THE FOURTH PARTY

チョイ毒エッセイのようなもの。コメント欄でのやりとりはしません。用事がある人のみ書き込んでくだされ。

モトクロスの聖地へ

2018-05-29 11:40:22 | 正吉君モトクロス
全日本モトクロス選手権第4戦が広島で行われた5月27日の日曜日、モトクロスファンが西に集結する中、正吉君とともに逆方向の東北へ。

日本最大のモトクロス場、SUGOに練習走行に行った。




名物のはずのワダチだが、この日は掘り返してのコース整備が行われなかったため、カチパン・・・(笑)。

正吉君は大坂を見て、「あの坂、本当に登れる?」と走り出す直前まで心配顔。正面から見ると、丸っきり壁に見えるからね。



走り出してしまえば、どうってことない。助走もつけれるし、ドライであれば全く普通に登頂できる。

広島のようなヤバいダブルとかは無いけど、テーブルトップの飛距離がやたら長い。

もちろん、KYBジャンプとかは丸っきり跳べず(笑)。アプローチは上り坂、バックサイドは下り坂にしかならない(笑)。捲れあがるような斜度なので、跳ぶにはそれなりのテクニックが必要かと思う。
コースがデカくて65だと吹けきってしまうのと、クラス分けされた中に競い合うようなライダーが不在で、タイムを詰めることはできなかった。





走行料金は、まさかの¥4700。(※2018年5月現在。先日値上がりしたばかりだそうで)
加えて、ビブスの保障料として¥1000。受付時に¥5700支払う事になる。ビブスを返却すると¥1000戻ってくる。
この日は4クラスに分けての走行で、20分を4回しか走行できなかった。なんか時間の計算が合わないな、とタイスケを確認したら、フルサイズと85は30分の走行となっている。ん~~、、、なんだかなぁ(笑)。

あ、ビブスが17番なのは全くの偶然。


この電光掲示板が時計になってて、1秒も無駄にすることなく走行できる。

この週末、土曜日は正吉君の小学校で運動会だった。んで、月曜日は代休。
事前にSUGOに電話で問い合わせして納得した上で向かったんだけど、なんとSUGOは平日は練習走行できまへん。トンボ返りっす(笑)。

土曜日から日曜日に日付が変わる頃に出発して、トイレ休憩を挟みつつ一気走りで7時間半くらい。かなりキッツい!!
日曜日の練習終了後、そのまま帰るのは無理と判断して、近所で風呂に入り、高速に乗って最初のSAでメシ食って、そのまま就寝。途中で目が覚めるかもと思ったら、そのままいつもの通り4時まで爆睡してもうた。

これを見越して、主要なお客さんには「月曜日は休むかも」と伝えておいたけど、結局ホントに仕事を休むことに。サラリーマンの有給休暇とかならいざ知らず、自営で平日を普通に休むのは、かなりの背徳感がある(笑)。丸々休むのは、葬式以外では開業以来初めてじゃないかな?

月曜日は、東京の顧客に顔を出そうか(名古屋から異動してしまった好きな女の子がいる笑)、オフビあたりで練習して帰るか・・・と悩んだが、地元に程近い磐田まで帰ってきた。
途中下車しなかった理由は、中型車のETC割引の関係にて。




SUGOで実車を見てしまったので、特に感動しなかった(笑)

広島では、中部勢は大活躍だったみたいだね。マグレじゃなくて、いよいよ本領発揮ということだろう。
次も期待しよう。
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REBOOT

2018-05-23 17:17:29 | 正吉君モトクロス
パソコンのBOOT(起動のこと)って、ブーツを履くというとこから来てるんだってさ。
それと、起動画面で一瞬、「BOOTSTRAP」とか表示されてたりするけど、「システムを起動するためのシステム」を、「靴ヒモを引っ張って自分を持ち上げる」と表現したのだそうだ。なかなかシャレが利いている。

ブーツだとすると、今回の正吉君にはシックリくる言葉。
3週間ほどモトクロスなしで過ごして、ようやく先週末に復帰した。
一時は「僕はもうバイクに乗らない」というところまで行き、REBOOT。モトクロスブーツを再び履いたってか。



正吉君は、他の同じ年齢の子たちのように、話し合いをして解決するとか、自力で考え直すということはできない。
今回のように迷宮に迷い込んでしまうと、簡単には抜け出すことができなくなってしまう。



