THE FOURTH PARTY

チョイ毒エッセイのようなもの。コメント欄でのやりとりはしません。用事がある人のみ書き込んでくだされ。

レンズ交換

2008-08-28 19:15:32 | カスタム

どうにも配光の悪い舶来高級品wのレンズに見切りをつけ、国産ブランド品=PIAAの純正ライトレンズと入れ替えるタイプの物を購入。

Img_1377

PIAAの製品は、レンズのみで舶来高級品とほぼ同じ金額。なんかムダな金の使い方だ。最初から純正流用とか、CIBIEのケース付きの物とか、四輪用(四駆用)の物を使うべきだったか・・・。

またダメだったらどうしよう・・・と、商品を目の前にして10分ほど悩んだが、日本人は裏切らないだろうと信じて購入。
別に拘っている訳ではないのだが、またマルチリフレクターである。

元々レンズで光りを屈折させるよりも、ミラーで反射させたほうが光の損失が少ないという理由で出回り始めたと思うが(光学式の天体望遠鏡は、本格的なものはレンズではなくミラーを使用しているのと同じ)、見た目の問題もあるのだろうけど、最近のクルマはみなマルチリフレクターが多い。
俺のハイエースも、我社のトラックもマルチリフレクターである。どちらも非HIDであるものの明るさには全く不満は無い。双方とも補助灯が付いているので、その効果も大きいと思われる。
 

ハイエースのリフレクター。

Img_1373

 

トラック(マツダタイタン)のリフレクター

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舶来高級品wのリフレクター

Img_1376

写真では分かり難いが、見た目からして結構違う。青いのはバルブのせい。

 
ハイエースとトラックのリフレクターは、リフレクターの一面ずつがカクカクと角がピン角に折れ曲がった形状なのに対し、舶来高級品wはタラリーンとした曲面的形状。
また前者は一面当りの面積が小さいが(細かく分割されている)、後者は倍くらいの大きさ(分割が大まか)。
 

さらに、驚きの事実が発覚。フロントフェンダーの影だと思っていた下方の光の遮られ方は、なんとレンズのせいだという事が判明。

Img_1378

写真はレンズを手で持って上の方に向けているので影は出ないはずなのだが、この有り様。
コリャ絶対ダメだね。完全に見掛け倒しだよ。

180φ(レンズで177φ)というサイズがどういう規格なのかは知らないが、レンズ径としては全く同じであった。光軸調整用のリムが多少異なるが、少しの加工で取り付け出来そう。
完全固定もせぬままに試点灯。ケースに適当に引っ掛けただけなので向きはいい加減な状態。

Img_1381

実走テストはしていないがコレならば何とかなるのでは? というか、少なくとも舶来高級品wよりは100倍マシだろう。同じ位置でもフロントフェンダーの影はほとんど出ない。

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ヘッドライト配光チェック

2008-08-26 15:42:02 | カスタム

ライトの配光を改善するにあたり、比較する物がないと判断が難しいであろうということで、去年まで使用したIPFのライトと比較してみたい。
そのライトは現在N目君が持っているので電話すると、ホイホイと持ってきてくれた。ありがたや。(ちなみに家は結構近くて、10kmくらい。ただ、どうやらダンボール箱が欲しいという狙いがあったように見受けられたw)
 

Img_1369

これはN目君がオークションにてフレームの潰れたマルカワレーシング製のキットを入手し、俺が丸ごとアルミフレームを作り直した物。
過去数年、坂内の夜間走行で使用したが、それほど不満は無かった。
レンズ径は約200ミリと、俺が入手したライトの177mmよりも一回り大きく、バルブは85/80wに替えられている。
 

Img_1359

表示を入れる前の白い看板を立てかけて光を当ててみる。このパネルの大きさが1800*1800と比較的小さいので、パネルからヘッドライト前面までの距離は2mと、かなり近い距離でのテストとなってしまった。
まず日曜日の晩に夜間テストしたままのライト。この場では識別のために「舶来高級品w」と呼ぶ事にしよう。

 

写真写りの関係で実際よりもマシに見えてしまったりしているので、写真はご参考までに。
 
①舶来高級品w+60/55w(135/125w相当) HIビーム

Img_1361

かなり光りムラがあるのと、下側がフロントフェンダーによって影を作ってしまっている。
 
②IPF SUPER RALLY930+85/80w(ハイワッテージ)をガムテープで固定 HIビーム

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舶来高級品w+60/55w(135/125w相当) HIビームの照射範囲をテープで表してある。

Img_1364

照射範囲がもっと劇的に異なるのではと予想していたが、それほどは変わらない。
ただし光りムラは無い。
ハイワッテージであるが、60/55w(135/125w相当)の方が明るく感じた。
IPFのテストは舶来高級品のライトケースにガムテープで固定する形で行い、双方の条件が極力近くなるようにしたつもりだったのだが、何故にIPFの方はフロントフェンダーの影が出てないのだろう?
 
