THE FOURTH PARTY

チョイ毒エッセイのようなもの。コメント欄でのやりとりはしません。用事がある人のみ書き込んでくだされ。

久々のスタートバー

2017-02-27 13:00:20 | 正吉君モトクロス
MFJモトクロス中部選手権の開幕戦にエントリーした。

急いでエントリーしたのは、他の地区からのスポット参戦者が#17を使ってしまうのを心配したため。今のところそれも不要なくらい寂しい台数だけど、レースは成立は決定。
今シーズンはガチではなく、上級生に引っ張ってもらうことが目的だったが、それも大丈夫そうだ。

選手権に全戦エントリーするかどうかは微妙なところ。家庭の事情で(笑)、もうすでに第2戦の美杉のエントリーを悩んでいるような状況。
美杉・コスモともに我が家からは日帰り練習は厳しい距離で、前の週に泊まりで練習に行き、レースの時は前日入りするとなると、俺にはかなりの負担となる。
まあ、正吉君にとっても俺にとっても「目標がない」というのはダメだと思うし、他のライダーのためにも頑張って出場したほうがいいのかな。
もう少し考えてみよう。

今期からMyLaps導入ということで、いなべで日曜日にポンダを使った模擬レースが行われた。

正吉君、2ヶ月ぶりのスタートバー。

1本目は、正吉君の前の年の50プロチャンプであるS君が転倒したので一旦先行するが、あっさりパスされて、パドックでボロボロと悔し泣き。模擬レースごときでそこまで泣かんでも(笑)。
2本目のスタートではS君が三味線を弾き、序盤先行するもパスされるときに接触転倒して引き起こしできず、電池切れ。
3本目もやはりS君が三味線を弾き・・・すぐに抜かれて終わり。
まあ、今のところはこんなもんだろう。

2月からボチボチといなべに行くようになり、走るたびにラップタイムを2~3秒縮めている。
自力でコース攻略方法を考えない正吉君は、アウトドアコースが苦手なのではないかと思っていたが、いなべに関してはドライならば路面が多度に似ているせいか、割に走れるようだ。全日本CXで色々なところを走ってきたのも効果があったのかも。今シーズン中にはそれなりのレベルになるのではと期待しているのだが、頭の悪さだけは何とかならないものか・・・(トホホ)。

さてさて、多度が走れない間(俺は今後、こう表現することにする)、モトクロスにどうやって取り組んだらいいのかと悩んでしまっている。
ここ最近は週末ごとにコースコンディションが悪く、まともな練習ができないことが多かったしね。
いなべに行くことが多くなるだろうと思って、散々悩んだ挙句、¥65000払って年間フリー会員になった。いなべは高速使うと往復で¥3000ほど掛かるので、下道1時間で行けるMXトヨタとの2箇所がメインになるかなぁ、というところ。
今までと同じペースで練習に行くと、どこへ行っても財布への打撃が大きくて(笑)、困ったものだ。多度の「¥30000払って1年間走行毎に¥1000」&その半年バージョンというのは、とてもありがたいシステムだった・・・。

まあ、正吉君は65に乗っているので、まだ走る場所がある。でも、50の子達は本当に困っているみたいだね。特に50ccに残留予定だった現3年生(4年生になるとMFJの50ccレースには出ることができない)はどうしたらいいのだろう。
先週末土曜日はMXトヨタがビギナーズデーだったので、多度っ子の50キッズが数名集まった。しかし、柔らかい路面のマウンテンコースは、50ccでは周回するだけでも大変。
いなべのミニコースはあのボリュームで(失礼)¥3500というのがネックのようで、今のところ誰も見掛けたことがない。
トラッカーコースが使えない状態のスラムパークで、¥2000払ってトレールコースという人が多いようだけど、やっぱり物足りないらしい。
多度があることによって、このエリアの他のモトクロスコースは、敢えて50ccのことには手を出してこなかっただろうしね。
とりあえずは、中部選手権で50ccクラスが全戦成立してほしいなぁ。ちゃちょうが応援に来てくれたら、テンション上がるよね(笑)。
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弐号機にバトンタッチ

