いつもだと、タイトルは、
映画『それから』 ……キム・ミニの美しさに魅了される……
とするのであるが、
なぜ「ホン・サンス監督最新作」を頭に付けているかというと、
映画『それから』だけでは、
松田優作主演の森田芳光監督作品『それから』(1985年)と混同してしまうからである。
森田芳光監督の『それから』は私の好きな作品で、
夏目漱石の小説『それから』を原作にしており、
三千代を演じた藤谷美和子(美しい!)が印象的な傑作であった。
では、「ホン・サンス監督最新作」の『それから』とはどんな作品なのか?
その前に、ホン・サンス監督とは、どんな人物なのか?
紹介しておく必要があるだろう。
【ホン・サンス】
1961年10月25日、ソウルに生まれる。
映画制作を韓国中央大学で学んだ後、
アメリカに留学し美術を学びながら短編の実験映画を制作。
その後滞在したフランスでは、シネマテーク・フランセーズに通い映画鑑賞に没頭した。
1996年の長編デビュー作『豚が井戸に落ちた日』が批評家や国際映画祭で絶賛されて以降、
22年のキャリアにおいて現在までに22作品の監督作を発表している。
男女の恋愛を会話形式で描く独創的なスタイルは、
ヨーロッパの批評家や観客に、
「韓国のウディ・アレン」「韓国のゴダール」「エリック・ロメールの弟子」
などと称され、ヨーロッパでの人気は不動のものとなっている。
2008年以降は、7年連続で、作品をカンヌ、ヴェネチア、ベルリンの3大映画祭に正式出品している。
2015年には、『正しい日 間違えた日』が第68回ロカルノ国際映画祭グランプリと主演男優賞をダブル受賞。
主演女優キム・ミニとの不倫スキャンダルを報じられるが、
再びキム・ミニとタッグを組んだ『夜の浜辺でひとり』(17)が、
第67回ベルリン国際映画祭主演女優賞(銀熊賞)に輝き、
以降はキム・ミニを主演に作品を発表し続けている。
キム・ミニとの不倫スキャンダルを、
私はネットニュースで知ったが、
掲載されていたキム・ミニの写真を見て、
すっかり魅了されてしまった。
キム・ミニ主演のホン・サンス監督作品は、
佐賀に住んでいると、なかなか目にする機会はないのであるが、
このほど、シアターシエマで、
「ホン・サンス監督×女優キム・ミニ作品4作品日替上映」
という企画上映が決まった。
ところが、1日1回、昼間(14:15から)の上映のみで、
8月17日(金)『夜の浜辺でひとり』
8月18日(土)『それから』
8月20日(月)『クレアのカメラ』
8月21日(火)『正しい日 間違えた日』
8月22日(水)『それから』
8月23日(木)『クレアのカメラ』
とスケジュールが組まれており、
日曜日と水曜日を公休日としている私は、
8月22日(水)の『それから』しか見ることができないのであった。
それでも、
〈1作だけでも見ることができればイイではないか……〉
と思い直し、シアターシエマへと足を運んだのだった。
アルム(キム・ミニ)は、
著名な評論家でもあるボンワン(クォン・ヘヒョ)が社長をつとめる小さな出版社“図書出版 カン”に勤めることになった。
ボンワンは、
毎朝4時半に起きて出勤し夜遅くまで帰らないことで、妻に浮気を疑われている。
アルム初出勤の日、
事務所に踏み込んできた女に、アルムはいきなり殴られた。
浮気の証拠を見つけたボンワンの妻(チョ・ユニ)が、
アルムを夫の愛人だと勘違いしたのだ。
追い詰められたボンワンは、
不倫の相手は外国に行ってしまい、居場所は知らないと答える。
夜、ボンワンはアルムをお詫び代わりに食事に連れて行く。
アルムは仕事を辞めると告げるが、引き止められる。
ところがそこに、アルムの前任者でボンワンの浮気相手であるチャンスク(キム・セビョク)が前触れもなく姿を現す。
そして、舌の根も乾かぬうちに、二人から出版社を辞めて欲しいと頼まれるアルム。
あまりの理不尽さに憤るが、アルムは数冊の本をもらい出版社を後にする。
それから……(数ヶ月後か、数年後か)
ボンワンの評論が有名な賞を受賞し、
