寛文8年(1668年)の『一休咄』に「生まれては死ぬるなりけりおしなべて 釈迦も達磨も猫も杓子も」とあり、それ以前には使われていたことが解かります。
また、「釈迦も達磨もみんな生まれたものは死んでいく」ということが言いたい訳で、あとの猫と杓子は単なる語呂合わせでしかなく、一休和尚の洒落だとも言われ、この部分だけが後世まで残ったとも言われています。
このほかにも語源とされる説も以下のとおり多数あります。
1. 「猫」は「神主」を表す「禰子(ねこ)」、「杓子」は「僧侶」を表す「釈氏・釈子(しゃくし)」で、 「禰子も釈氏も(神主も僧侶も)」が変化したとする説。
「禰子(ねこ)」の意味は、神官の長を「神主(かんぬし)」といい、神主の下の位を「禰宜(ねぎ)」といい、禰宜の子孫を「禰子(ねこ)」というそうです。
「釈氏/釈子(しゃくし)」とは、お釈迦さまの弟子また、出家して仏弟子となった者という意味だそうです。
つまり 日本では昔、宗教といえば仏教と神道の二系統だったので、お釈迦さまの弟子も 神様の弟子も ということで「だれもかれも」という意味だというのです。そところが字が難しいかったためか、「禰子」が「猫」になり、「釈子」が「杓子」になったというのです。
2. 「猫」は「女子(めこ)」、「杓子」は「弱子(じゃくし)」で、「女子も弱子も(女も子供も)」が変化したとする説。
3. 「猫」は「寝子(ねこ)」、「杓子」は「赤子(せきし)」で、「寝子も赤子も(寝る子も赤ん坊も)」が変化したとする説。
4. . 「杓子」は「しゃもじ」のことで、主婦が使うことから「主婦」を指すもので、「猫も主婦も家内総出」の意味からとする説。
5. または猫や杓子は日常生活において目につきやすいから、「ありふれたもの」とする説もあります。
猫(ねこ)も杓子(しゃくし)も
だれもかれも。なにもかも。「当節は―海外旅行をする」
大辞泉
結局のところ、分からないというのが本当のようです。
猫も杓子もお出かけになったゴールデンウィーク。私は猫にも杓子にもなれずに家にいました。
したっけ。
本当にそうですね。
たまに休みがあるから出かけたくなるんですよね^^
したっけ。
いつもありがとうございます♪
主人が勤めている頃は連休はどこに
行くか計画を立て遊びに行っていましたが
今はリタイヤしましたので毎日が休みで
いつでも行けると思うと出かける回数が
減りました。
そうです。寒い上に天候まで悪くて・・・。
行楽施設は軒並み売上ダウンだそうです^^
したっけ。
まだ身体が本調子じゃないんじゃ出かけようがありませんね^^
したっけ。
行かなかったと言っていました。
特に寒くて雨だと、出不精になりますね~。
そうそう、緋牡丹博徒!
あや子さんのほう?
失礼しました^^
したっけ。
元気のある猫も杓子もいっぱいいるんですね。
こちらは、肌寒いですよ。
桜の開花予報が修正されました。11日だそうです。
咲くのかな~^^
したっけ。
本当に、よくお出かけになりますね~。
出不精の私にはまねできません^^
したっけ。
私は、てっきり、あいつもこいつもって言う意味だと思ってたわ(^^;;
藤純子ってヤクザ映画に出てる人?
私は藤あやこです(≧m≦)ぷっ!
どうしてもどこかに行きたくなっちゃいます^^
どこも猫と杓子でいっぱいでした(*^。^*)
お天気がよかったので大掃除もしたんですよ(^^)v
来月は梅雨が始まるんですもん。
そちらは梅雨がないのでいいですね^^
に、便乗するのが大好きな
はなこころで~す。
いい突込みをありがとう^^
猫も杓子も死ぬから生きているんですよね。
杓子は死なないか^^
しおたっけ。
永遠などないですね~。
うまれた時から、行先は決まっている。
そこへまっしぐらですね。
楽しく生きようっと。
友人が禰宜さんから宮司さんになりました。
都月先輩と同じく、連休は動きません。
猫も杓子もうちにあります。