
蒼井優の主演作は意外に少なく、
『花とアリス』(2004年)主演・有栖川徹子 役
『ニライカナイからの手紙』(2005年)主演・安里風希 役
『百万円と苦虫女』(2008年)主演・佐藤鈴子 役
『洋菓子店コアンドル』(2011年)主演・臼場なつめ 役
『アズミ・ハルコは行方不明』(2016年)主演・安曇春子 役
など、十指にも満たない。
だが、主演ではないものの、
主演作と思われるほど存在感のあった作品は多く、
『ハチミツとクローバー』(2006年)主演は櫻井翔
『フラガール』(2006年)主演は松雪泰子(※蒼井優を主演と見なした映画賞もあった)
『雷桜』(2010年)主演は岡田将生
『オーバー・フェンス』(2016年)主演はオダギリジョー
など、数えきれないほどだ。
出演時間の少ない脇役でも鮮烈な印象を残し、
『男たちの大和/YAMATO』(2005年)
『東京家族』(2013年)
『岸辺の旅』(2015年)
『ミックス。』(2017年)
などでは、その独特の存在感で、見る者を魅了した。(写真は『岸辺の旅』)

その蒼井優の主演作(阿部サダヲとのW主演)が一昨日(10月28日)公開された。
『彼女がその名を知らない鳥たち』である。
監督は、『凶悪』(2013年)、『日本で一番悪い奴ら』(2016年)の白石和彌。

蒼井優のファンで、白石和彌監督のファンでもある私は、
さっそく見に行ったのだった。

無職でクレーマーの北原十和子(蒼井優)は、

15歳年上の佐野陣治(阿部サダヲ)と暮らしながらも、

8年前に別れた黒崎俊一(竹野内豊)のことが忘れられずにいた。

不潔で下品な陣治に嫌悪感を抱いてはいるが、
彼の少ない稼ぎに頼って、働きもせずに怠惰な毎日を送っているので、
十和子は陣治と別れられずにいる。

ある日、腕時計のクレームでデパートに電話したとき、
応対した水島真(松坂桃李)に興味を持った十和子は、
いろいろと難癖をつけ、家に来るように仕向ける。

どこか黒崎の面影がある妻子持ちの水島に心惹かれた十和子は、
水島と関係をもつ。

彼との情事に溺れていく十和子であったが、
訪ねてきた刑事・坂田(赤堀雅秋)から、黒崎が行方不明だと告げられる。

どれほど罵倒されても、
「十和子のためだったら何でもできる」
と言い続ける陣治が、執拗に自分を付け回していることを知った彼女は、
黒崎の失踪に陣治が関わっていると疑い、
水島にも危険が及ぶのではないかと怯えはじめる……

キャッチコピーは、
共感度0%
不快度100%
でもこれはまぎれもない愛の物語
事実、
最低な女と男ばかりが登場する。
北原十和子(蒼井優)は、嫌な女。
働きもせずに、
同居人の陣治の稼ぎをあてにして、堕落した生活を送っている。
なのに、陣治を毛嫌いし、昔の男・黒崎が忘れられず、
黒崎に似た感じの水島との不倫に走る。

佐野陣治(阿部サダヲ)は、下劣な男。
地位もお金もなく、不潔でちんけなくせに、
「十和子のためなら何でもできる」
と十和子に執着し、
彼女に嫌がられながらも、
執拗に電話したり、尾行したり、ストーカーのようなことをしている。

水島真(松坂桃李)は、ゲスな男。
端正なルックスと柔らかな物腰、
一見、誠実そうな風貌ながら、その実、自分の性欲のためにだけ動いており、
ロマンチックな夢や趣味を臆面もなく語るが、内容は薄っぺら。
妻子がありながら、十和子と肉体関係を結び、
他の女とも遊んでいる。

黒崎俊一(竹野内豊)は、クズな男。
十和子の昔の恋人で、
スマートで羽振りも良いが、
上昇志向が強く、自分の出世のためなら女を道具に使うことも厭わない。
営利目的で、十和子を他の男に抱かせたこともある。
別れるときに十和子に対して殴る蹴るの暴力をふるい、
心にも身体にも深い傷を負わせた。

この最低な女と男たちが繰り広げる物語は、
終盤、それまでとはちょっと違った様相を帯びてくる。
(少しネタバレになるが……)
濁り水の中から一輪の美しい蓮の花が咲くように、
大人のラブストーリーへと変化するのだ。
そう、これは、「究極の愛とは何か?」を観客に問う作品であったのだ。

役者としての信条を、
「相手のセリフをちゃんと聞くことと、現場の空気を読むこと」
と語る蒼井優は、今回の映画で、
佐野陣治(阿部サダヲ)、水島真(松坂桃李)、黒崎俊一(竹野内豊)、
それぞれに応じた演技をしたそうだ。
「阿部さんとは汚い所ばかりで、松坂さんとはキラキラしたライトのきれいな所、竹野内さんとはウソみたいに白い家や砂浜で撮っていました」
「ものすごく自分勝手に見えて、実は主体性のない女性だと思い、お三方に対してそれぞれ違う面が見せていけたらと。3本の作品を同時に撮っているようでした」
と舞台挨拶で語っていたが、
『キネマ旬報』(2017年11月上旬号)によると、
松坂桃李とは、月9ドラマ風、