③舶来高級品w+85/80w(ハイワッテージ) HIビーム
球だけ入れ替えてみた。

Img_1366

この写真は実際の光りに近い状態で写っている。結構ヒドいでしょ?
ハイワッテージなのに、さっきよりも暗いような気がする・・・。
 
④IPF SUPER RALLY930+60/55w(135/125w相当) HIビーム
上と同様に球だけ入れ替えてみた。

Img_1365

照らしている位置が高いのは、レンズをガムテープ固定しているための誤差。
写真では分かり難いが、やはり60/55w(135/125w相当)の方が明るいようだ。まあ85/80w(ハイワッテージ)の方はかなり使い倒しているので直接比べるのもどうかとは思うけど。
 
⑤舶来高級品w+85/80w(ハイワッテージ) LOWビーム

Img_1367

フロントフェンダーの影が消えてしまった。上半分しか光っていないからだろう。LOWなのにそれほど上方の光りがカットされていない。写真は結構イイ様に見えるが、実際はかなりの光りムラがある。
 
⑥IPF SUPER RALLY930+60/55w(135/125w相当) LOWビーム

Img_1368

照射する巾はHIビームよりも広めに感じる。確か2年前はLOWビームで使用したような・・・?
 
どうやら照射範囲よりも光りムラが問題の様である。またフロントフェンダーによって下方への光りが遮られてしまっている。夜間テストで近いところが見えなかったのはコレが原因であろう。
あまり気が進まないがライトをもう少し上か前方に取り付けなければならないようだ。

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280馬邪・夜間テスト

2008-08-25 00:25:22 | オフロード

先日の合宿の時にキャブ(PWK35M)のニードルをイジった際、「ケーブルホルダー」という部品を傷めてしまった。

Img_1333

スロットルバルブの上部からニードルを差し込んだ後、ニードルを固定しつつスロットルケーブルを引っ掛ける為の部品で、ボルトのような形状をしている。
この六角頭をナメてしまったのだ。
ケーヒンはありがたい事に販売代理店がシッカリしてるので、プライベーターに対しても部品をたった1個からでも販売してくれる。

Img_1334

280馬邪に使用している社外品の取説や交換した純正部品の品番、その他データ等はファイリングしてあるので(これとは別にPCにも数値的なデータが保存してある)、部品番号で注文する事ができた。
他のセッティングパーツと共に午後にFAXで注文したら次の日の午前中に届いてしまった。便利ですなあ、代引きなので気も遣わんですむし。

実は仕事が忙しく(T中さんほどではないw)、バイクに乗ってる暇もイジっている暇もあまり無い。しかも次の週末、東京に出張なのだ。しかもマトモな街の中。俺は田舎者なんで魑魅魍魎が闊歩しているような所にゃT中さんばりに運転してまで行きたくないのだが・・・。出張前後も日程が詰まっている。坂内2DAYSエンデューロは3週間後。ウーム・・・ちょっとアセってきたな。まあ多分、東京から帰ってくればある程度落ち着くと思うので、一晩徹夜して一気にメンテナンスしようかと画策中。
日程を逆算すると、先日の合宿で断念した灯火の第一回目のテストをそろそろ行っておかなければならない。

Img_1329

まず、テールランプ。ブレーキランプを装着する必要はないので、単なるLEDを点灯させる。
これは仕事で使用したものの余り(端材)。2年前にこの280馬邪を使った際に採用したLEDとは異なる物で、LEDの粒がシリコンゴムで繋げられた製品。3粒で1セットとなるので、3の倍数の位置で切断する事が出来る。仕事では100V電源の為にトランスが必要になるが、バイクに取り付ける場合はそのまま線を繋げばOKだ。

Img_1330

次に入手してから長い間放ってあった、スターター&キルスイッチの交換。いままで使っていた物は、実はくだらん加工が施してある(内容はヒミツ)。以前レース中に振動でメインスイッチが壊れてしまった事があるので、予防修理である。

問題のヘッドライトは、去年まで使用していたライトが我がチームのマネージャーwN目君の個人所有の物であるため、今回は俺が自腹を切って購入。今年は田中麗震愚からは280馬邪&XLR芋樽号の2台出走の為、N目君所有のXLR芋樽号の方に今までのライトを装着するのだ。

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合宿の時は面倒臭くなってライトの装着を諦めたが、配線を今一度テスターで確認し、無事点灯。2年前に280馬邪(当時は250)を24時間EDで使用した際に、ライトを取り付ける為に配線を変更し、脱着が楽に行えるようにカプラーを増設した。1年前の24時間EDではXLR芋樽号を使用したためにカプラーごと移植したと思われるのだが、どーにも去年の記憶が全く残ってない。何せ電線3本を一度にニッパーで切ったままテーピングしてあったもんで・・・(笑)。
テールランプ側には記憶通りカプラーが残されていたが、確認するも電気が来てない・・・。今回は直結で対応したが、もう一度しっかり診てやらなくては。

本日(日曜日)は仕事しつつも280馬邪をイジり、夕方4時に坂内へ向けて夜間テストに出発する予定だった。
ところがキャブを組み付けるとスロットルの動きがおかしい。もう一回取り外してワイヤーに油を通す。

Img_1340

出発の時間が近づいてきた。焦る、焦る。
しかし、再びキャブを組み付けてセルボタンを押すも、今度はエンジンが掛からない。
プラグ確認、火は飛んでる。
所有するコンプレッションゲージは280馬邪の細いプラグ穴に使えるアタッチメントが無く、圧縮の確認は出来ないが、激しく走った後はいつもバルブが突き上げてきているのでバルブクリアランスを調整する。やはりバルブを押したままになっている。毎回特にインテーク側が顕著。困ったもんだ。
キャブを分解した後なので、もしやと思ってドライバーの柄でフロートチャンバーをコツコツッと叩いておく。
するとエンジンは掛かった。一度に作業したので正確には判らないが、恐らく圧縮不足ではなくフロートやニードルバルブの引っ掛かりが原因であろう。

