
坂元裕二は好きな脚本家の一人だ。

これまでは、主に、TVドラマでの作品を楽しんできた。
過去の作品では、
「東京ラブストーリー」(1991年1月7日~3月18日、フジテレビ)が有名だが、
その他にも、
「ラストクリスマス」(2004年10月11日~12月20日、フジテレビ)、
「トップキャスター」(2006年4月17日~6月26日、フジテレビ)、
「Mother」(2010年4月14日~6月23日、日本テレビ)、
「それでも、生きてゆく」(2011年7月7日~9月15日、フジテレビ)、
「Woman」(2013年7月3日 - 9月21日、日本テレビ)
など、大いに楽しませてもらった。
「最高の離婚」(2013年1月10日~3月18日、フジテレビ)については、

是枝裕和監督作品『そして父になる』のレビューを書いたときにこのブログで触れているし、
「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」(2016年1月18日~3月21日、フジテレビ)や、

「カルテット」(2017年1月17日~3月21日、TBS)
の2作品については、レビューも書いている。

坂元裕二が脚本のドラマを、かように愛している私なので、
坂元裕二のオリジナル脚本で、
監督が『罪の声』の土井裕泰で、

菅田将暉と有村架純が主演の映画『花束みたいな恋をした』はとても楽しみにしていた。
2021年1月29日(金)に公開の映画であるが、
人の多い週末は避けて、
2月1日(月)に映画館へ駆けつけたのだった。

東京・京王線の明大前駅で終電を逃したことから偶然に出会った大学生の、
山音麦(菅田将暉)と、八谷絹(有村架純)。

好きな音楽や映画が嘘みたいに一緒で、あっという間に恋に落ちた麦と絹は、
大学を卒業してフリーターをしながら、
多摩川沿いの見晴らしの良い部屋で同棲を始める。

近所にお気に入りのパン屋を見つけたり、
拾った猫に二人で名前をつけたり、
渋谷パルコが閉店しても、
スマスマが最終回を迎えても、
日々の“現状維持”を目標に、
生活の安定のために二人は就職活動を続け、
やっと、正社員として働ける場を見つける。
麦にはイラストレーターになるという夢があったが、

営業マンとしての激務が夢を奪っていく。

絹はせっかく正社員として入社した会社を辞め、
楽しく働きたと、加持航平(オダギリジョー)が社長を務めるイベント会社へ転職する。

就職をすれば生活も安定し、
もっとたくさん一緒にいられると思っていたのだが、
なぜか二人の気持ちは少しずつすれ違っていくのだった……

20代の若い男女の5年間の日常生活を(淡々と)描いたドラマであった。
どちらかが難病に罹るとか、
どちらかが金持ちで二人に貧富の差があるとか、
どちらかが(あるいは二人が)特殊能力に優れているとか、
第三者が入ってきて二人の関係をかき乱すとか、
そんなドラマチック(漫画チック)なことは何も起こらないのだが、
普通の生活を送る二人の、(どこからどう見ても)ラブストーリーであった。
ドラマチックなことが何も起こらなくても、
魅力的な登場人物がいて、心に刺さるセリフがあれば、
面白い話になるし、ラブストーリーとしても成立するのだということを証明したような映画であった。

二人にドラマチックなことは何も起こらない代わりに、
2015年から2020年の5年間の様々なカルチャーの固有名詞が、
二人の口から次々に飛び出す。
今村夏子の『ピクニック』、
市川春子の『宝石の国』、
野田サトルの『ゴールデンカムイ』、
滝口悠生の『茄子の輝き』などの小説や漫画、
きのこ帝国の“クロノスタシス”、
Awesome City Clubの“Lesson”、
フレンズの“NIGHT TOWN”などの音楽、
アキ・カウリスマキ監督の映画『希望のかなた』などが、
語られ、歌われ、これが実にリアルなのだ。

二人の会話に固有名詞がたくさん出てくるのも日常の話だから。恋人同士が日常で、劇的な会話や議論はしませんよね。下高井戸シネマで何を観たとか、今村夏子のどの小説が良かったとか、そういう固有名詞の話をしますよね。(「BRUTUS」931号より)
坂元裕二はそう語っていたが、
この固有名詞の羅列によって、
時代背景が浮かび上がり、二人の感性や感情が浮き彫りになり、
二人がどういう人間なのかが判る仕掛けになっている。
そこに坂元裕二が紡ぎ出す魅力的な言葉(セリフ)が加わり、感動させられるのだ。

日常生活が淡々と描かれ、
固有名詞の多い日常会話が延々と続く故に、
それを見ている我々も、自分の体験と重なる部分が多く、
身につまされるシーンが多くなる。
パンフレットに、
――これはきっと、私たちの物語。
とのキャッチコピーがあったが、言い得て妙。
私にも、大学の入学式で見初めて、大学4年間付き合った彼女がいたが、
社会人になるとすれ違うことが多くなり、結局交際5年目に別れた経験があった。
なので、上映時間の124分間、
私も、若き頃を思い出し、キュンキュンさせられっ放しであった。