竹野内豊とは、カラオケのイメージ映像風、

阿部サダヲとは、過去の白石和彌監督作品風だったとか。

蒼井優の顔がスクリーンに何度もアップされるのだが、
(たぶん白石和彌監督の狙い通り)
その度に蒼井優の表情が違う。
傲慢な表情であったり、狂気を帯びた表情であったり、悲しげな表情であったり、
その繊細な表現力に魅了された。

意識している部分もあるかもしれないが、
多くは無意識の演技であったように感じた。
蒼井優は、意識せずとも、その状況に応じた表情に変えることができるのだ。
本能で演じている「本物の女優」を見せつけられた気がした。

阿部サダヲは蒼井優に対して、
「十和子は全体的には最低な女なんですけど、たまに見せる表情で、悲しい感じに見えるんですよ。蒼井さんはこの人ちょっと救ってあげなきゃなっていう風に見せるっていう、表情を作るのがすごい。あと、反応が速いですね。素晴らしい女優さんです」
と語っていたが、相手俳優にもそう思わせる表現力は、本当にスゴイの一言。
私は、123分間、ただただ蒼井優の表情を眺めていたような気がする。
それほどに、蒼井優の魅力にあふれた映画であったと言えよう。

10月17日にヴィレッジヴァンガード渋谷本店で行われた、
本作『彼女がその名を知らない鳥たち』のトークイベントで、
原作者・沼田まほかるのファンである光浦靖子が登壇し、
蒼井優が演じる北原十和子について、
「原作には十和子の容姿が書かれていないんだけど、映画を見て美人だったんだと謎が解けました。やっぱり十和子は美人じゃないと辻褄が合わないことに気づきました」
と、蒼井優の美貌を称えたとき、
蒼井優自身は、
「私は“ほどよい顔”で本当の美人ではないです。こういう顔は芸能界にいそうでいないです。本当に(十和子が)美人ならもっと幸せになっているだろうし。そういう意味でほどよい顔なのかなと思います」
「女優という仕事をやっていると、『綺麗』って言わないといけない雰囲気があるけど、それが苦手……。ほどほどの顔でやらせてもらっています」
と、コメントしたのだが、
この謙遜とも言えるコメントに私はとても感動した。
私は、蒼井優のことを美人女優だと思っているが、
北川景子や桐谷美玲や佐々木希のような一面的なキラキラ美人ではない……と思っている。
映画や舞台で物語が構築される中で、
その都度、その世界に相応しい美人に変化が可能な、多面的な美人だと思う。
わかりやすい美人ではないが、
演技によって、表情によって、雰囲気によって、
それぞれの物語世界に合致した美人になれる変化型美人だ。
佐野陣治(阿部サダヲ)と一緒にいるときの蒼井優、
水島真(松坂桃李)と一緒にいるときの蒼井優、
黒崎俊一(竹野内豊)と一緒にいるときの蒼井優は、
それぞれに違うし、それぞれに違う美しさを持っている。
そして、蒼井優が素晴らしいのは、
美人ではない、モテない役も、難なくこなせることにある。
北川景子や桐谷美玲や佐々木希が地味なモテない役をやることは困難だ(もし、やっても違和感がある)が、
蒼井優がやったら、違和感なく、すんなり馴染んでしまう。
観客も納得させられる。
美人も、そうでない役も、どちらも演ずることができるのが、蒼井優だ。
それが楽しいし、それを楽しみに、映画館へ足を運ぶのだ。

蒼井優のことだけ書いて、このレビューを終えようと思ったが、
この映画には、
今年(2017年)7月の舞台出演中に倒れ亡くなった中嶋しゅうも出演しているで、
そのことにもちょっと触れておこうと思う。
黒崎(竹野内豊)には、妻・カヨ(村川絵梨)がいて、

そのカヨの叔父で、不気味な謎の男・國枝を演じていたのが中嶋しゅうであった。

女を道具のようにしか思ってない黒崎は、
この國枝に十和子を抱かせようとする。
中嶋しゅうのキャスティングに関しては、蒼井優の意向があったそうで、
「芝居の面白さを教えてくれた偉大な大先輩。演劇で何度かご一緒したけれど映像がなかったので、差し出がましいと思いながら監督にお話しした」
とのこと。
中嶋しゅうにとっては映画としての遺作となったが、蒼井優は、
「夢がかなってご一緒することができた。ビックリするくらい気持ち悪い役ですけれど、とても愛らしい方。しんみりしたくはないですけれど、中嶋さんの姿を目に焼き付けてください」
と、語っている。
蒼井優の名演と共に、
中嶋しゅうの遺作として、
本作『彼女がその名を知らない鳥たち』は永く映画史に残ることであろう。
ぜひぜひ。