トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

棚田の田植え

2013-06-10 | 遊び子は

Photo  曇天の田植え日和、復元と言うより再生させた棚田へ、最初の田植えに子ども達がやってきた。すでに小生の手からは離れてしまった棚田であるけれども、刈り払い作業を中断して眺めに行った。

 大きい田の残り部分は親たちが、残りの二枚は幼稚園児が田植えするのだという。親たちのあまりにも手際の悪さに直接聞いたところ、全員が初体験なのだそうな。南魚沼産の「頭ひかり」である小生を基準にしては酷と言うものである。

 子ども達はと言えば、やはり一人くらいは泥の中に入らないのがいる。それはともかく、親たちより楽しんて田植えしていた。こんなところに世代間差が出てくる。この1月2月頃は、まだ浸食溝が並ぶ荒れ野だったとは小生だって信じられない光景で、水辺を造成し、小さい生物が増えるのは意に適っているのだが…、水の泡も顕在化してくる。


田植えの準備

2013-06-09 | 感じるままの回り道

Photo_4  田植え前の草取りとかで、復元した棚田に周辺をフイールドにする子ども達が入っていた。日曜に田植えなのだ。

 大きな田の東半分は、所轄のグループが田植えをし、区切りの目印に孟宗竹を横たえてある。田植えを済ました代表と話をしたのだが、「田圃は田圃」と言う認識が強い。だから、水草のコナギやシャジクモの保全は水稲より下位にある。

 「景観として棚田を再生して、本質は生物保全の水辺」と言うような考え方は邪道の様だった。まあ、生物多様性をもくろむなら「意見多様性」をも認めざるを得ないのだが、実質、再生し水見回りしている側と、従来よりフイールドを勢力範囲としていた側とが一致しないのは不幸の一歩でもある。

 国家間のように紛争に至らないのは、越境したのは小生なので、「水辺を倍増出来た」点で、腑に落とすしかないと結論づける故であろう。それにしても、もう一段上は手を出せない主要部なのだが、もったいなくてしょうがない。


飢餓難民

2013-06-09 | 蝶の食草園

Photo  10本以上蔓を伸ばしていた庭のウマノスズクサが、ついに姿を消す時が来た。最後の地上部は10㎝足らず、二匹がむさぼり食っている。予想以上に大食漢で、地表は丸い糞が敷き詰められてしまった。

 何齢の幼虫か不明だけれど、食糧不足は明白になったので、強制移住させた。前日は2本の蔓に7匹いたのだが、今朝は3匹しか見いだせなかった。蛹になれた個体だったのかどうか…。

 ピーク時の幼虫は20匹を数えたが、大多数は行方不明になった。ウマノスズクサは除草しないで残してきたけれど、ことごとく地上部は食べつくされていく。Photo_2Photo_3この草と幼虫の関係で、ウマノスズクサは「恩恵」あるいは「メリット」なるものがあるのだろうか。「喰われっぱなし」としか映らない関係でも、なにかあるのだろうね。そう思いたい。

 フイールドの食草園に移住させた難民は元気だ。


アマガエルの卵

2013-06-08 | 感じるままの回り道

Photo_5  前日に、浮遊する卵塊を見つけたのだが、ケータイを忘れ撮影出来なく、翌日、一番に立ち寄った。

 すでに多くは飛び出して、残ったのは白濁した死んだ卵だけになっている。水面を透かして観察すると、周囲には既に孵化が済み、空になったゼラチン質がいっぱい浮遊している。

 アオガエルはメレンゲ状の卵塊だし、これはアマガエルの卵塊と断じて差支え無いだろう。気が付きにくい卵塊でもある。


アオガエルの卵塊

2013-06-08 | 小父のお隣さん

Photo_3  水辺を増設していたら、畦にしたい場所にメレンゲ状の卵塊があった。テニスボール大で、明らかにモリアオガエルではない。中の卵も見えているが不透明だった。

 真っ黒に見えるほど発生したヒキガエルのオタマジャクシが育ち、一斉に山に散ってしまうと、しばらくはオタマジャクシは見られなくなる。それでも気が付いたときには2種類に見えるオタマジャクシが泳ぎ始めるのだ。

 泡のように水面に浮かんだ卵と、写真のように卵塊の卵は確認するが、孵化は見た事が無い。シュレーゲルアオガエル、アマガエル、ツチガエル、モリアオガエル、タゴガエルなどは生息しているけれど、現在、遊泳中の大小のオタマジャクシはどの種かはわからない。ツチガエル、タゴガエルなどは卵そのものを見た事が無い。


ヒゲナガカミキリか?

