まだ夜中の3時過ぎに目が覚めて、次に目覚めたのは5時半過ぎ。
さあ、あと30分したら起きて、元旦マラソンに行く準備をしなくては。
…と思っていたのに、6時15分、廊下の向こうで息子が起きた足音に目が覚めた。
やっべえ、寝過ごした!
…と思った。
けれども、台所に妻が前日に用意しておいてくれた餅や正月料理のおかげで、手早く朝食の用意ができた。
ラッキー&サンキュー!
車で村上市へ。

受付を終えて、要項で10km50歳代の参加者を見てみると、自分の次のゼッケン番号が、以前一緒に走ったISさんだった。
今回は、同年代の知り合いが少し減っていて、寂しく思った。
まあ、自分も、今回は頭痛に加え、軽い腰痛・関節痛などがある。
そのうえ、昨年ほど練習がつめていない。
だから、そんなによい記録が出るとは考えられなかった。

開会式を終えると、以前の勤務先で知っている小学生の兄妹がご両親と一緒にあいさつに来てくれた。
5年生の兄は3kmを、3年生の妹は2kmを走るのだという。
妹の方は、体調が悪くてあまり走りたくないらしい。
「順位なんか気にしないで、最後までへこへこと走り切ることができれば、それで十分なんだよ。」と励ました。
ここは、体育館の下が駐車場になっており、その周囲を1周110mくらいでぐるぐる走ることができる。
ウオームアップを行って、11時から10kmのスタートとなった。
今日は、小雪がちらつきそうだったのに、いつのまにか時々晴れ間も見られるくらいになっていた。
例年、雪の降る厳しい条件の中を走るのだが、今年は路面に雪がない。
大変珍しいことだ。

スタート地点でISさんを見つけ、互いにがんばろうと声をかけ合った。
スタートしてみると、結構たくさんの人に抜かれていくのである。仮装ランナーまでが追い越していく。
しかし、時計を見ると、私だって4分50秒のいいペースで走っていることがわかった。
皆、若いから最初から飛ばせるんだよなあ、うらやましい。そう思いつつ、今日は、この4分50秒ペースが走りやすそうだ。
途中まででもいいからこのペースで行き、50分切りを目指そう、と思いつつ走った。
「富士山、がんばれ。」と、沿道の人がよく声をかけている。
「?」と思っていたら、まもなく3km地点あたりで私を追い越して行ったのは、富士山に仮装したランナーだった。
頭から体まで、上手に布で円錐形が広がるような衣装をまとっている男性ランナーだった。
4km近くで、その富士山ランナーからひらりと赤い布状のものが地面に落ちた。
大切な衣装だろうに、と思って拾ってみると、…タイ(鯛)!

追いついて富士山ランナーに、「大切な衣装の縁起物のタイを落としましたよ。どうぞ。」と言って、渡した。
「ありがとうございます。」と言って、いったんは受け取った富士山くんだったが、まもなく「縁起物ですから、よかったらもらってください。」と逆に言われた。
「じゃあ、ありがたくもらっておきます。」といただくことにした。
うーん、春から、おめでタイ!
半分の5kmを過ぎると富士山くんが遅くなり、先に行くことにした。
7km地点あたりで、「やっと追いついたよ。」との声。ISさんだった。
ISさんは、去年のこの元旦マラソンで私より遅かったが、新潟シティマラソンでは、楽々4時間を切って走っているランナーなのであった。
先に行かれそうになったが、あと3kmだと思ってがんばって付いて行くことにした。
残り1kmになったら、後方から追い越す人が増えてきた。
ISさんとも差が少しずつ開いてきた。
あと100mくらいのところでラストスパートをかけてみたが、今年は誰も抜くことができなかった。
私より5人前にISさんがいた。
「お疲れさま。」とねぎらいの声をかけ合い、「先に行ってくれたから、追いつこうと思ってタイムが上がったよ。ありがとう。」と、礼を言った。

鮭汁をいただきながら、ISさんと話すと、彼は15年位前から走っていたのだそうだ。
私に、「このスピードで走りきれれば、相当速く走れるよ。」と言って、励ましてくれた。
彼は、フルマラソンはおろか、50kmくらいのレースも走ったことがあるのだと言っていた。
中学・高校と、運動部に所属していなかった彼なのに、人は変われるものだ。
すごいよ。
そんなふうに言う私に、彼は笑っていた。
記録証を受け取り、「じゃあまた一緒に走ろう。」と約束して別れた。
記録証のタイムは、4回の出場で最速の4分10数秒。
おお、50代での10kmの自己新記録。
やったね!
貼り出された記録を見たら、あのゴール付近で抜いて行った人は、皆50代だったようだ。
私より5人先にISさんの名前があったが、あのゴールの時の目の前の5人が、5秒差の中。
ちょっぴり悔しくなった。
あと5秒早ければ、20位台で走れたのに…。
息子は、あまりよい体調でなかったので、記録はよくなかったが、お楽しみ抽選で清酒のセットが当たっていた。
これも、新年幸先が良い、と言える。
今年のニューイヤー駅伝は、順位が入れ替わり、面白かったらしい。
だけど、それよりも、それは見られなくとも、元旦マラソンを自ら走ることの方が、やはり何倍も楽しい。
布製だけど「めでタイ」物もゲットしたし、首痛等に負けずに走り切ったし、タイムは今まで参加した中で最高の記録であった。
上々の1年の始まりと言える。
1年の計は、元旦マラソンにあり、かな?
あ、そう言えばまだ言っていなかった。
あけまして、おめでとうございます!
さあ、あと30分したら起きて、元旦マラソンに行く準備をしなくては。
…と思っていたのに、6時15分、廊下の向こうで息子が起きた足音に目が覚めた。
やっべえ、寝過ごした!
…と思った。
けれども、台所に妻が前日に用意しておいてくれた餅や正月料理のおかげで、手早く朝食の用意ができた。
ラッキー&サンキュー!
車で村上市へ。

