
還暦は「暦が還る」という意味がある。
昔の日本では、
古代中国の陰陽五行思想に由来した「十干十二支」と呼ばれる暦を使用していて、
十干十二支には、
十干(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)と、
十二支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)を組み合わせた60通りの分類があった。
すべての組み合わせが一巡するのに60年を要し、61年目に最初の組み合わせに戻る。
本卦還りとも呼ばれ、生まれ直して赤ちゃんに還るという解釈から、
満60歳(数え年で61歳)は人生が再スタートする節目の年とされている。
だとすれば、60歳から69歳までは、二度目の0歳から9歳、
70歳から79歳は、二度目の10歳から19歳ということで、
二度目の10代ということになる。
今夏70歳になる私は、二度目の10代をこれから経験することになるのである。
一度目の10代では、
初恋を経験し、
スポーツ(野球)に打ち込み、
読書に目覚め、最も多くの本を読んだ。
二度目の10代でも、
これから出逢えるであろう新人女優や新人女性アーティストたちに恋をし、(コラコラ)
スポーツ(登山)に打ち込み、
より多くの本を読みたいと思う。
読書に関しては、10代のときと同じように、古典的名作と言われる本を中心に読みたいと思っている。
以前、向井和美著『読書会という幸福』という本のレビューを書いたとき、
次のように記した。
本書『読書会という幸福』を読んだことで、
私も、人生の白秋から玄冬へ移行する時期を迎え、
若き日に感動した本や、
読もうとしたが読み通せなかった本を、
今一度読んでみたいという欲求にかられている。
月に一度、「一人読書会」なるものを開き、
一冊の本について深く(ならないかもしれないが)考察する……
ということをやってみたいという気になった。
そこで、
思いつくままに、
「一人読書会」課題図書候補を書き出してみた。
【日本文学】
1.「こころ」「それから」夏目漱石
2.「雁」「青年」森鴎外
3.「伊豆の踊子」「山の音」川端康成
4.「細雪」谷崎潤一郎
5.「歯車」芥川龍之介
6.「蒲団」「田舎教師」田山花袋
7.「宮沢賢治詩集」
8.「中原中也詩集」
9.「野菊の墓」「隣の嫁」「春の潮」伊藤左千夫
10.「友情」「愛と死」武者小路実篤
11.「風立ちぬ・美しい村」堀辰雄
12.「斜陽」太宰治
13.「オリンポスの果実」田中英光
14.「黒谷村」「木々の精、谷の精」「堕落論」坂口安吾
15.「沈黙」遠藤周作
16.「人生論ノート」三木清
17.「黒い雨」井伏鱒二
18.「潮騒」「金閣寺」「春の雪」三島由紀夫
19.「武蔵野」国木田独歩
20.「たけくらべ」樋口一葉
21.「破戒」島崎藤村
22.「檸檬」梶井基次郎
23.「野火」大岡昇平
24.「楢山節考」深沢七郎
25.「土」長塚節
26.「城の崎にて」志賀直哉
27.「機械」横光利一
28.「李陵・山月記」中島敦
29.「砂の女」安部公房
30.「個人的な体験」「万延元年のフットボール」「M/Tと森のフシギの物語」大江健三郎
31.「いのちの初夜」北条民雄
32.「橋のない川」住井すゑ
33.「楡家の人びと」北杜夫
34.「邪宗門」高橋和巳
35.「さぶ」山本周五郎
36.「蝉しぐれ」藤沢周平
37.「錦繍」宮本輝
38.「草の花」「廃市」「海市」福永武彦
39.「太陽の季節」石原慎太郎
40.「氷点」三浦綾子
41.「夏の闇」「輝ける闇」開高健
42.「点と線」松本清張
43.「赤頭巾ちゃん気をつけて」庄司薫
44.「二十歳の原点」高野悦子
45.「ものぐさ精神分析」岸田秀
46.「あ・うん」向田邦子
47.「忍ぶ川」三浦哲郎
48.「夏の流れ」丸山健二