この3週間に、中部モトクロス選手権は3戦が経過。全9戦の内、5戦までが終了してしまった。
節目の年にもったいない事になってしまったが、今シーズンは中部戦はもういいかなぁ、という感じ。

正吉君がコケたとき、意図的ではなかったとしても「イエーイ」などと言う人がいるようなとこでは、レースをしたくないしさ。(※ちゃんと謝ってくださいな)



さて、久しぶりのライディングでどうなることかと思ったんだけど、特に退化は感じられなかった。85練習の効果は出始めているようで、そろそろオーバーホール時期の練習車の65SXを「なんだかスピードが出ない」とか言いながらも、ホームコースで3秒ものベストラップ更新を果たした。

期待をすればボロボロだったり、ダメかと思えば調子が良かったり。正吉君は浮き沈みが激しすぎて、俺の方が参ってしまう。
生まれつきハンデを負った子の中には、ものすごく視界が狭い子もいるみたいで・・・。黄旗無視も、それが理由だったのかもしれない。
他の子と同様の取り組み方をするよりも、正吉君の歩調に合わせよう。





タコ糸なし、圧力鍋も使わず、チャーシューを作ってみた。
簡単でメチャウマ!!
秘伝のタレも絶品。


ベル君は絶好調すぎて、ちょっとジャマくさい。
トイレのドアを開けた瞬間にパッと入ってしまって、ちょっと懲らしめてやろうとドアを閉めて閉じ込めるんだけど、しばらくしてドアを開けてみると、トイレットペーパーや洗剤の容器をオモチャにして遊んでいる。全然懲りてない(笑)。

俺自身もそうであったように、小学生の男の子はみんな、そんな感じだと思っていた。だけど、正吉君はそういうわけにはいかないようだ。
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カミナリ親父と、宇宙から来た少年

2018-05-08 12:42:20 | 正吉君モトクロス
西暦414年。高句麗で、先の王の功績を称えて建てられた石碑の名称を答えよ。

確かこんな問題じゃなかったかなぁ。
俺が中学生だった時の、定期テストでの社会の問題。俺はこの問題だけ分からなくて、空欄のまま提出した。

テスト終了後に調べたら、確かに教科書に写真が載っていた。答えは「公開土王碑」。今は好太王碑と呼ぶのが普通みたいだね。(もちろんWikipedia様にお知恵を拝借しております笑)
ところがこれ、授業では触れられておらず、社会科の先生が「試しに出してみた問題」との事だった。

たまたま当時の勉強のライバル達は他の問題も間違えており、学年で俺だけが95点とのこと。
よくやった、と先生に褒められた俺は、その答案用紙を握りしめて帰宅して、オフクロに報告した。

「お母さん、お母さん、ボクだけ95点だったから、ものすごく褒められたよ!」

ところがオフクロは、なんで空欄のまま提出したんだ、なんで100点じゃないんだ、と俺を2~3時間叱り続けた。

この時だけではない。オフクロはとても喜怒哀楽が激しく、俺に厳しく叱りつける事が多かった。小学校低学年の頃、とても酷く怒って、俺を何かの施設に預けると怒鳴られた。あれは一体何だったんだろう。先日姉貴と話をしたら姉貴もそれを覚えていて、二人で大笑いしたばかり。

そして俺は、いずれ自分に子供ができたら、我が子には絶対に理不尽な怒り方はするまい、と誓った。
果たして今、俺はどんな親になったか。

うーん、人から見る俺。俺自身が少し離れたところから見ている俺。
もちろん自覚はあるし、正吉君を叱りつけた後で酷く落ち込み、反省もする。

言い訳になるかもしれないが、俺は断じて理不尽な怒り方をした事は無い。
例えば、レースの順位やテストの成績などを理由に怒ったことは一度もない。

正吉君に怒るケースは、大きく分けて3つある。

一つ。明らかに悪い事、やってはイカン事をやった時。
法律や規則、ルール、マナーを守らなかったら、叱る。美杉の前に正吉君に大目玉を食らわせたのはコレね。

二つ。何度言っても理解しない時。トンチンカンな判断をしたとき。
残念ながら正吉君は普通に説明しても理解してくれない。何回言っても、どれだけ厳しく言っても、正吉君独自の入力システムで処理できないものは、頭に入らないようだ。最初のうちは優しく言っているつもりだが、俺も生身の人間。最後は結局怒鳴りつけてしまう。
正吉君が産まれつき持ち合わせていない能力と、何か関係があるのだと思う。しかし詳しいことは分からない。どうすれば理解するのかも分からない。

