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このブログにも以前書いたことがあるが、
私が生まれ育った場所は、長崎県佐世保市である。
本作『こはく』の横尾初喜監督も、佐世保市で生まれ育っている。
しかも『こはく』は、
横尾監督の幼少期の実体験をベースにした物語で、
長崎県内でロケしているという。
こう聞いた時点で、
〈見たい!〉
と思った。
(2019年)7月6日公開の作品であるが、
佐賀では、シアターシエマで、1ヶ月遅れて、
8月9日(金)から8月15日(木)まで上映された。
1週間限定の公開だったので、
数日前に、慌てて見に行ったのだった。
長崎県に住む広永亮太(井浦新)は35歳。
幼い頃に別れた父のことはほとんど覚えていないが、
父が借金とともに残していったガラス細工会社を受け継ぎ、
どうにか経営を立て直しつつある。
その一方で、
かつての父と同じように離婚し、ふたりの息子とずっと会っていない亮太。
現在の妻の友里恵(遠藤久美子)とは幸せに暮らしているが、
ある日、友里恵から妊娠を告げられ、
喜びながらも父親になることへの一抹の不安を覚える。
そんな折、母の元子(木内みどり)と暮らす兄の章一(大橋彰)が、
街で父を見かけたと言い出した。
いい加減なことばかり言って仕事もせずにぶらぶらしている兄が、
いつになく真剣な面持ちで父への恨みも口にしたため、亮太は衝撃を受ける。
兄に付き合って父を捜し始めた亮太は、
自分たちと別れた後の父の人生に思いを馳せる。
忘れかけていた子供時代の記憶が蘇り、
若き日の母が垣間見せた孤独な姿も思い出すようになる。
母は今でも父のことを話すのを嫌がり、亮太が理由を訊いても教えてくれない。
そんな母に内緒で父を捜し続けた亮太と章一は、
唯一の手がかりとなりそうな元従業員の女性の住所を手に入れるが、
その住所を訪ねると、女性はすでに転居してしまっていた。
父親捜しは暗礁に乗り上げた。
そもそも兄が父を見たというのは本当なのか?
亮太は章一を疑い始め、兄弟の仲が険悪になりかけたとき、母が病に倒れた。
病床で初めて、「お父さんは優しかったとよ」と語る母。
友里恵が息子の亮平を出産した数カ月後に、母はこの世を去った。
そして葬儀の日、ついに亮太と章一は父に関する有力な情報を得るのだった……
横尾初喜監督の幼少時代の実体験を基にした半自伝的作品ということで、
横尾初喜監督の想いがいっぱい詰まった作品であった。
その想いが詰まり過ぎて、濃厚で、
見ている観客の方が息苦しくなるほどであった。
横尾初喜監督の現在の配偶者はエンクミ(懐かしい~)こと遠藤久美子であるが、
本作を撮ることになった動機を、監督は次のように語っている。
僕は、3歳のときに親が離婚し、3歳違いの兄がいます。そして自分も、息子ふたりが自分たち兄弟と同じぐらいの歳のときに離婚しました。自分が平気だったので息子たちも大丈夫だろうと思っていたのですが、久美(遠藤久美子)と出会って再婚することになり、兄と話すことが増えたときに、兄が父をすごく恨んでいると知って衝撃を受けたんです。僕の息子たちも僕を恨んでいるのかな……。そう思ったことが、この映画を作る一番の動機になりました。
ストーリーの半分はフィクションですが、回想シーンは僕の子供時代の記憶に基づいていますし、主人公と妻とのシーンには、最終的に僕と久美とのリアルな会話などを反映させました。
この映画では、街の風景として、まず路面電車が出てくるので、
〈長崎市の方で主にロケしているのかな?〉
と思っていたら、
それ以降は、あまり長崎市の風景は登場せず、
佐世保市の風景の方が多く使われているように感じた。
長崎市も佐世保市も、
坂道が多く、造船所があったりして、
県外者から見ると同じように見えるかもしれないが、
県内在住者、出身者から見ると、
このふたつの街の風景はかなり違う。
長崎市の方は、どこを見ても歴史的な重みを感じさせられるが、
佐世保市の方は歴史が浅い分、