 

結局1時間遅れの5時に出発。仮にもテストに行くわけなので、ダメだった時の対策品も持って行かなくてはならない。
去年まで使用していたライトにはハイワッテージを使用していたので、近所のホームセンターに飛び込んでハイワッテージバルブを探す。
が、無い。ナンと全て60/55wなのだ。仕方なく「135/125w相当」というヤツを購入。

Img_1357

現地には7時過ぎに到着。当然既に真っ暗。
もしや、とは思っていたがJAYBIRDさんはまだいた(笑)。ご友人の某オフロード用品店にお勤めの人と一緒に。どうやらこの方、坂内2DAYSに出るらしい・・・。しかも鶴里で何度か俺を見た事があるそうな。何処で見られているかワカランので悪い事はできませんな。

Img_1345

軽く光軸調整してから出走。
ん~~~~・・・。
コース途中でライトの向きを変えてみたりしたが・・・走りにくい・・・。

走行中にイノシシと遭遇。一つ目の東屋のちょい上でコースのど真ん中にいたが、俺を見て茂みに逃げていった。以前ウリ坊は見た事があったが、今回のは結構デカかった。

熊だったらタマランなあ・・・。

 

一旦クルマに戻って再調整。妥協点を探り、またコースへ。
コレならば何とか走れるかなあ・・・?
ある程度以上のペースで走ると、当然それなりに遠くまで照らしてないとダメなワケだ。ところが遠くが見えるように調整したところで、逆に近くが見えなくなってしまうと困る。
そう、明るさはともかくとして、この海外製の高級品wは、明らかに配光パターンが悪い。横長の楕円状態でしか照らしてくれない。
しかも横長と言ってもその範囲は狭い。
直線であれば真っ直ぐ見るだけなのであまり気にならないが、コーナーが連続する場面では見える範囲が狭く、何度かコースアウトしてしまった。

ここまで使用したバルブは、高級品に標準添付されてきた60/55wスタンダード品。
ここで先ほど購入したバルブに交換。

Img_1346

ほほお・・・。確かに明るい。問題解決とはいかないが、とりあえず走れるってところか。

 

前述のN目君所有のライトはIPFのSUPER RALLY930で、スタンダードバルブ(ハイワッテージではあるが非HID)としては文句無い明るさであった。

Img_1349

それに引きかえコイツは・・・。点数を付けるならば50点。絶対評価ではなく、俺の予想との相対評価である。もうちょっとマシだと思ったんだがなあ・・・!!!
仮にこのレンズを使用してHIDにコンバートした所で、満足の行く結果は得られないと思われる。

こんなのに金使うくらいだったらジェベルXCとかの純正流用の方が確実だよなあ。

 
まあそれでも、坂内2DAYSエンデューロは一般的なエンデューロよりも1周の距離が比較的短くて、4km弱。ラリーなどと異なり、全く未知の場所を走る訳でもない。コースの特性上、状況が急激に変化する事も無いので、走りなれた人であればこのライトでもそれなりには走れるであろう。

 

Img_1353

今回は予算の関係でHIDは見送る事としたのだが、一応、俺はまだその他の対策案を保有している。
現在の状態は「最低限の状態」としてキープし、改良してみます。
仕事がちょっと忙しいので(T中さんほどではないと思われるw)、もしも余裕が無かった場合はこのままとなります。
グループ分けでコッチチーム(青組)の人は覚悟して下さい(笑)。

Img_1354

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夏休みの過ごし方の変化(R18)

2008-08-21 21:00:29 | チョイ毒エッセイのようなもの

今年の盆休みは5日間であった。
前半2日間は前記事の通り坂内でのOFF練習、後半3日間は家族と過ごす事となった。
墓参り、自宅で子供の相手、子供とプール、子供を連れて仕事の用足しなど。
 
考えてみれば夏休みの過ごし方は、歳とともに・・・いや、環境の変化とともに変わってきた。
 
大学1年の時に中型免許を取得して以来、俺は連休のたびにツーリングに出かけるようになった。
厳密に言えば、当時の俺には「ツーリング」というつもりはなく、ただただバイクに乗っていたかっただけ。初めての旅はディスカウントストアで手に入れた寝袋だけリヤシートに括り付け、全く当ても無く走り出した。(レインウェアすら持っていかなかった)
この旅も回数を重ねるごとに装具は増えていった。
この頃はバブル景気真っ最中で、今のように猫も杓子もアウトドアやキャンプなどという風潮はなかった。ドライブインの駐車場の片隅でストーブでインスタントラーメン(苦笑)かなんかを作って食ってたら、当時流行りの四駆(確か当時はこう呼んでいた、シルビアやプレリュード、六本木のカローラと揶揄されたBMW等と並んでナンパの象徴)から降りてきたカップルの、男が女に「ああいうのやってみたい?」とか半ば軽蔑気味に聞こえよがしに言っていたのが耳に残っている。まあヤツもバブル崩壊後は流行りに乗ってキャンプなどやっていただろうが・・・。
 
