トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

ニホンアカガエルの卵塊

2021-02-18 | 小父のお隣さん
 タマシギにトンボ池の卵塊を乱壊されてしまったのはほぼ8塊。幸いにもそのあとに産卵があって失った卵塊を補充してくれた格好になった。防鳥網を張ろうかどうしようかと迷っているのだが小さいタマシギが水域に入り込まないようにするには低く張らねばならない。3月に入ればヒキガエルの産卵も始まるしヒキガエルをネットに掛けてしまう恐れもある。結局、自然環境の攪乱と考えてネットを張るのは止めにした。

 と思う事にしたのはトンボ池で追加の産卵があったから他の水域を見回った結果によるのだった。泥水池と棚田部で30卵塊を数えられ、トンボ池の追加分を含めると40卵塊に達する。昨季は30卵塊に達しておらず、今期は30卵塊を数えるのが皮算用だったのに40まで達したのだ。と言う事から人為的被害では無い事もあり「ネットは張らない」が「ネットは使う」小生なのだ。
 不思議なのは今まで最多多産池だった二つ池には卵塊が全く見当たらない。昨季「準備万端」のつもりで産卵区を整備したのに全く予想もしなかった範囲に産卵しているし、今期は広範囲に広がっている。ヒキガエルなどは「生まれ育った場所へ帰って産卵する」と何かの資料で読んだ記憶があるけれど、それが全てなら生息範囲は拡大変化しない訳で、こういう生物の中にもはみだし者や冒険者もいるのだろう。
        

 ヒキガエルのオタマジャクシの群れを見ていると群れに入らず放浪している個体が必ず存在している。捕食される危険は増えるだろうが、このような指向性や行動が新天地を作り出すのだろうとは小生の深読み。泥水池4の水中にニホンアカガエルの個体が沈んでいた。大腿部に傷があるが他には致命的な傷も無くて死因は不明だ。普段、個体を捕まえて眺めることなど無いので腹部がこんなにも赤いのには驚くばかりだったが、産卵期だけの濃色なのかもしれん。
 上側からの写真と比較するとシーズン中より体側下側が赤み掛かって見える。今まで気づかなかっただけかもしれないがは初夏にお目見え出来れば分かるだろう。
 

足の踏み場もない…

2021-02-17 | 今日は真面目に
 ただいま地拵え中、一番の障害は列植されたマキの大木で、暴れた枝で着ぶくれしているので伐採し難い。掛かり木とならないように伐採するには周囲との関係性で伐採の順序や方向を考えなくてはならず、さしずめゲームか知恵の輪みたいな手太楽でもある。

 そんなこんなで2本伐採したら足の踏み場も無くなってしまった。枝の処理から始めるのは順序だとしても枝落しのために幹まで近づき難くなっている。ここでも処理しやすい部分から進めて行って解体、そのあと集積して次のマキを伐倒するスペースが出来た。マキの大木1本を伐倒し枝の処理と玉切りを行い集積するだけで1日仕事になっている。まあ、一日一善ならぬ一日一本のペースだけれど、鈍いペースでも日数を重ねれば作業終了の時が来るはずだ。
 一本伐採するたびに明るく日当たりが改善されていく斜面を眺めるのは気持ちが和む。

               

今期、ショウジョウトンボは激減かも⁉

2021-02-17 | 小人閑居して憮然
 図書館で特別に探した訳では無かったのだが「何か無いかな⁉」と棚を見ていたら目に入ってきたのが写真の本だ。今まで無かった本なので手に取りつつ「新書も入るのだ…」と思いつつ借りてきた。夕食前にざっと目を通してびっくら仰天、驚天動地。なんとショウジョウトンボの欄に「幼虫は藻の中に潜って育ちますので、池を綺麗にしようと藻を取り去ってしまうと、絶滅します」とあるではないかあー。もう、これで絶滅確定かもしれない。

 その理由は水域内のシャジクモ全草が食い尽くされてしまったからである。こんな事態は今冬が初めてで、今まではこんなことは無かったのだ。昨年初冬から夜間、水鳥が飛来してシャジクモを採餌しているのは時折あったのだが年が明けてからの飛来採餌回数及び採餌水域の拡大が顕著で、現在ほぼ水底にシャジクモの片鱗さえなくなっている。代わりにオーバーフロー部の仕切りに白根の千切れたのが集まって浮いているのだ。底土の中までしゃぶり尽くしているのは間違いない。