2013-06-07 | 小父のお隣さん

Photo_5  作業を終え乗車しようとしたら屋根にカミキリムシがいた。違和感があって見つめなおしたら触覚が長い。

 おそらく「ヒゲナガカミキリ」だと思い撮影したが、蝶やトンボほど食指が動かない昆虫だ。森の循環の中では役割を担っている生物なのだろうが、どうしても悪役…害虫のイメージが抜けない。Photo_6

 それに引き換え、蝶などはどんなシーンでも受容し共感してしまう。全てが生きることから発しているとは言え、カミキリムシ類にとっては誹謗中傷、言語道断、虫種差別の扱いになるのだろうか…。

 


泥水地の刈り払い

2013-06-07 | 水辺環境の保全

Photo_3  春先の花が一段落したから、畦や堤を刈り払った。

 すでにハルジオンの花期は終わり、ヒメジョオンの開花が始まっている。どちらも似たような高さで、同じ環境で開花しているから、ほとんど区別していない。

 高生種で、子ども達の姿は埋もれてしまうから、安全のために水辺の視界だけ確保した。それでも水際の羽化台になるような植生は残したから、一般的には「手抜きの草刈」と思われる仕上がりである。

 環境修復の資料で、刈り草は運び出す記述があった。昨季は運び出さなかったら、冬になって猪の掘り返しが酷かった。それに懲り、今回は運び出す。

 


*カエルの歌が

2013-06-07 | 感じるままの回り道

             クワックワッもゲコゲコもおる第九かな

             乱蛍の闇に負けじとカエル鳴き

             夜っぴ鳴きバトンを鳥に寝にカエル

             カエル止み小鳥さえずる今日も晴れ

             一夜明け棚田主峰を写しけり


ビワの甘酒

2013-06-06 | 何よりの楽しみ

Photo  梅雨空で休みの一日、退屈しのぎにフルーツ甘酒を作ってみた。レシピ本の「梨の甘酒」を真似た一品だ。

 今が旬の桑の実にしようかビワにしようか迷った末に、ビワで作ってみる。クワは、既にジャムであるし、甘いだけのスイーツになりそうに思えたからである。

 結果は「小生的には生果が良い」になった。決して不味くは無いけれど、あえて6時間もかけて作るほどの良さも無い。レシピ本にあった梨の甘酒もそんなものだろう。発酵食品は、その持ち味が生きてこそ美味しいのであって、目先を変えたり奇をてらったりするのは「邪道」だった。その結果は「シャドー」だった。


一簣を覆すと雖も、進むは吾が往くなり

2013-06-06 | 小人閑居して憮然

Photo_5  年が明けてから5か月間、成り行きまかせで復元をしてきて、三枚の田圃がようやく揃った。

 形状が整い過ぎて面白味に欠けるけれど、V字浸食溝だらけの薮原だったとは、小生だって信じられない出来栄えである。

 築くだけ築いても「実効支配」は出来ない、ボランティアへのボランティア活動なので、後は眺めるだけだが、「ロンリーワン」としての自己満足感は十分に味わえる。

 復元田全てに田植えをするかどうか知らないけれど、近日中に就学前の子ども達が田植えをするとの事だ。小生にとっては「田植え」してくれると言うより「トンボの餌植え」が心情に近い。おそらく稲穂は猪の腹に納まるだろうが、水稲に発生する虫は、カエルやトンボ、クモ、カマキリたちの食料として活きる。誰かが満腹になる「それが望み」なのである。

 ただ、大きな懸念事項が出てきた。くだんの田植えをしたいと話を持ってきたグループは「中干し」を予定しているようなのだ。仲介をする前に、「稲田」ではなく「生物保全」の水辺だと伝えたのだが、環境教育のスタッフでさえこの意識だから、「あーあ!」と「排田的」思考が出てくる。とかくこの世は難しい。


ササユリ開花

2013-06-06 | 性向有毒の翁なれば

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  ササユリが開花した。記憶を頼りに自生地点を尋ねたが、昨年の半分以下だ。数本が群生している個所は無くなって、全体で4株しか確認できなかった。ようやく増えたと思ったヤマユリは全滅の様だ。