この連休の過ごし方は、結婚後まで続けた。
ツーリングは基本としてソロで、全てキャンプ。マスツーリングの場合を除き、宿を取った事はただの一度も無い。
最初の内は走り回るだけだったのだが、バブル崩壊後はアウトドアブームが訪れた。巷にガイドブックが蔓延り始めた事もあって、キャンプ場も利用し始めた。
走る以外に何らかの目的が欲しくなり、各地の温泉を目指し始めた。ある程度自由になる金が持てるようになり、各地で名物を食う事も目的となった。
各地を制覇してくると(細かく巡った訳ではないが、沖縄以外は一応全県制覇)、今度は走り回るだけでなく、ベースキャンプを定めて一部の地域を集中的に堪能するようになった。同時にキャンプ地での食事に拘り始めた。
そう、俺は元々ハードコア系ではなく、単なるツーリングライダーだったのだ。
 
俺は2001年頃に一旦、キレイさっぱりとバイクを止めている。復活する2006年までの正味5年間、俺はナニをやっていたのか?
 
仕事をしていたのである。
夏休みは無かったのである。
夏休みどころか、毎週の休みも無かったのである。
年間3日しか休まなかったのである。
 
結婚直後、たまたま嫁さんを含めて3人で仕事関係の人と話をしていたら、相手(オッサン・・・っつーか、とある会社の社長)の方が嫁さんに言った。
「オトコは必ず浮気をします。暇が出来ると浮気をします。浮気をされたくなかったら、旦那さんにヒマを与えてはいけません」・・・w
 
えーと(笑)
 
暇かどうかはともかくとして、人間にゃ必ずオンとオフが必要・・・。
俺にとって仕事は、当然「オン」。本来の「オフ」だったバイクは、この頃の俺の中からは消し去られてしまった。
そうなると「オフ」をどこに求めようとするのか?
 
・・・まあこれ以上はココにゃ書けませんが、そーゆー事です。(ちなみに、浮気はしてない・・・つもり)
このブログをまさかご婦人がご覧になっているとは思えませんが、某社長さんの格言はマコトであります。
 
今はどうかと申しますと、「オフ」の部分にはバイクがあるので、他の事にはほぼ気が廻りません。
なんつーか、旦那さんがバイクを欲しがっていたら、快く承諾した方が結果として家庭円満に繋がるのではと思っております。
 
バイクはいいですなw

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’08田中麗震愚夏合宿

2008-08-17 18:29:52 | オフロード

13日・14日は北京オリンピックに出場中の世界の代表T中氏率いる田中麗震愚の夏合宿であった。
 
前日、近所のバイク用品店にて汎用の丸型ヘッドライトを入手。勿論これは坂内24時間ED用の装備である。合宿時の晩に夜間テストをしようと考えたのだ。
本製品は我々日本人にとってステータスの象徴ともいえる台湾製の高級品なので、信頼性はバツグン。本当は何かの純正流用のヘッドライトケースにレンズ入れ替え、又はHID装備、或いは四輪用のライト装着、はたまたこれらの複合技が良いかと思ったのだが、時間的・予算的な問題があって見送りとした。

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鉄製のやたらいい加減なブラケットを製作して280馬邪に装着。ビニール巻きの針金にて固定する。

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時間が残り少なかったもののエンジンオイルも交換する。

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そして、過去に経験がないほどの量の荷物をハイエースに積み込み終えたのは、夜中の1時頃であった。
 
田中麗震愚のオフィシャル・スーパーマーケットで買出しを済ませて坂内へと向かう。現地は既に数台のバイクが走行していた。

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先日正式にマネージャーに就任した顔の広いN目君が数人に声を掛けたとのことで、合宿初日の練習は7人ほどの参加。但し北京オリンピックに出場中のT中さんは不在である。
 
俺はとりあえず整備から開始。キャブのリセッティングと一般整備、暗くなる前にライトの配線を済ませようと思ったのだが・・・何と配線のイジり過ぎで、自分で施した配線がどーなってるのか全く判らない(爆)。結局フィッティングはあきらめた。ライトのテストはまた今度一人で行ってこよう・・・。
 
そしてマネージャーN目氏が走行中に、俺は本日の一つ目の目標を遂行。

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こっそりとリヤゲートに特製特大ステッカーを貼り付けておいたのであった。
 
俺も走行開始。コースは全体に荒れ気味で、時々タイヤを掬われる。尖った石も飛び出しており、早々にパンクの犠牲者が・・・。

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KSR-Ⅰでも走ってみる。その気になれば50ccなりのペースで飛ばせるが、空気圧パンパンのノーマルタイヤ(チューブレス)では全くラインが定まらず、1周の間に吹っ飛ぶ事数回。青アザをつくってしまった・・・。
 
夕方頃にME06さんが到着。エンジンを某有名チューナー(XRマニアの多くが想像するアソコではありません)にOHを依頼したが本日には間に合わず、T田さんのME08を借りてきた模様・・・が、あまりの足回りのヤレっぷりに困っているようだ。ステムのガタに加えてリヤサスのリンクのベアリングが一部粉砕しており、メインフレームの内側にクラックが入っているのを発見して走行を断念。
 
突然マネージャーN目氏が叫び声を上げる。遂にステッカーの存在に気づいてしまったようだ。

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この日は我々以外にも訪れた人が多かったのだが、どんどん帰っていってしまい、暗くなる頃には駐車場がガラガラになってしまった。

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我々は合宿のオキマリ、BBQ開始。BBQは決して「バーベキュー」と読んではならない。「ビービーキュー」と読む・・・と、T中さんが言ってました。