 本の記述が正しければ今期のショウジョウトンボへの影響は軽くはないはずで被害甚大かと今から動悸が高まるし血圧も上がりそう。それにもう一つの懸念事項は昨年から年始にかけ降雨が極端に少なく雨水の地表水頼りの三日月池も水枯れ寸前になり、毎期、クロスジギンヤンマの羽化するエリアは底土が地割れし威之志士様の跋扈蹂躙に遭っている。これだけでも影響必至と読んでいて我が目ん玉は嘆きの泉と化したのに、その上にショウジョウトンボへの危惧が重なってしまった。クロスジギンヤンマと先ごろ増えてきたギンヤンマは「クロギンは日陰の部分を好みギンヤンマは日当たりの良い部分を好むので同じ水域内でも棲み分け出来る」とあったから三日月池では両種が多大な影響を受けたはずだ。

 さて水辺に残された羽毛は「タマシギ」の羽毛で、これはS先生に確定してもらっている。飛来してくれる生物が増えるのは望むところでもあるが、このタマシギはせっかく産卵してくれたニホンアカガエルの卵塊さえ崩して破壊している。濁っているから失われた量は確認できていないものの、週に2~3回も飛来し続けている状態ではニホンアカガエルの個体数増加にも差し支えるし、同じ場所をヒキガエルも産卵しに来るのでヒキガエルの卵も被害を受けるのだろう。ネットは用意してあるが、既にニホンアカガエルの産卵卵塊へ及んだ卵塊散乱、暴虐の限り後では役に立つのかどうか、気が滅入るばかりなのだった。

 それはともかく上掲の本、ヤゴなどは絵図で分類されていたし翅も胸部の模様もしかりで、これは大いに喜べた。見ているだけで楽しいのだが、だからと言って水辺のヤゴを鑑定しようなどとは思わん。「へーッ」で済ますのである。現地で撮影したトンボの写真も多いのだが撮影地は一切触れていない。当たり前田のクラッカーでもあるものの気持ちが良い。価格は2800円と内容の割にはお手頃で一冊欲しい本になった。まあ、ほとんど積読になろうが・・・。一言で評すれば老若男女が楽しめる専門絵本、に尽きる。

覗き見相手はウグイス嬢・・・

2021-02-16 | 花の下に長居
 連日、危険な掛かり木の解消作業で気が抜けなかった。「今日もコロッケ…」と進捗しない作業で傷心の帰宅だったのだが、炬燵に入って骨休めの緑茶一服の間、心慰めてくれるのは除き見えるウグイス嬢なのであった。まあ、嬢なのか漢なのかそこは判然としないけれど、学術的判断は必要なく情緒的印象で全く構わないのである。

 初冬に籠型給餌器を新調し、立てる位置を少し北に移した。それによってカーテンを少し開けておけば炬燵から覗き見える位置になった。眺めたいのならカーテン全開でもガラス戸を開けて立たなければ逃げないのだが、やはり寒さの季節は炬燵に両手もろとも入れ猫背になりながら眺めているのが癒される。
 世間的には「ウグイス嬢を覗き見」なんて言えばひんしゅくされ通報されかねない事態だろうが、このウグイス嬢ならお縄頂戴には至らないだろうと思う。とは言え「覗き見しています」なんて公言は憚られるし他言も出来ないのである。まあ、お爺の密やかな楽しみ、と言うところ・・・。
 世間の偉い様の中にはウグイス嬢にセクハラしたとか違法の高額報酬で雇ったとかいろいろと取り沙汰された向きもあるものの、小生の今回、全く持って清廉潔白、天地神明に誓って申し添えておく、とかなんとかおっしゃいましてのちじれっけ。

 さて、どうして籠型なのかと言うとヒヨドリ対策なのだ。オープンにしておいた頃はヒヨドリが独占状態で自分の頭部程度の小鳥を威嚇し追い払う姿は見ていて浅ましい。それで忌避する形になったのだ。庭に餌台等を置かなかった頃はシジュウカラも飛来していたしツグミも地上で採餌していたのだが、ここ数年はとんと姿を見る事が無い。まあ、当時のように畑池は無くなってしまった事もあるのだろう。

           