ストーリー紹介で、
「好きな音楽や映画が嘘みたいに一緒で……」
と書いたが、付き合い始めた頃は、誰しもそう感じるものだ。(笑)
だが、愛することに慣れ、好きという感情が薄れてくると、
お互いの相違点ばかりが目立つようになり、
些細な事でも気になり始め、相手を批判するようにもなる。
そして、結局、別れてしまう。
思い出というものは、変質する。
別れたすぐのときは、哀しく、切なく、
思い出したくもなかったりするが、
時間の経過と共に、自分の都合のイイように思い出は書き換えられ、
甘美な思い出に変質し、良き思い出となる。
私のように青春の思い出から40年以上も経過すると、
すべてが甘美な思い出となり、(爆)
辛かったことや苦しかったことはすべて忘れ去られているものだが、
本作『花束みたいな恋をした』のような言葉に特化した優れた作品を鑑賞すると、
その忘れていた感情が思い出され、胸が締め付けられた。
とくに、映画の後半の言葉のやりとりには、
忘れていた感情を掘り起こされてしまった。
辛かったことや苦しかったことが蘇り、心が震えた。
そして、すべてにおいて「自分が悪かったのだ」ということを思い知らされた。
あの頃から40年以上が経過し、
彼女も私と同じ前期高齢者になっていることだろう。
もし、彼女も本作『花束みたいな恋をした』を見る機会があれば、
私を思い出しただろうか……と、自分に都合よく考えたりもした。
あわよくば、彼女の(私との)思い出が、良き思い出に変質していますように……

坂元裕二の脚本で、主演が有村架純というと、
やはり「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」というTVドラマを思い出す。
こちらは2011年から2016年までの5年間を描いていたが、
本作『花束みたいな恋をした』の方は2015年~2020年までの5年間を描いている。
順序は逆だが、人は誰しも、
「花束のような恋をした」ら、
「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」のかもしれない。

八谷絹を演じた有村架純。

NHK連続テレビ小説「あまちゃん」(2013年4月1日~9月25日)で知ってはいたが、
スクリーンでは、
『映画 ビリギャル』(2015年5月1日公開)
で初めて出逢い、以後、
『何者』(2016年10月15日公開)
『3月のライオン』(2017年3月18日・4月22日公開)
『ナラタージュ』(2017年10月7日公開)
『コーヒーが冷めないうちに』(2018年9月21日公開)
『かぞくいろ RAILWAYS わたしたちの出発』(2018年11月30日公開)
などの出演作を見てきて、好きな女優の一人となった。
2019年4月には、「くまもと復興映画祭2019」で、
実物の有村架純を見ることもできた。
その「くまもと復興映画祭2019」で、行定勲監督が、
有村架純という女優は、今、あまりいないタイプの正統派、清純派女優で、昔の映画女優の雰囲気を持っている。監督としては、その清純派、正統派の部分を壊したい、汚したいという欲求にかられる。
と語っていたが、
『映画 ビリギャル』のような現代っ子的な役を演ずる一方、
『ナラタージュ』のような落ち着いた大人の女性も演じられ、
どんな役柄においても清潔感がある。
本作『花束みたいな恋をした』においても、
同棲生活を送る女性なので、
本来なら日常の垢にまみれ、いやらしさや俗っぽさが顔を出すものだが、
それらとはまったく無縁で、凛とした美しさがある。
楽しそうに笑っていても、その表情には哀しみが潜んでおり、
単純な恋愛モノではないことを観客に知らしめる。
これほど女性の複雑な感情を上手く表現できる女優は、
有村架純の他、限られた数しかいないと思う。

山音麦を演じた菅田将暉。

『共喰い』(2013年9月7日公開)
で優れた俳優と認知して以来、
『そこのみにて光輝く』(2014年4月19日公開)
『ディストラクション・ベイビーズ』(2016年5月21日公開)
『二重生活』(2016年6月25日公開)
『セトウツミ』(2016年7月2日公開)
『何者』(2016年10月15日公開)
『溺れるナイフ』(2016年11月5日公開)
『帝一の國』(2017年4月29日公開)
『あゝ、荒野』(2017年10月7日前篇、10月21日後篇公開)
『火花』(2017年11月23日公開)
『生きてるだけで、愛。』(2018年11月9日公開)
『アルキメデスの大戦』(2019年7月26日公開)
『糸』(2020年8月21日公開)
『浅田家!』(2020年10月2日公開)
などの出演作のレビューを書き、演技を絶賛してきた。
本作『花束みたいな恋をした』でも、
恋愛の歓び、哀しみを繊細に表現しており、素晴らしかった。
そもそも、本作の成り立ちの発端は、菅田将暉の、
「ラブストーリーがやりたいです」という発言にあったという。
20代後半にさしかかり、ちゃんとラブストーリーをやってみたいという思いが出てきたのかもしれません。ちょうど「カルテット」を見た直後だったと思いますが、坂元さんとある授賞式でお会いしたんです。それまでにも何度かお会いする機会があって、お話することがありましたけど、その場で伝えたんです。「ラブストーリーがやりたいです」と。(「映画.com」インタビュー)
そして、出来上がった脚本を読んで唸ったという。
麦と絹の日常って、誰にも見られていないわけじゃないですか。でも、それを坂元さんは“知っている”。2人がカラオケで歌っている曲ひとつにしても、それは『本当に僕らが歌った曲』なんです。何故この感覚をわかっているのか……それが本当に不思議でした。(「映画.com」インタビュー)
なので、(役を)変に作り込んだり、感情を盛り上げたりしなくてもいいし、
自分たちの生活との延長線上で演じられたという。
そこに観客はリアルさを感じ、
「私たちの物語」として共感できるのだと思う。

坂元裕二のオリジナル脚本、
有村架純と菅田将暉の演技だけでも、
本作は十分に「見る価値あり」なのであるが、
本作には脇役として、私の大好きな、
清原果耶、

韓英恵、

瀧内公美も出演しているし、

オダギリジョー、

戸田恵子、

岩松了、

小林薫などの大物も、何気に出演しており、驚かされる。

映画鑑賞後、本作の(坂元裕二の)脚本を読んでみたいと思った。
それほど、劇中の言葉の数々に魅了された。
あらためて脚本の重要性をひしひしと感じさせられた一作であった。