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ほどなくしてJロウさんが到着。引き続きN川君も現れるだろうと思われたが、来ない・・・。結局彼はBBQ組が寝静まってから到着したそうだ。

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翌日はT田さんも合流。ファインチューンXR400にマニア垂涎のA-LOOPを装備。

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軽く走らせてもらったが、以前乗せて貰った時はキャブのセッティングがイマイチだったとの事で、ナルホド。今回はかなりパワーが出ている。が、パワーだけで言えば実はまだ280馬邪の方がほんの僅かではあるが上。但しXR400はトルクがハンパではなく、トラクション性能がかなり良いように感じる。回転域が狭いので息の長い加速が出来ないところが残念であるが、軽くて乗りやすい。速さでは280馬邪よりも上かな。
 

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280馬邪で走行中、リヤタイヤパンク。クソッ。
仕方ないのでN川君のYZ250Fを拝借。以前モトクロスコースで別のYZに乗った事はあるが、坂内で速く走らせるのはかなりのテクニックを必要とするようだ。パワーは280馬邪の比ではないが、使える回転域がかなり限られるのでシフトが倍位忙しい。
で、YZで1周だけ走って駐車場に戻ると、N川君の視線がリヤタイヤに釘付けになっている。見ると、パンク!! 気づかないのもどうかと思うが(笑)。坂内パンククラブ(田中麗震愚内の正式団体w)の名誉会長の面目躍如である・・・トホホ・・・。

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恐らくこれは俺をハメようと企んだN川君の陰謀だと思われるが、仕方がないのでパンク修理をする。

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実は今年の坂内2DAYSエンデューロ、田中麗震愚は2台体制である。280馬邪を使用する青組と、XLR芋樽号を使用する赤組。構成メンバーはいまのところ非公開。あっ、moritechさんは青組ね(笑)。

Img_1241

 
合宿の締めくくりは、古くからの坂内バイクランドの主であるK氏主催イベントで、タイムアタック大会。
出走はK氏(DR250)、T田さん(XR400)、坂内常連のM氏=moritech氏(WR250F)、ME06さん(借り物のTLM200)、俺(280馬邪)と他面識のない2人。
テクニック的に最も速いのはME06さんと思われるが、さすがにTLM200には負けんだろう。
で、30秒置きに1台ずつスタート。
前半は今一つだったが、下りに入って調子が出てくる。8の字練習の効果か以前よりもコントロールができている気が・・・?
ところが、T田さんに負け・・・。しかも6分すら切ってない。修行が足りませんな。
 

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こうして代表T中氏不在の合宿は幕を閉じた。この後、T中さんほどではないが忙しい俺は、練習に来れるのだろうか?
そしてシフトスピンドルを入れ替えている時間はあるのか?
 
帰り際、下界の人々に神々しいチームステッカーを見せる事無く早々と剥がし始める某氏。

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※念のために申し上げておきますと、世界の代表T中氏が「北京オリンピックに出場中」というのは単なるイメージ(要するにジョークw)です。

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・・・ちと、仕事の愚痴w

2008-08-12 21:25:45 | チョイ毒エッセイのようなもの

ほぼ一週間、同じ現場に職人さんと二人で通い、本日完了したのだが・・・。
 
「俺」は皆さんご想像の通りに非常にアツい男である。これはオフクロ譲りの性格で、他の人がやらなくても最後は俺がやってやる・・・と、常にボーボーと燃えている。
対してこの職人さんは、俺とは全く対照的な性格。全くアツさは無くゴーイングマイウェイ。まあ良い意味でゴーイングマイウェイならばいいのだが、例えば目の前で人が困っていても助けないし、時間内に仕事を終えるという意識はあまり無いようだ。
以前、たまたま現場の駐車場で彼と話しをしていたら、目の前の片側3車線のバイパスの一番右の車線でアホなオネーチャンの軽がガス欠でストップ。この瞬間、俺の脳裏にエッチな妄想があったかどうかは定かではないが、俺は飛び出していってオネーチャンの車を押して左に寄せてやった。後続のもっとアホなクルマが突っ込んできてクラクションを鳴らしたりと若干危ない状況に陥ったのに、この職人さんは一切手を出さなかった。
かと思うと非常に下らないトコロで下らない意地を張る。高所作業時にヘルメットを被ってもらうまでにかなりの苦労があった(苦笑)。
この常勤の職人さんとの付き合いは古いのだが、今までトラブルが無かったのは彼が俺よりも年上だからであろう。一応こんな俺でも気は遣うので、あまり無茶は言わないのだ。過去に同じようなタイプの従業員がいた事があったが、ボロクソにイジメ・・・いや、注意したせいかすぐに辞めてしまった。
 
この一週間も、アツい俺に対して至って淡々と作業をする。難しそうな作業や、キツい作業には手を出さない。俺が重い荷物や道具を一人で屋根の上に上げていても、見て見ぬフリ(と、俺は思っている)をする。
 
俺は別に職人さんや従業員、外注先に対しては、「雇ってやっている」とか「仕事を出している」なんて事は微塵も思っていない。利害一致、ギブ・アンド・テイクだと思うんですがね。
それでも作業終了して片付けの頃にはサスガにカンペキにキレてきて、荷物を屋根の上から投げて降ろしてやった(怒)・・・俺って、コドモ・・・。まあ、その反面で年齢を重ねてもまだアツい物を失くしてないな、と安心してみたり。
 