 獣害より盗掘で、盗掘者は再度来るのは「お約束」みたいなものだから、たった数株も風前の灯、もう移植して保護も考えねばならぬ時期になったかもしれない。昨年までは、開花時に人工授粉をし、花びらは切り取って、人目に付きにくいようにしてきたが「鵜の目鷹の目」には負ける。

 今季は、種子を作らせないで球根の充実を図ってみるために、花も蕾もすべて外してしまった。落ち葉の下に埋もれさせる鮮やかな花びらは、はっとするほど瑞々しくオフェリアのようで、なんとも哀れだ。


クルミの発芽

2013-06-05 | 感じるままの回り道

Photo_2  次兄が口の開いたクルミを送ってくれた。ボットに埋めておいたら全てではないものの発芽を始めた。クルミの播種は初めてではないが、深く埋めていたから状況は見れなかった。

 今回はたまたまであるけれど、パックリと割れて芽をもたげるところを観察できた。他のポットを見ると、すべてがパックリと貝のように開いて発芽する訳でもなさそうなのだ。Photo_3

 ここまで顕わになって腐食の心配もしたが、取り越し苦労の内だろう。一日たって白かった新芽は緑を帯びてきた。連日の雨模様で日光には当たっていないが、それでも光合成は出来ているようだ。

 


今日のトンボ

2013-06-05 | 小父のお隣さん

Photo_2  トンボ池に羽化間もないイトトンボがいた。体長は50mm程であるが色も薄くて、小生には判別不可能だ。

 翅が体長に比較すると短い印象だったが、何よりも等間隔に見える尾の線が 印象的だ。「モノサシトンボか?」と期待して見ていたのだが、見ていても判るはずもなく、そうだといいなあと撮ってみた。

 モノサシトンボは存在はしているらしいのだが、小生は見た事が無いのである。まあ、「トンボ守り」している訳でもなし、無料の宝くじを持っているようなものだ。

 今年は、イトトンボの羽化間もない個体を良く目にするし、キイトトンボとの遭遇も増えた。小さいけれど小生には別格だ。


棚田の増設

2013-06-04 | 水辺環境の保全

Photo  上段のビオトープに大きな漏水孔が顕在化し、耕盤陥没に近く補修どころではなくなった。急遽補修も出来ない規模なのを、担当グループに現状確認してもらったから、流路が右手で確定する事になった。従前は法面を落としていたのだ。

 ただ斜面を流すのももったいないから、田圃、と言うより水辺を一枚新設した。畳3枚分程度の水面積だけれど、ゆるい傾斜に作ったから「浅い水辺」としてはなかなかの好環境になった。Photo_2

 多少なりとも貯水したいから、下の田圃を拡幅しながら土を取り、堤に盛り上げる。結果的には3枚の段違いの田圃が現れて、景観的にも「復元田」に見える。こんな作業をしていると必ず「田圃ですか?」「田植えは何時です?」と質問される。

 見た目は田圃でも「水辺環境の保全」を意図している小生としては、説明するのが面倒くさい。今日も探鳥に来た人から質問されて、休憩代わりに答えていたら「何となくわかりました」と言ってくれた。水辺を作り、水稲を植える…のは「生物保全」には結び付きにくいらしい。


アゲハはお馬鹿さんなんだ…

2013-06-04 | 勢子、雨毒に侵されて呻く

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 「ニールのお馬鹿さん」どころではない。「やっぱりお馬鹿さん」そのものである。親蝶は食糧以上の産卵をしていくし、故に幼虫は飢餓難民となり、悄然とする姿は毎年の事なのだ。

 それはともかく、今回は、自ら命の蔓を断ってしまった。蔓の上部1メートルほどの葉は食べ尽くされ、それは良しとしても、蔓を途中から喰い切ったのである。上部には40mmほどに育った兄弟2匹がいる。幼虫に「大局観を持て!」と説教する器ではないけれど、あまりにもお馬鹿な連中、ジャコウアゲハの事である。

 まあ、放射性物質を換気扇を回して外部放出した幼虫、いえ連虫に比べれば大したことは無いか…。アゲハの幼虫は、全て自己に帰して終わる自己完結だ。アノ派の連中は、事故は市民に帰して頬かむりする。これでは事故貫徹、「おお馬鹿さん」では済まないし、「邪考アロハー」では困る。

 アゲアゲだった「アゲ派」の習性は、終生消えないものと強く感じ入った次第…。性とは哀しいものですねえ。