49.「コインロッカー・ベイビーズ」村上龍
50.「ダンス・ダンス・ダンス」村上春樹
【外国文学】
51.「失われた時を求めて」マルセル・プルースト
52.「チボー家の人々」デュ・ガール
53.「自省録」マルクス・アウレーリウス(神谷美恵子訳)
54.「魔の山」トーマス・マン
55.「赤と黒」「パルムの僧院」スタンダール
56.「罪と罰」「悪霊」「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー
57.「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」「復活」トルストイ
58.「武器よさらば」「老人と海」「移動祝祭日」ヘミングウェイ
59.「車輪の下」ヘッセ
60.「変身」「城」カフカ
61.「肉体の悪魔」「ドルジェル伯の舞踏会」ラディゲ
62.「桜の園/三人姉妹」チェーホフ
63.「百年の孤独」ガルシア=マルケス
64.「嵐が丘」エミリー・ブロンテ
65.「谷間のゆり」バルザック
66.「悪の華」ボードレール
67.「若きウェルテルの悩み」ゲーテ
68.「月と六ペンス」「人間の絆」モーム
69.「狭き門」「田園交響楽」アンドレ・ジッド
70.「マルテの手記」リルケ
71.「八月の光」ウィリアム・フォークナー
72.「ライ麦畑でつかまえて」「フラニーとズーイ」サリンジャー
73.「ルーマニア日記」カロッサ
74.「はつ恋」「猟人日記」ツルゲーネフ
75.「高慢と偏見」オースティン
76.「グレート・ギャツビー」フィッツジェラルド
77.「青い麦」「シュリ」コレット
78.「テレーズ・デスケルウ」モーリアック
79.「レ・ミゼラブル」ヴィクトル・ユゴー
80.「クレーヴの奥方」ラファイエット夫人
81.「風と共に去りぬ」マーガレット・ミッチェル
82.「ジャン・クリストフ」ロマン・ロラン
83.「郵便配達は二度ベルを鳴らす」ジェームス・M・ケイン
84.「北回帰線」ヘンリー・ミラー
85.「悲しみよ こんにちは」サガン
86.「路上」ジャック・ケルアック
87.「ロリータ」ナボコフ
88.「水いらず」「嘔吐」サルトル
89.「夜と霧」ヴィクトール・フランクル
90.「アメリカの悲劇」ドライサー
91.「裸者と死者」ノーマン・メイラー
92.「冷血」トルーマン・カポーティ
93.「赤毛のアン」モンゴメリ
94.「異邦人」「ペスト」カミュ
95.「蠅の王」ゴールディング
96.「異端の鳥」コジンスキー
97.「存在の耐えられない軽さ」ミラン・クンデラ
98.「悪童日記」アゴタ・クリストフ
99.「朗読者」シュリンク
100.「日の名残り」「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ
当ブログに「一人読書会」なるカテゴリーを追加し、
できれば月1回の割合で、
死ぬまでにもう一度読み返したい名作、
死ぬまでに読んでおきたい(これまで読了できなかった)名作の、
読後感想を書いてみたいと思っている。
乞うご期待……と言いたいところであるが、果たして……(笑)
この記事を書いたのは、2022年08月22日であったが、
今夏70歳(古希)になり、二度目の10代を迎えるにあたり、
約2年の時を経て、(やっと)「一人読書会」を始めることにした。
記念すべき第1回は、田中英光の『オリンポスの果実』。
第10回ロサンゼルス五輪のボート競技の選手だった作家・田中英光の私小説であるが、
今年は「パリ2024オリンピック」の開催年となるオリンピックイヤーでもあるし、
今日がその開会式(日本時間2024年7月27日)であることから、
『オリンポスの果実』を選んでみた。

高校生のときに初めて読み、とても感動したことを(今でも)憶えている。
果たして、今回はどうか?
