THE FOURTH PARTY

チョイ毒エッセイのようなもの。コメント欄でのやりとりはしません。用事がある人のみ書き込んでくだされ。

ゼロか百か

2020-07-20 18:21:29 | 神様がくれたもの
月・火・水と期末試験のため、去る週末はモトクロスの練習はお休み。
「学業ありき」というのが俺の基本スタンスなのだが、今回の初めての定期テストで「コリャ箸にも棒にも掛からない!」となったら、このスタンスは撤回するですわ笑
「ゼロか百か」というのも俺の基本スタンスの一つ。今後、定期テストの時期にモトクロスコースに来ていたら、そういうことだと思ってくだされ笑
小学校の通知表は辛口採点ということがないので、どれくらいのレベルにあるのか分かりにくい。ま、成績優秀ではないことだけは間違いない笑

右脳派の特徴の一つとして、歌の歌詞を意識しないというのがあるそうだが、俺は正にそう。全く入らず、音として認識している。
俺にとって歌詞は便宜上のもの(例えばカラオケで歌う場面での)、添え物のようなもので、歌詞の意味は全く考えない。
まあさすがにそれなりの年数生きてるんで、今ではある程度は意識するようになった。
たまたま気に入った歌だと何度も聴くから、そこそこ深く考えることがある。

透明人間 - 東京事変(Tokyo Incidents)


難解な、というか、解釈できる巾が広いんだけど、俺的には「内気な我が子への応援ソング」かな。
もう少し掘り下げると、「独特の世界観を持っている」になり・・・。

勉強も上手いとこハマってくれるといいんだけどな。
・・・
・・・
・・・
【追記】
と書いたんだけど・・・
この曲はメンバーチェンジ前の2005年には歌われてたはず。このころはまだ発達障害に関しては今ほど色々な面が確立されてなかったことを考えると、俺の深読みしすぎかもしれないね笑
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きりきり舞いのレース日

2020-07-13 12:40:37 | 正吉君モトクロス
中部モトクロス選手権・第5戦(実質3戦目)が行われ、正吉君がジュニアクロスに出場した。

全国各地で災害が発生した1週間だったが、レース当日は奇跡の晴れ。
公式練習時はマディで、強い風もあってコンディションは急速に回復、午後には埃が立つほどのドライになってしまった。
全体的にエントリー台数が多く、また他エリアからの遠征ライダーが目立った。ジュニアクロスの出場台数は21台。


HEAT1は、序盤で他車と接触。転倒はしなかったもののフロントブレーキのキャリパーサポートが折れ、キャリパーがブラ~ン(汗) フロントブレーキなしにも関わらずまあまあなペースだったが、当然そのまま走らせてもらえるはずもなく、黒旗DNF。

なんてこったい。
コースのどっかにピストン2つとパッドが転がっております。

HEAT2はスタートで出遅れた。そこそこ気合の入った走りだったけど、なかなか順位を上げていけずに8位。

オーバーオール14位。トホホ・・・

スペアのブレーキキャリパーを持ってるつもりで余裕をブッこいてたんだけど、スペアパーツの箱を開けたらリアブレーキしか入ってない・・・。
ヤマハのレーシングサービスは85の部品がないとのことでナンヤネン笑、高速を使って取りに帰った。 そして、スペアの旧型のブレーキASSYと、念のため練習車(旧型)のブレーキASSYをもぎ取ってイナベに戻り・・・。
本番車(新型)と旧型では、ブレーキホースの取り回しが異なり、そのままでは使えない。キャリパーのみ取り替えると、全く手作業のポンピングでのエア抜きとなり(いつもエアでやっているため、エア抜き工具はしまい込んでしまっている)時間が掛かってしまう。が、周りの方々に手伝っていただき、20~30分ほどで取替完了できた。

オマケに俺の留守中に正吉君の昼飯(俺が持参したパスタ)まで作ってもらい、更に俺の分まで作ってくださった(神)
店以外では久しぶりに人に食事を作ってもらったわ笑 ありがとうございました。

ハッキリ言って今回、正吉君は全くの練習不足!
骨折してギブスが外れた直後にトヨタに行ったけど、この時はまだ痛くてマトモに走れず。 その後は、俺の仕事の都合と週末の度の雨で、満足な練習ができなかった。何せコースを走ったのは、その1回のトヨタを除けば2ヶ月ぶり。トヨタでたまたま本番車を走らせてナラシが済んでいたのだけは、ラッキーだった。

アカン、夏頃にはもう少し上位に食い込んでる予定だったのだが笑、もうちょっと頑張ろう。
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This is heavy!

2020-07-06 12:37:42 | 俺のR45
映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が本国で公開されてから、7月3日で丸35年。
金曜ロードショーで3週連続で3部作が放映され、ネット界隈で大いに盛り上がった。
旧知の人には話したことがあるかもしれないが、俺は数ある映画の中で「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が一番好きだ。

劇中でのタイムマシンはドクの科学の研究の賜物であり、本来はSF映画なのだが、ファンタジーやコミカルな要素が強く仕上がっているのが魅力かな。重箱の隅をつつく気が起こらない。

Part1の日本公開は1985年の年末で、俺は高校1年生。話題になったのは覚えてるんだけど、自力で自分が観たい映画を観れるようになったのは、バイトを始めた高校3年生になってから。バリバリの進学校のためバイトは禁止されていたが、特技を生かしたバイトをやっていた。
この頃に観た覚えがあるのは、ロボコップ(当然PartⅠ)、ラストエンペラー、アンタッチャプル・・・など。
その後、バック・トゥ・ザ・フューチャーを初めて観ることになったのは、テレビ。
マーティの吹き替えが織田裕二だったことをハッキリ覚えてるんで、Wikipedia情報と照らし合わせるとPart3公開直前の1990年の4月7日、フジテレビのゴールデン洋画劇場であるようだ。

コリャ面白い!!となって、当時定期的に通っていた献血ルームで、成分献血時に自由に見ることができたビデオで繰り返し観た。
この頃の知人にバック・トゥ・ザ・フューチャー好きで詳しい人がいて、小ネタやトリビア、伏線などを細かく教えてもらったな。

今回観たのは久しぶりだったけど、観るとやっぱ火がつくねえ笑

2015/10/21リリース『バック・トゥ・ザ・フューチャー30thアニバーサリー デラックス・エディション』新規ボーナス・ディスクより 「ドク・ブラウンからのメッセージ2015」

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