら』(2016年6月25日公開)
『怒り』(2016年9月17日、東宝)
『パンク侍、斬られて候』(2018年6月30日公開)
『楽園』(2019年10月18日公開)
『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』(2019年11月1日公開)
『影裏』(2020年2月14日公開)
など、彼の出演作のレビューをたくさん書いてきたが、
代表作は『そこのみにて光輝く』だと個人的に思っていた。
だが、ここに新たなる代表作が誕生した。
それが本作『ヤクザと家族 The Family』だ。
それほど本作の綾野剛は素晴らしい。

藤井監督とスターサンズのチームが、“ヤクザと家族”をテーマに作品を作る。直感で参加を決めました。藤井さんは非常にクレバーな監督で、自分に求められていることを的確に把握しアートにもメジャーにもできる。だからこそ、才能と覚悟を最大限に発揮される作品でご一緒したかった。完成作を観た感想を表現するには、言葉では足りません。魂がえぐられた。今日まで生きてきて出会ったことのない感情です。私にとって人生最愛の作品が生まれました。(「月刊エンターテインメントマガジン」2020年12月号)

と語っていたが、
綾野剛にとっても“人生最愛の作品”が誕生した自覚と歓びがあったのであろう。
山本賢治という男の、
1999年の、ギラギラしていたチンピラ時代、


2005年の、ヤクザ稼業が板についてきた時代、


2019年の、反社会勢力として排除され、人としての権利を奪われてしまった時代と、


激変する三つの時代を演じ分けているのだが、これが見事。
藤井道人監督という新たな才能と出会い、
己の新たな代表作を誕生させた綾野剛という才能にも感嘆した。



柴咲組組長・柴咲博を演じた舘ひろし。


映画を見るまでは、正直、舘ひろしはミスキャストではないかと思っていた。
私の中では、舘ひろしという俳優は、演技の上手い俳優としては認知されていなかったからだ。
ちょっと気取ったような演技が好きではなかったし、
〈舘ひろしにヤクザの組長の役をやらせたら、「いかにも」な演技をするに違いない……〉
そう思って心配していたのだが、
(こんな風に、上から目線で語るのは失礼だとは思うのだが)
本作での彼の演技はなかなか良かった。
組長というよりは、普通のどこにでもいるような父親のようなイメージで、
むしろ地味と言っていいような、
それでいて奥行きのある懐の深い演技をしていた。


舘さんは一つ一つの言葉や所作にすごく感情、自分の思いを持ってくださって、何か言いづらいセリフがあっても、勝手にはしないで、必ず相談してくれるんです。撮影の合間も、20代から俳優として、どうやってきたか、舘さんの時代のヤクザのありようなども教えてくれました。でも、一番教えていただいたのは、言葉ではなく、背中から。これだけの大スターなのに、末端のスタッフにもちゃんとあいさつしてくれ、現場に対しての敬意がある。自分もそういう人でありたいと思いました。(「ENCOUNT」インタビューより)

とは、藤井道人監督の弁。
藤井道人監督が柴咲組組長・柴咲博に求めていたのは、
武闘派の親分ではなく、一家の「父」。
藤井道人監督の思いを舘ひろしは脚本から読み取り、
「いかにも」な演技を封印して、一家の「父」に成り切っていた。
よって、本作では、これまで見たことのない舘ひろしを見ることができたのだ。



山本の悪友・細野竜太を演じた市原隼人。


この市原隼人という俳優も、
舘ひろしと同様に「いかにも」な演技をするイメージがあったのだが、
本作でもそういう部分は(若干は)あったものの、
抑えた演技が随所で見られ、
これまで見た彼の出演作では一番良かったと思った。
彼としても手ごたえがあったのであろう、インスタグラムに、

この作品を見終わった後、周りの同志を見たら、思わず涙が溢れてしまった。この作品に出逢え、この作品に関わる全ての方と出逢え、僕は幸せ者です。…役者として心から救われたと思った途端涙が流れてしまいました…藤井道人監督。改めて映画を好きにさせてくれて本当に感謝してるよ。