大冠毛

2021-02-16 | 感じるままの回り道
 大冠毛が飛翔し始めた。山のキジョランも風に乗って飛び立っている事だろう。しかし残念ながらフイールドには飛んでは来ない。代わりに飛んでくるのがシタキリソウの大冠毛で、シタキリソウと判明するまでは「キジョランだ」とほくそ笑んでいたのだった。無知とは哀しいものである。

 写真左側の冠毛を外し種子だけのものがキジョランの種子で、自宅庭では開花はしても結実せず食草園に移植して初めて結実した物である。しかし秋ごろには全て落葉してしまい実だけが残って年明けに割れ始めたのだ。「充実種子」とは言い難いので発芽能力があるかどうか心もとないけれど播種はしてみる。
 中央の細身の莢から出ているのがシタキリソウである。種子自体も見た目はほとんど同じで小生は区別がつかない。右の種子はガガイモだと思っているが、これも大冠毛を持つけれど種子は小さいからキジョランとは間違えない。シタキリソウにアサギマダラが産卵しない事は確認できたので苗作りも関心も止めてガガイモの蔓を用意する事にした。
 ガガイモ自体はキジョランのように大柄には育たないみたいなので食草のボリュームとしてどうかと思う懸念もあるけれどアサギマダラの食草になると言うし「物は試し」「枯れ木も山の賑わい」とも言われるから姥捨て山の孤老の手慰みには手ごろであろう。早く芽を出せイモの種、お芽々出さねば打ち捨てる!。

                  

*青天の霹靂

2021-02-15 | 小人閑居して憮然
               コロナ来る前に落枝のフックなり

               頭部撃つお陰様にてステイする

               自分持ちGo 痛トラブル大フック

               棚ぼたにあらずイボタの落枝撃

               一発で三週耐えた片頭痛

ダブルで掛かり木

2021-02-15 | 小人閑居して憮然
 まあ、なるべくして成った、と言うのが一番近い。掛かり木になったマキの高木をやってはいけない元玉切りで順次落として、二股になった部分が垂直に立ったまま別れた枝二本が掛かり木となったのだ。ロープを掛け引いてみたものの0.3馬力ではどうにもならず、牽引器は携行してあったが面倒すぎて、結局は二本とも元玉切りをしてしまったのだ。

 切断した直後に足に落ちるか、ストンと落ちてから小生の方に倒れるかは予断を許さない状況なので、手前側にV字カットを入れ、向こう側から切り込んでおいて丸太で切断部を鐘つきのごとく一発やってへし折った。荒っぽい作業になったけれど、逃げ道を作りつつ離れた位置から落とすには多少の変則技も必要になってくる。こういうやり方になれると危ない事を平気で行うようになりがちだから、そこは十分戒めつつ行っているつもり。
 十分な人材が揃っている訳もない林内作業なので掛かり木となった場合は通常の手続きや作業でも油断は出来ないのだ。ましてや掛かり木の処理ともなれば無い頭を絞って危険回避の算段をするとしても「やってはいけない作業」をやらざるを得ないのは多分に遭遇する。

 資料をめくってみても「行ってはいけない危険作業」として幾つか出てくるけれど、危険性の内容は現されていてもそれだけである。小生的には「行ってはならない危険作業・行為」だとしてもやらざるを得ない場合もあるから、その危険を少しでも回避できる算段も示してほしいと思う。まあしかし、そのような説明付きでは「このようにやりなさい」と語るに落ちるか・・・。それでも落としたいのが「掛かり木」である。
 掛かり木としないための方策はあるのだが有効な手立てが使える場面ばかりでも無く、生ずる誤差の範囲で掛かってしまう事もある。炉心暴走を食い止めるため人員を投入せざるを得ないのはその典型かもしれない。

               ➡    掛かった二本の大枝を無事落した

負け戦の冬季給餌

2021-02-14 | 小人閑居して憮然
 今冬は一念発起してスプリングフィーダー2個を設置、渾身レシピのファットボールも添えたのにひと啄みもしてくれなかった。撒き餌も奮発して餌台も用意したのに減りもしない。これでは餌代すら無駄になってしまう。地面にばら撒けば庭ならスズメ、フイールドではカシラダカ、カワラヒワなど降りてくるけれど人工物には寄り付いてくれなかった。給餌の季節も終わろうというのにエサは残ったままで、悔しいから捲土重来、バードテーブルを更に新調して設置してみたが、数日たっても減ってはいない。