モーレツな会社に勤めている人には、その会社や他の社員に不満を抱えている人も多いと思う。
早く帰りてえなあ、とか。
俺はそんなに仕事したくねえ、とか。
もっと休ませろ、とか。
仕事内容の割りに給料安いぞ、とか。
 
まあホントにヒドイ会社もあろうが、俺は大抵の場合はその本人に原因があるのではないかと思っている。(個人的な見解です)
「隣のデスクのアイツはろくすっぽ仕事もせずに早く帰りやがる・・・」
でも、その彼は意外と効率良くやってないか? アナタは要領悪くないか?
怒られて悔しければ努力をすればいい。
 
現在の大会社、残業があまり無くて、個人への負担が少ない会社も、創業当初はヒドイ会社だったと思う。たぶん。

会社ってのは「ドラゴンボール」の「元気玉」みたいなもんなんですよ。
 
明日から盆休みだあ・・・。明日明後日と坂内で合宿。
気温はヒートしているが、頭はクールダウンできるだろう。ん~~~・・・俺もショーモナイ事をした。
墓参りにも行かなきゃ。

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もーれつア太郎に理不尽なモノを感じる

2008-08-09 20:52:55 | チョイ毒エッセイのようなもの

純正部品が揃った。
バックオーダーだったのはシフトペダルだけ・・・。
他は全部通常入荷だったようだ。
 
シフトスピンドルだけでも入ったら連絡をくれるように頼んでおいたのに・・・(怒)。
丸一日空いた日があればエンジン降ろしてシフトスピンドル入れ替えて、エンジン載せて・・・と作業完了できるのだが、残念ながら盆休み前までそんな時間は無い。連休前の追い込みのため、明日(日曜日)も仕事。現状のまま田中麗震愚の夏合宿行きですな。
 
俺はたぶん、バイク屋さんからすると非常に面白くない客だと思う。
普通のユーザー相手の場合、バイクを買ってもらって、定期的なメンテナンスや修理、車検などで長い付き合いをするのが本来の姿。
俺の場合は純正部品しか頼まないので、少なくとも良い客ではない事だけは確かだ。
逆に言えば俺(看板屋)でも、デザインをデータ持ち込みしてきた客に、「こういう看板を作りたいので切文字だけ作ってください」と言われるのと同じ様なもの。確かに気分の良い事ではない。それは分かっとるんです。
俺はちゃんと敬語で接して(年下であっても当たり前だ)、いらない事は極力言わない。今回は若干ムッとしたのでいらない事を少し言ってしまったが・・・。
 
過去2年以上この店に通い、純正部品を新車一台分近い金額出して買ってきたが、しばらく行かない(他の店に行く)かもしれないな。去年のXLRの部品の時の話もあるし・・・。
プライベーターでも部品の入手先との付き合いは必要。部品センターがもっと近ければねえ。
 
そういえば先日、敬愛する赤塚不二夫氏が亡くなったので「3日間禁酒しよう」と思ったのだが・・・何と、一日目にして挫折。でもね、24時間は酒を絶ちましたぞ。これでいいのだ!!

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レースは走る実験室(怒)

2008-08-03 17:36:18 | XR250

本日は仕事。それにしても暑くてヤル気が出ねぇ・・・。
なので息抜きに先日のレースでシフトスピンドルの先っちょが折れてしまったXR250改280馬邪の修理。
 

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最初から何となく予想はしていた事なのだが、先日注文した純正部品が来ない・・・。
俺の住んでいる地域の場合は鈴鹿の部品センターに在庫があれば午前中受付で翌日入荷の筈。今回は月曜日の晩に部品注文に行っているので、事実上火曜日午前中発注。水曜日は店の定休日なので、早ければ木曜日には部品が手元に来る。
以前はそうだったのだ。2年半~3年前に俺がこのXR250をイジり始めた当初も、バックオーダーは殆ど無かった気がする。それが最近は一週間以上の待ちは当たり前で、悪くすれば1ヶ月待ち。カスタマーサービスには定評のあったホンダは何処へ・・・。どうなってんのさ、ホンダさん。
 
今回注文したのは先日折れてしまったシフトスピンドルと、その周りのチョロッとした部品、ガスケットキット(必要な物の内、半分程度は所有していた)、坂内2DAYSに向けての予防修理用の部品・・・クラッチ関係など。
クラッチなんかは後からでも作業可能なので、お店にはシフトスピンドルだけでも入荷したら連絡をもらえるように伝えておいた。
 