アルムがお祝いを伝えるために、“図書出版 カン”を訪れると……
ホン・サンス監督作の『それから』は、
原題が「The Day After」で、
ストーリーは、
夏目漱石の『それから』とはほとんど関係がなく、
(共通しているのは、優柔不断な男の不倫ということくらいか……)、
ラストで、ボンワンが、
「私の好きな作品だ」
と言って、
アルムに夏目漱石の『それから』の翻訳本を手渡すシーンがあり、
そのことによって、
『それから』という邦題なったようだ。
ホン・サンス監督のこれまでの作品と同じく、
男女の恋愛を会話形式で描いており、
ボンワンと妻、
アルムとボンワン、
ボンワンと愛人、
というように、延々と会話で繋いでいく。
痴話げんかのような会話、
身の上話的な会話、
時に、哲学的な会話も混じり、
クスッと笑えるシーンもある。
〈会話だけの映画なんて、退屈なだけ……〉
と思いきや、
これが意外に面白いのだから、不思議。
会話しているときの、それぞれの表情が豊かで、
そして、なによりも、キム・ミニが美しく、
彼女の顔を見ているだけで、私など満足してしまう。
【キム・ミニ】
1982年3月1日生まれ。
モデルとして活躍したのち、
ドラマ「学校2」(1999年)で女優としてのキャリアをスタート。
宮部みゆきのミステリー小説『火車』を映画化した『火車 HELPLESS』(2012年)での演技が称賛され、パク・チャヌク監督の目に留まったことが『お嬢さん』(2016年)の出演につながった。
『お嬢さん』の演技で、
青龍映画賞最優秀女優賞、ディレクターズ・カット・アワードの最優秀女優賞を受賞。
ホン・サンス監督とは『正しい日 間違えた日』(2015年)で初めてタッグを組み、
釜山映画評論家協会賞最優秀女優賞を受賞。
以降、
『夜の浜辺でひとり』(2017年)、
『クレアのカメラ』(2017年)、
『それから』(2017年)に出演し、
今やホン・サンス映画には欠かせない新たなるミューズとなった。
『夜の浜辺でひとり』では韓国人女優としては初の快挙となる第67回ベルリン国際映画祭主演女優賞(銀熊賞)に輝き、世界にその存在感を示した。
最新作は、第68回ベルリン国際映画祭出品のホン・サンス監督作『Grass』(2018年)。
“ホン・サンス映画のミューズ”という言葉がぴったりで、
監督と女優という二人の関係は、
ロベルト・ロッセリーニとイングリッド・バーグマン、
ジャン=リュック・ゴダールとアンナ・カリーナ、
小津安二郎と原節子などを引き合いに出されるほどに有名で、
密な関係を保っている。
映画『それから』で言えば、
ホン・サンス監督は、さしずめボンワンといったところか。(笑)
ボンワンを演じているクォン・ヘヒョは、
(韓流ドラマのファンの人なら御存知だと思うが)
2002年、日本でも社会現象を巻き起こした「冬のソナタ」のキム次長役、
「私の名前はキム・サムスン」の料理長役を演じた男優で、
映画、ドラマ、舞台で活躍し続けている名バイプレイヤーである。
映画『それから』の演技が絶賛され、
2017年釜山映画評論家協会賞主演男優賞を受賞しており、
本作で妻役を演じた舞台女優チョ・ユニとは、実生活でも夫婦である。
実際の夫婦であることから、
(痴話げんかのシーンなど)より一層リアリティが増したのかもしれない。(コラコラ)
たった4人で演じられる会話劇『それから』を見ていると、
お洒落なヨーロッパ映画を見ているような感じで、
大人のあなたなら、きっと楽しめる筈。
私は、やはり、
モノクロームの世界で一層その“美”が際立ったキム・ミニに魅了された。
ホン・サンス監督が、キム・ミニのことを、
「僕にたくさんのインスピレーションをくれる人」
と語っていたが、
キム・ミニのクールビューティな表情、凛とした佇まいを見ていると、
ただの映画鑑賞者にすぎない私でさえ、
その背後にいろんな物語を見ることができるし、想像させられる。
それは、優れた女優の証明であるだろう。
今後も、キム・ミニから目が離せない。