長崎市よりも非日常的な空気感があり、シュールな感じがする。
亮太の実家があるのは僕が生まれ育った佐世保市、住んでいるアパートや会社があるのは、僕が中学・高校時代を過ごした長崎市という設定で、それぞれ現地で撮影しました。
ロケハンには延べ3~4カ月かけました。当初は資金集めのことも考えて長崎市内を回っていたのですが、「監督の愛が断片的にしか見えない」と根岸さん(撮影担当)に指摘され、一緒に佐世保市も回ってみたら、「監督の愛はここにあるんですね。ここでやりましょうよ」と言ってもらって。全体の6~7割を佐世保市で撮影し、小さい頃に遊んだ公園や、通った小学校など、自分の原風景となっている場所でも撮らせてもらいました。
このように横尾初喜監督は語っていたが、
佐世保市出身の私としては、懐かしい風景が続き、感動させられた。
ことに、佐世保市の中心街である四ケ町アーケードでのシーンは、
私自身の思い出も重なり、胸が締め付けられるようであった。
このアーケード街での撮影には、多くの佐世保市民の協力があったようで、
佐世保市出身者としても嬉しいことであった。
本作『こはく』は、どちらかというとマイナーな作品であるが、
広中亮太(弟)を演じた井浦新、
広中元子(亮太・章一の母)を演じた木内みどり、
三田崇之(亮太・章一の父)を演じた鶴見辰吾、
宮本哲郎(ガラス細工職人)を演じた石倉三郎、
小形晃子を演じた鶴田真由、
佐久本を演じた嶋田久作など、
出演者が豪華で、安心感もあった。
そんなベテラン俳優陣に混じって、
唯一、広中章一(兄)を演じた大橋彰だけが異色で、
その安定感に刺激をもたらしていた。
【大橋彰】
1974年、埼玉県生まれ。
もともと俳優志望で、高校時代は演劇部、大学時代は小劇場で活動した経験を持つ。
2005年、大学時代の同級生とお笑いコンビ「タンバリン」を結成。
2010年に解散後、現在の“アキラ100%”の芸名でピン芸人としての活動を開始。
2016年、ピン芸人コンクール「R-1ぐらんぷり」で準決勝に初進出し、
2017年に優勝を果たした。
映画出演は、横尾初喜監督の前作『ゆらり』(2017)に続いて本作が2作目であり、
初の大役となったが、その演技力を存分に発揮して監督の期待に見事に応えた。
芸人・アキラ100%のときは、
なんだかオドオドしたような不安そうな雰囲気を醸し出しているが、
本名の「大橋彰」名義で出演した本作では、
むしろ堂々とした演技で、感心させられた。
特に、終盤のクライマックスシーンでは、見る者の心を鷲掴みにし、
俳優としての「大橋彰」に、限りない可能性があることを示してみせた。
もう一人、
広中友里恵(亮太の妻)を演じた遠藤久美子が素晴らしかった。
大橋彰とは違った意味で、本作に新鮮な風を吹かせていた。
1978年4月8日生まれなので、エンクミも早41歳。(2019年8月現在)
だが、清潔感や凛とした佇まいは若い頃のままで、
これからも、夫である横尾初喜監督作品に限らず、
いろんな作品で出演してもらいたいと思ったことであった。
自伝的な作品なので、横尾初喜監督の思い入れが強い分、
海や夕景や人物の静止画的なシーンが多く、
暗転を多用して繋いでいることもあって、
全体的にテンポが遅く感じられる。
そのようなマイナス要素も“なきにしもあらず”なのだが、
テンポの良さだけが取り柄で、観客に媚びたような作品が多い現代においては、
このような作品は、むしろ貴重なものに思われる。
離婚率が高くなり、
この映画の登場人物と同じような人生を歩んできた人も多いことと思われる。
父親とは……
母親とは……
兄弟とは……
家族とは……
を、改めて考えさせられる作品であった。
音楽は、
Laika Came Backとして活躍しているミュージシャンの車谷浩司が担当し、
本作のために書き下ろした心に染みる主題歌「こはく」も歌っている。
この曲が実に好い。
映画『深夜食堂』の主題歌を担当した鈴木常吉の曲を思い起こさせるような名曲で、
心に沁みる。
予告編でも少し聴くことができるので、ぜひぜひ。