 あろうことか最初に設置した餌缶の中の種子は降雨に遭って発芽さえしてきた。「春だなあ」と思う一方でわが脳内も春爛漫である。なんでなんで、悔しいですぅー。想い起こしてみれば我が人生、若き日のみぎりよりチイチイパッパと寄り付かれされたことはなかったから、まあ、その延長線上にあると思えば矛を収めるしか無し。
 かくして春は名のみの胸の寒さや 渾身餌台寄り付きも無し。

                  

やってはいけない元玉切り

2021-02-13 | 今日は真面目に
 枝は大暴れしているマキの列植樹を伐採するのは難儀だ。1本1本がオーダーメイドの伐採になってしまう。今回、掛かり木になってしまったマキも空間のある範囲に引いたのだがやはり掛かってしまった。1本直立している針葉樹の様にはいかないのだった。掛かられたモチは前もって伐採する方が良いと思ったけれど林床を明るくしたい方が勝って、結果として掛かり木を発生させたのだ。まあ、手間を惜しんでこの様である。頭に手を当てて反省した。

 掛かってしまったとは言え、そのままには出来ない。出来るだけ早く地上に落ち着かせなばならない。牽引器はあるから木元から引けば「落ちるだろう」とはいかず、両手の指を組み合わせるがごとく枝と枝が絡まっているのだ。こうなると斜面上部へ木元を引き上げれば落ちてくれるものの牽引荷重500kgの道具では非力だ。
 結局は「やってはいけない危険行為の元玉切り」を選択する。木元から4尺程度のところを上面をVカットし下側からチェーンソーで切り上げる。針葉樹のように整った幹1本状態ではないからどういう挙動がでるか神経を使う。チェーンソーを入れる場所によって圧縮力が働く場合や引っ張り力や回転力が発生する場合もあるし、跳ねたりズルッと滑る場合など想定外の挙動不審と危険に満ちている。

 ともかく幹の元玉切り2回で大枝で分かれた箇所まで地上に落としたのだが、その位置で立ち木と並んで立ってしまった。こうなって元玉切りをすると足を潰される可能性が高くなる。この日の作業はここまでにして次回に牽引器で木元を引いて倒す事にした。まあ、とにもかくにもこの日の危険作業は無事に終わったのであった。
 難しい伐採や大樹の伐採の前には光明真言を3回唱えてから取り掛かるのが習慣だけれど、これだけでも「安全作業をしなくては…」と言う意識が露わになる。神仏頼みではない注意万端自助努力こそが安全につながるだろう。と、大言壮語した一カ月前には側頭部直撃フックでCT撮影までした小生なので「嘘八百言うでない!」とたしなめる輩もいるかもしれん。

       牽引  ➡    掛かった  ➡    地上に落とす


ボッチつまみ喰いのウヒヒ!

2021-02-12 | 何よりの楽しみ
 暮れから味噌酒粕漬けがお気に入りなのだ。今回はイカ燻製と黒豆水煮を漬け込んだのを食した。イカ燻製は容器に入れ込むのは止め、酒粕を塗ってラップで密閉し冷蔵庫で一週間漬けた。黒豆は同じようでも良かったものの、出汁袋に入れ漬け込んでおいたのだ。

 一週間を経過し取り出して試食。やはり「美味しい」「旨い」「ヒロシ感激!」の手太楽だ。漬けた品物は軟化するのは理解していたものの燻製も柔らかくなって歯切れがよいし黒豆も同じだ。しかし何よりも「旨い!」のが堪えられない堪らない。塩分が少ないから欲するままに食べても大丈夫なのだが、さすがにイカの燻製は一度に食べるのは避けた。
 どれもお茶の供に限らずテレビを見ながら炬燵でつまみ食いするのに格好の一品だ。しかしながら漬け込んで一週間後となると美味しくともスローフードであって無くなったから「ハイ次!」という訳にはいかない。

 まあ、そうだからこそ食べたいが「つのる」のだろう。故郷は大雪が積もっているがコロナ禍では帰省して積もる話もままならず、電話やテレビ電話などでは伝わらない情報や感覚もあるのだ。支援を仕事にしている人たちの苦労が偲ばれるが、受ける側にとっても息づかいや体温が感じられない機器を通してのかかわりでは不安も募るばかりだろう。黒豆の粕漬けを楽しんでいられる身などは貧しくたって太平楽に違いない。