三つ。ちゃんとやってない時。
これは人に説明するのが難しい。俺が見れば一目瞭然なんだけど・・・。集中できなくなると、全くダメ。本人のスイッチが入るのを待つしかなくなる。

正吉君は過集中の傾向が強く、ズバリはまった時はとても高いパフォーマンスを発揮する。
ここのところ、肝心な場面で能力を発揮できるようになってきたので安心していたのだが、またまた逆戻り。4月頭から完全に調子が狂ってしまったようだ。
また、未知の環境に弱いようで・・・。「ワクワクする」ということがないみたい。

正吉君は、会話がほとんど成り立たない。それは、相手が俺であってもそう。トイレに行きたいというのはようやく言えるようになったが、自分がどうしたいのか言えない。言ったとしても、思いつきで言うだけ。だから、たまに口を開くと藪から棒の発言をする。
○○だからこうする、△△だからこうしたい、自分は□□だからそのために××する・・・といったロジックが全くない。
だから、負けたとき、上手くできなかったとき、泣くだけで終わってしまう。もう5年生だぞ。

自分の意思がないって事なんだけど、スイッチが入らないのはこれが理由なのかは分からない。別の原因があるのかどうかも分からない。どうすればいいのか、全く分からない。

しかし、何かやらなきゃ何も変わらない。
まずはこれを変えてみよう。変えさせよう。
また振り出しからやり直しだ。

夢をあきらめないで

俺の先輩っす笑
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ブレないJK

2018-05-04 09:52:03 | チョイ毒エッセイのようなもの
高3の長女の部活の陸上競技大会があり、初めて行ってきた。

以前から観に行きたかったんだけど、毎週末のモトクロスで時間が作れず、ここまで来てしまった。
高校総体の支部予選である今大会にて予選落ちしたため、結果として高校生活で最後の大会となった。

長女は、中学校では部活に入らなかった。
中学の部活は必須なので、俺も先生から再三言われたんだけど、小学校から続けていたボーイスカウトのジャンボリーに参加できなくなるかも、という理由で頑なに拒んだ。

元々スポーツをやるようなタイプではないから、高校で陸上部に入ったと聞いた時には耳を疑った。
どうなることかと控えめに見守っていたんだけど、淡々とやりきり、俺や部活の顧問の先生を驚かせた。敗退ばかり続けていればモチベーションの維持も大変だったろう。それとも、結果についてはハナから割り切っていたのかな? あるいは、部活をやっている事を俺が喜んでいたので、俺に気を遣っていたのだろうか?

大会で早朝に出発する時は、俺も早起きして朝食を用意し、おにぎりを持たせていた。
ところが、正吉君のモトクロスの遠征日と陸上の大会の日程が重なることが、何度かあった。
「俺、この日はいないからな。自分で何とかしろい」と言ったら、前日の晩にご飯を多めに炊いて、朝食用のおにぎり、昼食用のおにぎりを作ったのだそうだ。翌早朝は自力で起床した。そして朝が弱い次女を、部活に遅れないように起こした。

中学の部活は授業の延長のようなもの。数ある部活の中から自分がちゃんと取り組めそうなものを選び、自分が輝けるものを見つけていくわけだ。高校の部活は、中学の時と何が違ってくるかと言うと、自主性、自意識の高さではなかろうか。授業の延長とはちょっと違う。

俺も、中学の部活はその後の進路を決定付けることとなった。高校ではそれに飽き足らず、同好会を作って自由な活動をした。同時に部活も4つほど掛け持ちしたが、決してノンポリだったわけじゃない。どれも目的意識がハッキリとあった。ま、体は一つしかないので、結果、同好会がメインとなり、部活はスポットでの活動しかできなかったのだけど。
その後、色々とあって今の職に就いた。一見関係のない職のように見えるけど、その時の経験はシッカリと地下に根を張り、俺の個性そのものとして息づいている。
正吉君が小学校卒業後のモトクロス継続の是非は、部活を超える経験ができるかどうか・・・偏にコレに尽きる。

部活動で充実すれば学校生活の充実に直結し、延いては学業の充実に繋がるはず。
長女はまだ進路を決めかねているみたいだけど、この経験は必ずプラスに働くだろう。

ひとまず、お疲れ様。これからしばらくは、受験一色だ。
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