で、バラバラにしてから部品が来ないとなるとタマランので、エンジンをバラすのは敢えて止めていた。場合によっては部品が来るまで乗れなくなってしまうからだ。過去に一ヶ月以上待たされた事もあるが、もしそうなると最悪レースにすら間に合わない。
実は中古ではあるもののシフトスピンドルのスペアは所有している。だが以前に坂内2DAYS中にここのスプラインがナメてペダルが空回りしてしまうという事態に陥った事があった。今回折れてしまったシフトスピンドルも、スプラインが甘くなってきたなあとは思っていた。スペアのシフトスピンドルは、現在のエンジンを組む時に二つのシフトスピンドルを見比べて、マシな方を採用したのだ。わざわざクランクケースを割ってまで、この中古のシフトスピンドルを使うのはリスクが大きい。 
オフロードの場合は転倒してシフトペダルが曲がる事が多い。XR250を含めて大抵のオフロードバイクの場合は、簡単にシフトスピンドルが傷まないようにシフトペダルはクニャクニャな素材(普通の鉄、たぶんSPHC-Pとかと思われる)で出来ている。曲がっても手で直せる。曲がって、修正して・・・を繰り返していると今回のようにシフトスピンドルも逝ってしまうのだろう。
余談だが以前乗っていたランツァはセルを装備しているために、ベースとなったDT200R、DT200WRのエンジンよりも左側ケースカバーの飛び出しが大きく、シフトペダルは完全なクランク形状。普通に走っているのにシフトする力だけでシフトペダルが曲がってしまう事があったほど。なのでDT200Rのシフトペダルに交換していた。
 
そろそろ田中麗震愚の夏の合宿(チームに入りたいという奇特な方は参加可能)も近づいてきた。世界のトップライダー、代表T中氏によるライディングレッスンが行われる為、如何なる事情があれ参加しなければならない。お盆前は完全に仕事が詰まってしまったので、仮に部品が入荷したとしても作業はできないであろう。先行してバラさなくて良かった・・・。
で、どうするのかというと・・・。
 
溶接です。過去の溶接についての記事
 
小さな物をくっつける場合はTIGが有効。肉盛りも限りなく小さく出来る。逆に大量に溶接するのはTIGでは不利。
先に書いた、レース中にスプラインがナメた時は、溶棒(アーク溶接)で修理。当然現場での修理なので、エンジンウェルダー(エンジン溶接機)しかなかったのだ。溶棒は最も緻密な作業がやり難い溶接。溶け込みそのものは深いという特性があるが、比較的広範囲を溶かしてしまう。たしかペダル側のスプラインだけがナメたため、本来はシフトスピンドルを交換する必要は無く、最初は遠慮がちに甘めに溶接したらモゲた。で、結局完全に溶接する事に・・・。
半自動溶接機の場合は溶棒よりは緻密な作業が可能だが、どうやってもモリモリに肉を盛り付けてしまうという特性がある。そして溶け込みが浅い。
 
言葉だけでは判り難いと思うので、同じ材料をそれぞれの溶接方法でくっつけてみた。
被覆アーク溶接(溶棒)。

Img_1152

溶接直後はスラグ(アメ)が形成されているのでチッピングハンマーで除去。

Img_1153

あまり肉盛りされていないのが特徴。逆に言えば母材(くっつける材料の事)同士を溶かしやすく、溶け込みが深い。欠点は見栄えが今一つな事。肉薄な材料には不向きで、写真の1.6tの材料だと少々気を遣う。
 

半自動アーク溶接。これはその中でもCO2溶接というヤツ。その他混合ガスを使うMAGと、アルゴンガスを使うMIGがある。肉がモリモリになっているのが特徴。逆に母材はあまり溶けていない。周りに若干のスパッターがあるが、溶棒よりもはるかに少ない。同じ半自動でもMAG、MIGになるとスパッターは少ない。
緻密な物を製作したいとかでなければ、TIGよりもMIGの方がイージーだし、使いやすいのではないかと思う。
 

Img_1154

TIG。上の二種類が火花を散らしながらの作業なのに対して、TIGは「シューッ」と穏やかな作業が可能。極小ポイントの溶接が可能で、肉薄の材料にも対応できる。写真のT付け溶接で、側面の突合せ部分は溶加棒を足しているのでビードが少し盛り上がっているが、入角(いりずみ)部分・・・つまり90°の内側部分の溶接はここでは溶加棒(フィラーワイヤー)を足してないので盛り上がっていない。むしろヒケが出て凹んでいる。

Img_1158

 

趣味で溶接したい人が使うには、溶棒が有力候補。専用の溶棒を使えばステンレスは溶接できるが、アルミは不可能。その他の2種類は原則としてガスが必要なので、予備知識のない一個人の導入は若干難しい。ガス不要の半自動も出回っているので、そういうのが良かろうかと。

また、動力(三相200V)の電源を必要とする機器も多い。一般家庭に引き込まれているのは「電灯」というヤツで、単相100V。最近は単三(単相3線式)が多いので200Vは取れるが、動力機器は使えない。

ホームセンターで売られているアーク溶接機は100VでOK。ノンガスの半自動も100VでOK。ごく一部のTIGは現場工事への持ち出し用に100Vで使用可能だが、割高であり、確かアルミの溶接できるものはラインナップが無かったと思う。
 
今回シフトスピンドルを溶接するのはTIG。

Img_1166

シャフトの後部は固定用のボルトが通るので肉盛り不可だが、その他の部分は小さな肉盛りであれば可。

Img_1167

アッサリ復活。

 

それにしても間近で見ると・・・280馬邪は、ボロい。
 
さてさて、純正部品はいつ来るのだろう・・・?