                  

三日で坊主の犯行⁈

2021-02-12 | 小人閑居して憮然
 ニホンアカガエルの産卵があったと喜んだのも束の間、三日目のトンボ池はドタ濁りで池の中は皆目様子が分からない。ただ、この犯行を行った主犯は手掛かりを残していった。度々現れて採餌して去る水鳥に間違いない。枯れ草に付着していた羽毛がその証拠である。昨秋に採集した羽毛は「タマシギ」とS先生が判定してくれたのだが、今回の羽毛もそれなのかどうか記憶が曖昧で比較できない。ブログの中身を検索すれば出るだろうけれど、そこまでしたところで不毛である。
 この水鳥、昨年末ごろから大挙夜間採餌しているようで水域のシャジクモはすでに皆無になって、オーバーフロー部には白い根の残骸が集まっている。水中にはアオコもあるけれど、こちらはご馳走では無いらしく大方が残ったままだ。

 さて、水生植物を採餌するのは構わないけれど産卵したばかりのニホンアカガエルの卵塊まで食べられては黙ってもいられない。先日は水際保護のためロープを張って環境破壊教育を防ぐ対策を取ったばかりなのに今回は防鳥網を張らなければならないかと思ってしまった。
 何年か前にウシガエルを放たれた事があって、その捕獲のためのネットが不首尾のまま三日月池の際に放置してある。これで間に合わせようと広げてみたけれど破れが多い。それでも畳2枚分くらいは使えそうなのでゴミを摂り稲架に下げておいた。池の水が済み次第、残りを確認しつつ網を張るつもり。

 池の写真は更に1日経過してからなので少し澄み始めている。発見した日はデジカメを忘れ、頼みのケータイも電池残量が無くて撮影できなかったのだ。
 すでに8卵塊あった場所に残っている物はなく、視認できたのは砕かれて小さくなった塊など、数としては半減であった。被害甚大、まあ、食物連鎖の一環だと思えばフイールドにも非営利の環境破壊教育活動より「腹に据えかねる」事は無いものの残念無念は湧き上がる。

                  

マキ列植樹の除伐

2021-02-11 | 今日は真面目に
 地拵え中の斜面はマキの列植が3列ほど大樹になっており、それが林床に悪影響を与えている。その結果、育っているのはアオキやヒサカキ、モチなどの常緑樹で、それも下枝のないひょろ長状態だ。マキの伐採をしたくても樹冠上には三相高圧線が張ってあり架線事故を起こさないように十分な注意が必要だ。
 そのため上空の架線を確認しつつ伐倒方向を決めるにしても立木が混みあっているしマキの枝は大暴れしていて伐倒方向を決めるにも油断が出来ない。結局は伐倒方向を決めやすく倒しやすいマキから伐採する事にした。

 端から攻めたり中ほどを伐採したりと周囲との相性を見ながらの独り作業は足場の悪い斜面だという事もあり進まない。雛壇みたいな狭い平坦部に伐採樹があればそれだけで身動きが出来難いのだ。少なくとも牽引する足元や退避場所は整理しておく必要がある。「四角い部屋を丸く掃く」要領ではないものの移動する範囲だけ片付けてからの作業になった。

 枝が暴れているし重心方向の確認も誤差が大きいだろうから牽引器と受け口の方向を合わせて伐倒せざるを得なかった。独り作業だからワイヤーを張りチェーンソーで切込みを入れ、更にワイヤーに張力を掛けてと、行ったり来たりしながらのノロノロ作業だ。まあ、無理は禁物の安全作業優先である。「押せば命の泉湧く」とは正反対「押せば命の危険あり」であって作業が押してもあわてる必要など無い、収入には無関係の作業なだけに安全第一である。
 一日一本、三日で三本、三本切って枝の処理・・・。

 伐採作業は坑内作業に次いで重大事故が多いと言われてきただけに、ましてや独り作業なだけに伐採樹の挙動には注意を集中する。チェーンソーが切り込んでいく追い口の開き加減や幹の軋み音は「退避!」の重要な指標となる。楔を打って伐倒を助ける事もあるけれど、枝が暴れているマキでは牽引力に頼り地上に落としている。