私は、ゆっくり読み始めたのだった……
秋ちゃん。
と呼ぶのも、もう可笑しいようになりました。熊本秋子さん。あなたも、たしか、三十に間近い筈だ。ぼくも同じく、二十八歳。すでに女房を貰い、子供も一人できた。あなたは、九州で、女学校の体操教師をしていると、近頃風の便りにききました。
時間というのは、変なものです。十年近い歳月が、当時あれほど、あなたの事というと興奮して、こうした追憶をするのさえ、苦しかったぼくを、今では冷静におししずめ、ああした愛情は一体なんであったろうかと、考えてみるようにさせました。
恋というには、あまりに素朴な愛情、ろくろく話さえしなかった仲でしたから、あなたはもう忘れているかもしれない。しかし、ぼくは今日、ロスアンゼルスで買った記念の財布のなかから、あのとき大洋丸で、あなたに貰った、杏の実を、とりだし、ここ京城の陋屋の陽もささぬ裏庭に棄てました。そのとき、急にこうしたものが書きたくなったのです。
これはむろん恋情からではありません。ただ昔の愛情の思い出と、あなたに、お聞きしたかったことが、聞けなかった心残りからです。
思わせぶりではありますがその言葉は、この手記の最後まで、とっておかして下さい。
こういう書き出しで始まる、原稿用紙にして200枚ほどの(長編ではなく中編)小説は、
主人公(ぼく)の秋子さんに対する「好き」という気持ちが行間に溢れ出た純愛小説である。
物語は、船の中で展開する。
以前、映画『パンドラの匣』のレビューを書いたとき、
世間から隔絶しているこの健康道場は、ある意味「ユートピア」といえる。
その内側がいかに過酷であろうとも、外部と遮断された内部は、文学的にとても魅力的な空間だ。
太宰治と同じく無頼派の坂口安吾は、『黒谷村』などで田舎の村を舞台に、
田中英光は、『オリンポスの果実』で船の中を舞台にユートピアを創り上げている。
ウィリアム・ゴールディングは『蠅の王』で南海の孤島で、
イエールジ・コジンスキーは『異端の鳥』で異国の村々で、
大江健三郎は『芽むしり仔撃ち』で山奥の村で、
村上龍は『コインロッカー・ベイビーズ』で廃墟で、
文学的ユートピアを構築した。
太宰治もまた『パンドラの匣』で、文学的ユートピアを創っていたのだ。
と記した。
私は、ここで、
田中英光は、『オリンポスの果実』で船の中を舞台にユートピアを創り上げている。
と書いているが、その思いは、今回の読了後も変わらなかった。
この船の中は、
閉ざされているが故に、
外部と遮断されている理想郷の中に青春がギュッと閉じ込められているのだ。
新潮文庫の解説で、文芸評論家の河上徹太郎(1902年~1980年)が、
「ある人がこれを評して、あんなに初めから終いまであの女が好きだ好きだって、いい放しの小説は珍しい、といい、又ある人は、活字をピンセットで拾って食べちゃいたい、形容した。全くそういった天真爛漫さで二百枚をぶっ通して、しかも倦かさないということは、それだけで異常な才能というか人柄というかを証するものであろう。青春の感激というキザッぽい題材が、とにかく鼻につかないで読まされる所に、作者の人生に対する一本気な真剣さが伺われるといえよう」
と述べているが、
「ぼく」こと作家・田中英光は、身長が(当時としては大男の)180cmもあったのだが、
天真爛漫で、人懐っこく、無鉄砲なところがある反面、
内向的で、繊細で、自虐的で、気弱で、寂しがり屋なところもあり、(こちらが本質か?)
「好きだ、好きだ」と心の中で言っているばかりで、相手に伝えようとはしないので、
だからこそ「好きだ」という吐露は、(心の中で)何度も繰り返されるのである。
なので、この小説の大部分は自問自答であり、それが外に向かって放出されることはない。
〈秋子さんもぼくのことを好きに違いない〉
という思い込みでこの小説は成り立っているので、
主人公のぼくと、相手の秋子さんが会ったり話したりするシーンは驚くほど少なく、
純愛小説、片恋小説ではあっても、恋愛小説ではないのである。
こう書くと、なんだかつまらない小説のように思う人がいるかもしれないが、
そうはなっていないから不思議なのだ。
憧憬、幻滅、自嘲を繰り返しながらも、一本気で何事にも真剣な主人公が、
読み手にとっては愛おしくてたまらないのだ。
この小説を読む者は(少なくとも私は)、
羞恥心の塊のような一度目の10代のときは、身につまされるように我が事として読み、