2017-02-20 16:07:45 | 正吉君モトクロス
コースコンディションの良い日に新車のナラシをしようと思っていたのだが、なかなか好天に恵まれず。
どうにか19日の日曜日の午後に、エンジン始動となった。


65に乗り始めた頃は明らかにバイクがデカかったのに、最近になって見た目のバランスが良くなってきた。
俺が「全開にするなよ」と言ったのを忠実に守ったにも関わらず、正吉君は新車を「速い」と言っていた(笑)。今までのマシンがボロボロだったからなぁ。

新車を下ろす時、緑色の養生テープを貼りまくって傷つき防止にする人が多いけど、俺は職業倫理に基づき、養生テープ代わりに新品のプロテクトデカールを貼るのである(笑)。


職業…とはいうものの、一部の材料はわざわざ輸入しているため、コストはそれなりに掛かっている。

今まで乗っていた65初号機は、破格で譲っていただいたもの。
元々3年生のシーズンは50㏄がメインと考えており、これほど65に乗る事になるとは思っていなかった。

常に時間が足りない俺は、メンテ放置っぷりも激しく(笑)、タイヤは前後とも完全ツルツルになるまで交換しねーわ、ラジエターが漏れているのに継ぎ足しで走らせているわ(笑)、ピストン&ピストンリングも譲り受けて1年以上交換したことがないわ(笑)・・・と、マトモな状態では走っていない。
ほぼ「投げバイク」と思っており、逆にKX65では何に気を付けてメンテするべきかを勉強させてもらった。

50㏄の時は、TT-R50Eが少数派だったので、出先でのトラブル時に人に頼ることが出来ないという理由もあり、本番用と練習用の2台体制にしていた。
実際、50㏄はビックリするような壊れ方をする。
フレームやスイングアームが折れるのは当たり前。クラッシュすればフロントフォークが曲がったり、ハンドルストッパーの溶接が外れる。すぐにスポークが緩んだり折れたりするので、マメにチェックしないとリヤホイールを壊してしまう。ハブを割ったこともあったなぁ。

65はそこまで壊れないのだが、やたら「減る」という事が分かった。「減る」代表格は、何と言ってもガソリン・オイル・タイヤ。
ガソリンは1日当たり7リッター。2stオイルは40:1の計算で1日当たり175㏄消費するので、1リッター缶1缶を6日間で消費する計算となる。たかだか65㏄にバイクをトロトロとはしらせているだけでこれなので、正吉君がいずれ85やフルサイズに乗った時にはどうなるのか・・・。

リヤタイヤはツルツルになるまで使ったとしても、1ヶ月が寿命。マディの練習だとタイヤは減らないが、ブレーキパッドが減る。
よく言う「クランクの交換」。これはクランクがダメになるのではなく、コンロッド大端ベアリングが壊れるという事。ガンガン乗っていると半期に一度交換を余儀なくされる。
エンジンが壊れる・・・ではなく、ベアリングが寿命を迎えるという考え方をした方がいいのだろう。

TT-Rの2台体制では、確かにレース前の整備の負担は軽減することができたのだが、トータルの手間とお金は余分にかかった。面倒を見なければならないバイクが2台に増えるのだから、当たり前だよね。

65は50ほどは壊れない上に新車を使うので、練習車と本番車という2台体制にするメリットはミニマムだと判断。NEWマシンの方をメインで使っていく事にする。より良い状態のマシンで練習したほうが、上達も早いのではないだろうか。
今まで乗っていた方は、万が一のトラブル時のスペア&コンディションが悪い日の練習用とか、そんな感じにするのが良さそうだ。これで一度、お金をかけすぎないようにしつつバシッと直してやろうと思っている。
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二十歳過ぎればただの人

2017-02-17 12:57:43 | チョイ毒エッセイのようなもの
正吉君と同年齢だった頃の自分と、正吉君を重ねて想いに耽ることが多い。

小学校3年生の3学期。その頃の俺は、親父の転勤で静岡に住んでいた。
静岡は小学校3年生の1年間しか暮らしていないにも関わらず、とても思い出深い場所である。自分の肌に合っていたのだろう。