   ➡    横方向に伐倒

             ➡    ➡   斜面方向に伐倒

フキノトウ萌えた

2021-02-10 | 感じるままの回り道
 フイールド日当たりの良い場所にいくつかフキノトウが出てきた。採集し味わう事はせずに眺めて楽しむ小生なのだが、おっつけ消えてなくなるフキノトウでもある。フイールドの数カ所にフキを定植しフキノトウを眺められるようになって久しいけれど、フキノトウやフキの存在が知られるようになるに従い消えるのも早くなっている。大方の感覚は「山菜」であって採集対象、環境植物としての感覚や位置づけなど無いのが普通なのだろう。

 山里での折り合いの付け方や不文律など関心も無く「山菜などただ」としか思わない俄か山菜取りの跋扈蹂躙は威之志士様と同類である。元の竹藪山を知っている人たちでさえ「自然になった」と思っているかの様だ。帰省しての線路沿い、フキノトウやコゴミの大きな群落が多々連なっているのを見るたびに、過疎凋落を想う。あるところには廃棄する程あるけれど採り尽くしてしまうような意識も輩もいない。彩りにある程度の植物を大胆にかっさらっていく心魂が分からん。まっ、盗人の種は尽きまじ、そういう事なのだろう。
 
                    

                          

刈り出刈り出せど我が作業、楽にならざり

2021-02-10 | 今日は真面目に
 連日の地拵え作業だが、少しも進まない感覚になる。伐採しては片付け集積、伐採しては片付け集積の繰り返しで、現場を広く俯瞰すれば進捗しているのは理解できてもその日の作業現場を写したところで変わり映えなど無いのである。
 この日も先日に伐採したヒサカキやアオキを集積し、一段落したところで東側のさらに背が高いひょろ長のイボタやモチを何本か伐採した。もちろん片付けまでは及ばす倒したままなのだが、この繰り返しで桜の開花頃まで続くのだろう。

 この後、暴れるに暴れた枝のマキの列植大樹を伐採しなければならない。今はそのための伐倒空間を用意しているようなものである。空間を広げ足元を危なげ無いようにしてから、また本格的な牽引伐採をすることになる。

                 ➡   


ニホンアカガエル産卵した!

2021-02-09 | 小父のお隣さん
 9日、トンボ池で氷盤の下にニホンアカガエルの卵塊8個を確認した。地拵えの道具運搬に先立ち、脚立を先に運ぼうと通り過ぎる時に目に入ったのだ。痛くはなかったが意外だったのだ。と言うのも産卵は下旬ごろと思っていたし、トンボ池より二つ池の方が可能性が高いと思い整備をしてきた。トンボ池も年明けに産卵予定区域の除草を済ませたが、それはヒキガエルのためだった。アカガエルは想定もしていなかった。

 とは言え大きな卵塊8個では祝着至極に尽きるという物で、脚立は放り投げ踵を返して杭、ロープ、掛け矢を運んでロープを張ったのだった。産卵区域至近の水際は例年、踏み潰されて裸地にされてしまう。その度に注意をしていても新たな年の産卵となると同じ事の繰り返しなのだった。
 改善させるわけでも無く「気を付けます」の一言さえも言ったことが無く、あろうことかある寄り合いで「あのグループは煩い事ばかり言ってくる云々」という発言を聞いてプッツンしてしまった小生なのであった。「これは実力行使しかない」と腹を決めて排除の選択を伝えてある。そうはいっても聞き耳も持たない輩なのでロープも張っておく、と言うことにするのだ。
 少なくとも「環境教育」を標榜しているNPOなのに「環境負荷」さえ考慮も出来ない活動現実は理解し難い。まあ、名前の通り「非営利組織」なので環境に利ある営みをなどはせず痛める事は当たり前なのであろう。そう思って納得している。

 それはともかく、今期の卵塊は幾つまでカウントできるかが関心事になってきた。昨季は30までいかなかったと思うが、今期は30の大台になると嬉しい。
 ネット情報の中に自宅から尾根一つ越えた西側の水田地帯にニホンアカガエルの生息地があったことが記載されている論文を見つけた。ただ既に造成されて産卵場所は消失して生息地とは言えなくなったとも記載がある。自宅近くにそんな場所があったことなど知らなかったのだが、まあ、転入してきたよそ者だからしょうがないと言えばしょうがない。それでも一カ所を増やしたのだからよそ者と言えども地域貢献はしているだろうて・・・。