二度目の10代の「今」でも、半世紀以上前の心情が蘇ってきて共感し、感動する。
「ぼく」が好きになったように、「秋子さん」を好きになるし、
「ぼく」が恋したように、「秋子さん」に恋してしまうのである。
熊本秋子さんは、小説では、高知県出身の20歳のハイジャンプの選手なのだが、
読み手は、「どのような女性だったのだろう……」と想像する。
この小説は、田中英光の私小説でもあるので、
熊本秋子さんにはモデルがいると思い、調べると、
1932年ロス大会の走り高跳びに出場した相良八重という高知県出身の選手であった。
ネット検索すると、高知新聞(2021年7月10日)に、
「高知県女性初のオリンピアン、相良八重 銀メダリスト人見絹枝に導かれ」
という見出しの記事があり、
1932年ロス大会の走り高跳びで9位になったとある。
ちなみに、身長170センチの人見絹枝(右)と、167センチの相良八重。
当時としては、ともにかなり大柄であった。(1930年、潮江桟橋)



また、
『オリムピツク大写真帖 第十回』(昭和7年)(帝国公民教育協会 編)で、
「我が陸上女子代表の精鋭」という写真もヒットし、見ることができた。
1 眞保正子選手
2 中西みち選手(登場人物「内田」のモデルの一人とされる)
3 土倉麻選手
4 柴田タカ選手
5 渡邊すみ子選手
6 村岡美枝選手
7 石津光惠選手
8 相良八重選手(登場人物「熊本秋子」のモデル)
9 廣橋百合子選手


『オリンポスの果実』のWikipediaを見ると、
モデルとなった相良の夫は小説を読んで怒り、友人で同じく代表選手の中西みち(登場人物「内田」のモデルの一人とされる)は小説の内容が嘘で「大した小説ではない」と評し、真保正子も相良が「男の人なんか見向きもしなかった」と語っている。相良にとってモデルにされたことは不名誉で、はた迷惑なことだった。
とある。
相良八重さんのWikipediaを見ると、
女子体専卒業後、招かれて広島県三次市の三次高女(現・広島県立三次高等学校)の体育教師として赴任した。1935年に一年のみ同校の音楽教師として在籍した加藤芳江(二葉あき子)と仲良しだったという。1940年、当地の名門前田家に嫁ぐ。
1966年に心臓発作を起こして静養していたが、一年後の1967年4月29日、どしゃぶりの朝、市議選の投票会場の渡り廊下で突然つまずき、そのショックで崩れるように倒れ、抱きとめた夫の腕の中で息をひきとった。(享年53歳)
とある。
このように見てくると、
小説の内容は、(客観的事実として)田中英光の妄想であった可能性が高いが、
田中英光にとっては真実の物語であったに違いない。
だからこそ、読む者の心を打つし、感動させるのである。
この作品は1940年(昭和15年)に発表されたものであるが、
84年の歳月(2024年現在)を経ても“青春の書”として読み継がれているのは、
そういった作者の一途な思いがあったからであろう。
ラスト近くに、一緒にロス五輪に出場したボート仲間のその後について書かれた、次のような文章がある。
『若き君の多幸を祈る』と啄木歌集の余白に書いてくれた美少年上原が、女に身を持ち崩し、下関の旅館で自殺をしたときいた。銀座ボオイの綽名があった村川が、お妾上がりのダンサアと心中して一人だけ生残ったとの噂もきいた。
沢村さんは満洲へ、松山さんはジャワへ、森さんは北支、七番の坂本さんはアラスカへと皆どこかへ行ってしまった。
東海さんは昨年、戦地で逢いました。補欠の佐藤は戦死したと聞きました。
健康的で美しい黄金の肉体を持ったオリンピアンでさえ、やがて滅びていくのだ。
映画『アメリカン・グラフィティ』風なラストに、切なさが募った。
そして、田中英光も……
1948年(昭和23年)6月13日、太宰治が自殺し、
太宰治の弟子であった田中英光は大きな衝撃を受け、睡眠薬中毒と化す。
1949年(昭和24年)5月、同棲相手を薬物中毒による妄想のため刺す。
同年11月3日午後5時頃、三鷹市の禅林寺の太宰の墓前で、睡眠薬アドルムを300錠と焼酎1升を飲んだ上で安全カミソリで左手首を切って自殺を図り、死亡。享年36歳。

破滅的な生活を重ね自ら命を絶つという悲しみに彩られた36年の短い人生だっただけに、
3週間もかけて船でオリンピアへ向かう旅は一層輝いて見えるのである。
それが故に、この小説のラスト一行が切なすぎるのである。