この時の担任の先生が、とても音楽好きの方だった。
クラスで唄う歌はアコースティックギターで伴奏をし、クラリネットの演奏を披露してくださったこともある。
今ではさすがに疎遠になってしまったが、教職を定年された今も民間のオーケストラの指揮・指導をされているようで、ネットでお名前を見つけることができる。

当時から音楽が得意だった俺のことをとても認めてくれていて、俺が引っ越す日にプレゼントしてくれたのが、小学校3年生にとっては「まさかの」オーケストラのスコア。
チャイコフスキーの交響曲第4番。小3に対しては渋すぎる選曲だ。

そんな事をふと思い出して、納戸の本棚から引っ張り出してきた。俺が買い集めたスコア共々、すぐに手の届く場所ではなく、納戸にある。

裏表紙にはこんなメッセージがある。


“〇〇君(俺の事ね)は、音楽家になる!”
当時の俺を見て予言し、太鼓判を押してくださったのだ。

記憶がないくらい小さい頃に、姉貴が通い始めたヤマハの音楽教室に付き添いで行っていた俺は、生徒たちよりも張り切って歌ったり演奏したりするので、強制的に受講せざるを得ない事になったのだそうだ(笑)。
言葉すら覚束ない小さな子供が、絶対音感を持ち(もちろん今でも健在)、即興でハモったりするので、その頃から「天才」と言われていたようだ。

そして、静岡から引っ越した先の担任の先生がまたまた音楽好きだったのだが、そんな俺をすぐに目に留めたようで。
転入して間もない頃にいきなり「みんなの見本で1人で歌え」と言われた俺は、拒否して泣いた覚えがある。
(歌がバツグンに上手かったという意味ではなく、音程が極めて正確とか、リズム感が優れているとか、即興でメロディーを奏でたりできる…ということではなかったかと思う)

当の本人である俺は、当時はそれほど音楽が好きなわけではなく、工作や絵の方が好きだった。
先生からこのスコアをプレゼントされたとき、「ボクは、カーデザイナーになりたい」と答えたな。スーパーカー少年だった俺は、スーパーカーと自分との接点であるデザイン&デザイナー・・・、マルチェロ・ガンディーニやジウジアーロ、ピニンファリーナに憧れていた。

お袋が生前、俺が3歳のときに描いたという親父の似顔絵を見せてくれたことがある。
これが衝撃的に才能を感じる絵だった(笑)。
3歳というのはフカシが入っていたかもしれないけど、仮に3年生だとしても「天才」で通用するくらい。
実際に音楽や美術、工作などのクリエイティブ畑ばかりを歩んできたわけで、何らかの能力を持っていたのだろうな、とは思うことがある。

そんな俺が、なぜに単なる町工場の親方になってしまったのか(笑)、色々と考えた。
一つは、天才と言われすぎた事。
他には…人のせいにするのは良くないが(笑)、それを伸ばす環境が、家庭に無かった事。
そして、割と器用だったおかげで、他にも好きで得意なものがたくさんあった事だ。

自分の才能の上に胡坐を掻き。
それに集中する環境を得られず。
そして、浮気先や逃げ場がたくさんあったって事。

十で神童、十五で才子。二十歳過ぎればただの人。
なんでも来いに名人なしとは、今もって尚、痛感するものがある。まあその半面で、現在の仕事において零細企業ながらワンストップであるというのは大きな誇りであり、何とかやっている理由でもあるのだが。

我が家の家訓に「一芸に秀でるよりも、全てに中庸であれ」というのがあるが、子供たちのルーツが分かってきてからは「一芸に秀でよ」に路線変更した。

今悩むのは、能力に偏りのある我が子3人に、何を取り組ませ、どうやって、どの程度入れ込むべきなのかということ。
仮に俺が明日事故で死んだとしても、子どもたちが生きていけるだけの何かを掴ませてやりたい。
それだけである。
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YZ65

2017-02-13 12:02:47 | チョイ毒エッセイのようなもの
とてもいい天気なのに、前日から未明にかけての積雪で、近隣のモトクロスコースがクローズとなった週末。
いなべは日曜日は営業とのことだが、写真を見ると雪で真っ白じゃん(笑)。