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未確認飛行物体

2008-08-01 20:02:53 | 俺のR45

あなたにとってアイドルとは誰であろうか。
一口に「アイドル」と言っても、人によって定義はまちまちであろう。
たとえばクラスのアイドル、学園のアイドル、あるいはネットアイドルなんてのも含まれるが、今回この場ではテレビや雑誌に出てくる・・・という事に限って話を進めたい。

 

現代社会はメディアの氾濫によって情報過多ともいえる状態である。各情報は細分化されて、志向性も個々によって異なる。コアだとかニッチだとかフェチだとか・・・。故に先に例を挙げたネットアイドルなどは、限られた人たちにとってはアイドルなのかもしれないが、それ以外の人たちにとっては「誰・・・?」という事にもなりかねないワケだ。それどころか各メディアに登場するアイドルに限って物を言っても、有名アイドルから無名アイドルまで、一体何人いるのか判らないほどに名を連ねている。世の中の全ての人が全アイドルを知っているはずもないので、各アイドルのファン数はある程度分散してしまうのではと思われる。
まあこの辺はWikipediaの「アイドル」の記事がなかなか面白いので、興味のある方は参考にして下さい。

 

俺にとってのアイドルって誰なのか?・・・と考えた時、真っ先に浮上してくるのが彼女たちの存在である。
1970年代後半に、この時代のテレビ番組を席巻した女性二人組み、そうピンクレディである。

 

歌手の人気度はしばしレコード(CD)等の売り上げによって表現される。
実際彼女らの、オリコンで連続9曲1位、オリコン5曲連続ミリオンセラー、出荷枚数10曲連続ミリオンセラーは、歴史に名を刻む物であった。シングル首位63週の記録は現在未だに破られていないのだそうだ。
数字的な記録だけ見れば「へえ」で終わってしまうのだが、この記録が今ほどメディアの発達していない1970年代に樹立された物である事を強調したい。
しかも「アイドル」と呼ばれる存在は現代よりも極端に少なく、トップアイドルにはますます人気が集中してしまっていたのではと思われる。
この当時の録音は、今と違ってアナログである。売り出される記録媒体はCDなどではなく、LPやドーナツ盤と呼ばれるシングル。機器の普及率も低く、聞くにしても大袈裟なレコードプレーヤーに盤を載せ、慎重に針を落とさなければならない。こういった時代にコレだけの枚数を売り上げたのは、正に驚異的なものであったと思わざるを得ない。

 

同じ時期に人気があったのは、以前の記事にも書いたキャンディーズ。アイドルではないがザ・ドリフターズの人気もかなりの物であった。ヒット曲としては「およげ!たいやきくん」(1975-1976に大ヒット)とか「ビューティフルサンデー」(1976年に大ヒット、日本語版も後ほどリリースされたが、英語の歌が流行るのは異例の事であった)、「山口さんちのツトム君」(1976年に大ヒット)などなど・・・。スーパーカーブームもこの頃の事。この時期は正に黄金期で、全てを列記するのは困難である。これ以外にも俺が個人的に思い入れのある物は数多いが、この場ではご容赦いただきたい。
この時代を知る人はこれらのヒットが現代のヒットとはまるで格が違う事を知っているはずである。
ピンクレディーの特徴はインパクトのある曲、子供たちにもマネをしやすい振り付け、派手で斬新な衣装。現代のアイドルはファン層がある程度分かれてしまうが、ピンクレディーはチビッコからオトナまで幅広い年齢層のファンを獲得。セクシーでありながら健康的なキャラクターが功を奏したのであろう。
ピンクレディーが絶頂期であった頃の俺と同じ歳の長女を見ると、プリキュアやポケモンにしか興味を示さない。ピンクレディーのようなスーパーアイドルは、現代には不在なのである。

 

「ペッパー警部」でデビュー以降、「SOS」、「カルメン’77」、「渚のシンドバッド」、「ウォンテッド」と快調なヒットを飛ばす。
彼女らの歌の中で、敢えて、敢えて敢えて一曲を選ぶとするならば、この曲であろう。

 

「UFO」
http://jp.youtube.com/watch?v=6X6dNCkWSuI

http://jp.youtube.com/watch?v=orGjSb1GGb4

http://jp.youtube.com/watch?v=ZwuByx7AuqE

http://jp.youtube.com/watch?v=OeFWQ7Z1E6g(レコード大賞受賞時)

http://jp.youtube.com/watch?v=1Jt-3RPMc0A

http://jp.youtube.com/watch?v=wdoRbc_wxHU

http://jp.youtube.com/watch?v=mN9eBIafCNY

 

各収録映像によって曲のテンポにかなりのバラツキがあるのが気になる。
当時から言われていた事だが、ケイはミーに比べて踊りの動きが小さい。ケイは踊りのレッスンでもそれを指摘されていたと聞いた事がある。
最後の映像は恐らく2003年の再結成時の物である。ケイの踊りが非常に上手くなっているし、現役当時とはまた異なる魅力が出ているように感じる。この時お二方とも45歳ですぜ。

 

この曲はまた最近、ケイがセルフ(と表現していいのかな?)カバーしてますな。

 

その後も「サウスポー」(ホームラン王、王貞治氏が題材になっている)、「モンスター」、「透明人間」・・・この後から俺の「ピンクレディー」に対する記憶はフェードアウト。
彼女たちの歌の大半が阿久悠(作詞)・都倉俊一(作曲)のコンビによるもの。
阿久悠氏は現在で言えばプロデューサーであろうか。元々「クッキー」という名の地味なフォークデュオであった二人を(コレについては諸説あるが、個人的にはこう表現しておきたい)、スーパーアイドル・ピンクレディーという名の社会現象に作り上げたエネルギーの持ち主。本日8月1日の氏の一回忌にあたって偲ばずにはいられない。

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