連日の雨模様で蟄居工作中である。プルトイ作りも仕上げの段階に入り、ますます室内作業は出来にくくなった。お天気が良ければ縁台で作業可能なのだが降雨中はそれも叶わぬ。仕上げ作業はサンダーやサンドペーパーで研磨する時間が長く、細かい粉塵が大量に発生する。出入りの窓を締め入室時には箒や刷毛で着衣の粉塵を落としていても入り込む粉塵は防げない。
これだけでも吐息の漏れる事なのだが、室内での仕上げなどもってのほかで、仕上げねば遅れるだけだから、ついに雨除けのシートを取り付けての作業となった。
何時もの脱線、「もってのほか」、今が旬のはずで、丼鉢にくらいついて食べたい…。若い頃、郷里から株分けしてもらい庭に植えつけたのだが地味が合わないのか消えてしまった。そういえば降雪地の食材である。白くなった三山と桃色の花の取り合わせが郷里のイメージでもあり、プルトイと合わせ、もう桃色吐息だ。
このもってのほか、調理時に総苞を取り除くのが上品な食べ方だとする向きもあるが、小生は総苞こそ美味しさの源泉で「もったいない、もってのほか」、邪道である。
それはともかく「雨は降る降る人場は埃」てな毎日で、それでもシートのお蔭で暇をもてあます事がなくなった。その結果、作業に余裕が生まれ雑念も生じてくる。不祥事ではないものの、どうなるか現物を見たかった「彩色片瞑り」のプルトイに一日費やしたのだ。
こんな事が出来るのも、イベントの日程が記憶より一週間後だったと判明し余裕が出たためでもあるけれど「小人閑居して不善を為す」見本を地で見せたようになった。
大奥御一行
お局様ご臨席
部材採りは簡単、プルトイの中でも作りやすい形態で、彩色出来上がりだけを見たいのである。当初、車輪は黄色のイメージだったが色が無く、似たような金色で彩色してみた。思っていたほどのインパクトは感じられず拍子抜けである。
幼児の玩具に、この色彩感覚では世のママ達から絶大な非難を浴びせられそうだから門外不出の扱いになりそうだ。黄色が金色に変わっても山吹色にしたとしても見栄えは大差ないように思えたが、まあ「山吹の色は付けても・・・実のひとつだに無きぞ哀しき」の顛末となった。
一言で評すれば「大奥のお局様」これに尽きる。
色付けて春過愁冬あきの暮れ
色惑い初冬の郷里へひとっ飛び
これだけでも吐息の漏れる事なのだが、室内での仕上げなどもってのほかで、仕上げねば遅れるだけだから、ついに雨除けのシートを取り付けての作業となった。
何時もの脱線、「もってのほか」、今が旬のはずで、丼鉢にくらいついて食べたい…。若い頃、郷里から株分けしてもらい庭に植えつけたのだが地味が合わないのか消えてしまった。そういえば降雪地の食材である。白くなった三山と桃色の花の取り合わせが郷里のイメージでもあり、プルトイと合わせ、もう桃色吐息だ。
このもってのほか、調理時に総苞を取り除くのが上品な食べ方だとする向きもあるが、小生は総苞こそ美味しさの源泉で「もったいない、もってのほか」、邪道である。
それはともかく「雨は降る降る人場は埃」てな毎日で、それでもシートのお蔭で暇をもてあます事がなくなった。その結果、作業に余裕が生まれ雑念も生じてくる。不祥事ではないものの、どうなるか現物を見たかった「彩色片瞑り」のプルトイに一日費やしたのだ。
こんな事が出来るのも、イベントの日程が記憶より一週間後だったと判明し余裕が出たためでもあるけれど「小人閑居して不善を為す」見本を地で見せたようになった。


部材採りは簡単、プルトイの中でも作りやすい形態で、彩色出来上がりだけを見たいのである。当初、車輪は黄色のイメージだったが色が無く、似たような金色で彩色してみた。思っていたほどのインパクトは感じられず拍子抜けである。
幼児の玩具に、この色彩感覚では世のママ達から絶大な非難を浴びせられそうだから門外不出の扱いになりそうだ。黄色が金色に変わっても山吹色にしたとしても見栄えは大差ないように思えたが、まあ「山吹の色は付けても・・・実のひとつだに無きぞ哀しき」の顛末となった。
一言で評すれば「大奥のお局様」これに尽きる。
色付けて春過愁冬あきの暮れ
色惑い初冬の郷里へひとっ飛び