秘密の練習場所に行くか?・・・との問いに無言で2階に上がる正吉君。
そこへ行くと間違いなく俺にしごかれるからだろう。

俺もまるでテンションが上がらず、仕事のような休日のような、ウダウダしているだけのような二日間となってしまった。

これではイカンと重い腰を上げたのが日曜日の夕方。
長らく手付かずの時期マシンのKX・・・ではなく、YZ65(笑)の仕上げ。


この写真を見た瞬間に車種が分かる人はいないだろ(笑)。

先週のマディ練習で、一発ですり減ったブレーキパッドを交換。


なにより、この下がりきったテンションをなんとかしないと(笑)。
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根性が足りなかった!

2017-02-07 17:07:01 | チョイ毒エッセイのようなもの
正吉君のインフルエンザが一段落したかと思ったら、今度は次女と俺がインフルエンザの毒牙にかかってしまった。
日ごろより「風邪やインフルエンザになるのは、根性が足りんのだ!」と言っている俺本人に、根性が足りないことが証明された(笑)。

我々仕事人が良く使う言葉に、「風邪なんか引いてる場合じゃない」というのがある。忙しくて風邪など引いてられない、気が張ってれば風邪など跳ね返してしまう…という意味なのだが、これには一応、科学的根拠なるものがあるとかなんとか。実際、俺が体調を崩すのは長期休暇の時ばかりだった。

月曜日の朝から喉の痛みと関節の違和感を感じ、同じく体調不良の次女とともにかかりつけの病院へ。
当然顔を覚えられているので、入り口から入った瞬間に受付や看護士さん、お医者さんに笑われてしまった。

こうなってしまうと困るのは、全てに俺の代役がいないということ。
晩に39度の熱が出たが、家事はそれなりにこなした。うーん、エラい(名古屋地区で“しんどい”の意)のは確かだけど、徹夜続きのフル稼働の時の疲労に比べれば、まだマシのように感じたよ。
一晩寝たら一気に回復して、今は少しだけ違和感がある程度。

うちはじいちゃん&ばあちゃんがいない。子供たちにとっては、母親方のばあちゃんは存在するが、かなり遠方に住んでいるし、俺とは縁遠い。
俺の姉が群馬県に住んでいるけれども、愛知県と群馬県は交通の便がものすごく悪い。子供たちには従兄弟が2人いるのに、なんと正吉君は一度も会ったことがない。たまたま通りがかる場所でもないしね。
毎年年末の恒例だった餅つきの家主が亡くなって以来、そこには少し足が遠のいてしまっている。オフクロの在所ではあるが、実家ではなかったからね。

だからして俺は、ぶっ倒れている訳にはいかないのだ。

さてさて。
モトクロスランド多度の2016シリーズチャンプの副賞がモトスペースの商品券だった。
多度の今の状況を思うと、これを使っていいものかと心が痛んでいたのだが、使わないのもイカンだろうと考えを改めて買い物に行ってきた。早目に使わないとモトスペースにも迷惑をかけてしまうだろうしね。
おこがましいかもしれないけど、親類の少ない正吉君だから、じいちゃんばあちゃんにご褒美を貰ったくらいの気持ちになったほうがいいのかなあ、と。

とりあえず、ウェア&プロテクタ類の見直しはこれでコンプリート。
ありがとうございます。

わざとらしい写真だ(笑)

モトスペースは俺の地域からすると多度の倍近い距離があるので、評判を聞いているにも関わらず、なかなか行ける場所ではないんだよね。
お店に直接行ったのは今回で2回目なんだけど、商品知識の高さとか、こだわりの品揃え、すばやい対応、おばちゃんの雰囲気…、多度のちゃちょうとおばちゃんに通じるものがあるなぁ…と。

モトクロスは正吉君にとって「唯一、大人と接することのできる場所」でもある。立ち止まっていても仕方がないから、これで一旦リセットしよう。

でも実際、本当に事態が好転するかもしれないぞ。
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