五反田橋(ごたんだばし)袂にコンクリート製のお堂がある。中に入ると低い天井に五反田地蔵堂が昭和53年(1978)8月に再建立されたことを示す木札が残されていた。
地蔵の隣に梵字で書かれた光明真言板碑が建っている。「オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン」という23文字の光明真言を般若心経と共に私が暗記したのは20代半ばを過ぎてからである。仏壇前でこれらを唱えている時に不思議と無の境地に入り(一瞬ではあるが)煩悩から離れることができる。欲深き人間は毎日反省の時間を作らないために愚をおかし徳を落とし続けるのだ。私はお堂側面に掲げられた額に目をやった。
地蔵菩薩
地蔵も閻魔も共に本地は阿弥陀如来で地蔵はその慈悲を閻魔はその忿怒(ふんぬ)を示現するという。
地蔵堂背後辺りに小さな石仏や石柱が集められているので周辺にはかつて霊場が造られていたものと思われる。奈良津町に残されたお堂や祠を訪ね歩くと意外な発見があるものだ。私は旭通りへ向かった。
地蔵の隣に梵字で書かれた光明真言板碑が建っている。「オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン」という23文字の光明真言を般若心経と共に私が暗記したのは20代半ばを過ぎてからである。仏壇前でこれらを唱えている時に不思議と無の境地に入り(一瞬ではあるが)煩悩から離れることができる。欲深き人間は毎日反省の時間を作らないために愚をおかし徳を落とし続けるのだ。私はお堂側面に掲げられた額に目をやった。
地蔵菩薩
地蔵も閻魔も共に本地は阿弥陀如来で地蔵はその慈悲を閻魔はその忿怒(ふんぬ)を示現するという。
地蔵堂背後辺りに小さな石仏や石柱が集められているので周辺にはかつて霊場が造られていたものと思われる。奈良津町に残されたお堂や祠を訪ね歩くと意外な発見があるものだ。私は旭通りへ向かった。