と、投稿していたが、
〈これからの市原隼人が楽しみ……〉
と感じさせる本作の演技であった。



愛子(寺島しのぶ)の息子・翼を演じた磯村勇斗。


『恋は雨上がりのように』(2018年5月25日公開)では、
軟弱なチャラ男というイメージであったが、
TVドラマ「今日から俺は!!」(2018年10月14日~12月16日、日本テレビ系)では、
イメージを一新するような不良の巣窟・開久高校の“頭”相良を演じ、
そのあまりのハマリ様に大いに驚かされ、そのギャップを楽しませてもらった。
本作での役は、「今日から俺は!!」の相良の延長線上にあるとも言えるが、
漫画チックだったTVドラマとは違って、演技に深みと凄みがあり、
そこに磯村勇斗という俳優の成長を感じることができた。
とくに、ラストシーンの彼の表情とセリフは素晴らしかったと思う。



私のレビューにしては珍しく、男優ばかりを論じてしまったが、(笑)
食堂を営む愛子を演じた寺島しのぶ、


山本と関係を持つことになるホステスの由香を演じた尾野真千子、


由香の娘・彩を演じた小宮山莉渚などの女優陣も、
ヤクザに関わることになってしまった女性たちを、
男優陣に負けないほどの熱量で演じており、素晴らしかった。



映画の構成の見事さ、
俳優陣の演技の素晴らしさ、
映像の美しさなど、
本作は褒める要素満載なのであるが、
音楽についても褒めなくてはならないだろう。
特に、エンドロールに流れる主題歌「FAMILIA」は秀逸で、
楽曲を提供している常田大希(率いるmillennium parade)の才能に圧倒されてしまった。


綾野剛が、プライベートでも親交があるという常田大希に依頼したとのことだが、

単純に常田大希が、この映画を見てどう思うのかを知りたかった。この映画をどう“治癒”するのか。直観でした。僕は音楽家、常田大希にお願いしました。それこそ彼の奏でるチェロだけでもいい。すべては、大希に託す事が最大の敬意だと思ったんです。オフラインでしたが、映画を観てくれて、最終的にこの楽曲の座組は『millennium parade』に。曲が出来上がるまでは、(井口)理が歌うというのも知りませんでした。シンプルに「FAMILIA」に必要な座組みを組んだ大希は、この楽曲の監督なんです。まだ2年ほどの付き合いですけれど、一つ叶えたいと思っていた目標のスタートラインが“一緒に作品を作る”ということだったので、引き受けてくれて心から感謝でした。(「MOVIE WALKER」インタビューより)

と語っていたが、出来上がった曲は、
誰もが知っている『仁義なき戦い』風でも、『ゴッドファーザー』風でもなく、
これまであまり聴いたことのない音楽で、
映画の素晴らしさと相俟って、その曲の素晴らしさにも感動して、
私は、しばらく席を立てなかった。



この映画を見ていて、ひとつ気になったのが、喫煙シーンの多さ。






「喫煙シーンの多用は三流監督の証拠」
と常々公言してきた私としては、見逃せないことであったのだが、
藤井道人監督が、単なる格好つけや、ヤクザらしさを表現するために喫煙シーンを多用したとは考えにくく、他に理由があるのだろうと思っていた。

今回は『けむりの街の、より善き未来は』のセルフリブートというメタファーが決まっていて、「煙」を使ってテーマを表現したいというのは最初からありましたね。

たとえばタバコってどんどん排除されて、クリーンになってきたじゃないですか。そういった形で、徐々に煙がなくなっていく世界観にしたかったので、クランクインする前から「工場地帯を探してほしい」とリクエストしていました。その結果、静岡県の沼津に落ち着きましたね。
(「CINEMORE」インタビューより)

藤井道人監督はこう語っていたが、
そういえば、本作には工場の「煙」も頻繁に登場していた。


タバコの「煙」に限らず、公害のイメージがある工場の「煙」など、


本作では「煙たがられる」存在=ヤクザの象徴として「煙」が多用されていたのだ。


「排除されるべき」ものの象徴としての「煙」……
喫煙シーンひとつとっても、藤井道人監督はそこに様々な意味を持たせていたのだ。
藤井道人監督、畏るべし。



本作の仕掛け人であるスターサンズの河村光庸は、

人間社会の矛盾と不条理が集約された形で今日まで生き残ってきたヤクザは、現代社会のリアルな縮図として、今こそ問題提起せねばならないテーマなのです。

と語っていたが、
これでもかというほどに見せつけられるヤクザの家族の生き様に、
見る者はいろんなものを感じ取り、考えさせられることだろう。
今年(2021年)はまだ始まったばかりだし、
新型コロナウィルスの感染拡大が続き、公開中止や公開延期が相次ぐ中、
初っ端に、まさかこれほどの傑作に出合えるとは正直思わなかった。
感謝!

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