受付を終えて、要項で10km50歳代の参加者を見てみると、自分の次のゼッケン番号が、以前一緒に走ったISさんだった。
今回は、同年代の知り合いが少し減っていて、寂しく思った。
まあ、自分も、今回は頭痛に加え、軽い腰痛・関節痛などがある。
そのうえ、昨年ほど練習がつめていない。
だから、そんなによい記録が出るとは考えられなかった。

開会式を終えると、以前の勤務先で知っている小学生の兄妹がご両親と一緒にあいさつに来てくれた。
5年生の兄は3kmを、3年生の妹は2kmを走るのだという。
妹の方は、体調が悪くてあまり走りたくないらしい。
「順位なんか気にしないで、最後までへこへこと走り切ることができれば、それで十分なんだよ。」と励ました。
ここは、体育館の下が駐車場になっており、その周囲を1周110mくらいでぐるぐる走ることができる。
ウオームアップを行って、11時から10kmのスタートとなった。
今日は、小雪がちらつきそうだったのに、いつのまにか時々晴れ間も見られるくらいになっていた。
例年、雪の降る厳しい条件の中を走るのだが、今年は路面に雪がない。
大変珍しいことだ。

スタート地点でISさんを見つけ、互いにがんばろうと声をかけ合った。
スタートしてみると、結構たくさんの人に抜かれていくのである。仮装ランナーまでが追い越していく。
しかし、時計を見ると、私だって4分50秒のいいペースで走っていることがわかった。
皆、若いから最初から飛ばせるんだよなあ、うらやましい。そう思いつつ、今日は、この4分50秒ペースが走りやすそうだ。
途中まででもいいからこのペースで行き、50分切りを目指そう、と思いつつ走った。
「富士山、がんばれ。」と、沿道の人がよく声をかけている。
「?」と思っていたら、まもなく3km地点あたりで私を追い越して行ったのは、富士山に仮装したランナーだった。
頭から体まで、上手に布で円錐形が広がるような衣装をまとっている男性ランナーだった。
4km近くで、その富士山ランナーからひらりと赤い布状のものが地面に落ちた。
大切な衣装だろうに、と思って拾ってみると、…タイ(鯛)!

追いついて富士山ランナーに、「大切な衣装の縁起物のタイを落としましたよ。どうぞ。」と言って、渡した。
「ありがとうございます。」と言って、いったんは受け取った富士山くんだったが、まもなく「縁起物ですから、よかったらもらってください。」と逆に言われた。
「じゃあ、ありがたくもらっておきます。」といただくことにした。
うーん、春から、おめでタイ!
半分の5kmを過ぎると富士山くんが遅くなり、先に行くことにした。
7km地点あたりで、「やっと追いついたよ。」との声。ISさんだった。
ISさんは、去年のこの元旦マラソンで私より遅かったが、新潟シティマラソンでは、楽々4時間を切って走っているランナーなのであった。
先に行かれそうになったが、あと3kmだと思ってがんばって付いて行くことにした。
残り1kmになったら、後方から追い越す人が増えてきた。
ISさんとも差が少しずつ開いてきた。
あと100mくらいのところでラストスパートをかけてみたが、今年は誰も抜くことができなかった。
私より5人前にISさんがいた。
「お疲れさま。」とねぎらいの声をかけ合い、「先に行ってくれたから、追いつこうと思ってタイムが上がったよ。ありがとう。」と、礼を言った。

鮭汁をいただきながら、ISさんと話すと、彼は15年位前から走っていたのだそうだ。
私に、「このスピードで走りきれれば、相当速く走れるよ。」と言って、励ましてくれた。
彼は、フルマラソンはおろか、50kmくらいのレースも走ったことがあるのだと言っていた。
中学・高校と、運動部に所属していなかった彼なのに、人は変われるものだ。
すごいよ。
そんなふうに言う私に、彼は笑っていた。
記録証を受け取り、「じゃあまた一緒に走ろう。」と約束して別れた。
記録証のタイムは、4回の出場で最速の4分10数秒。
おお、50代での10kmの自己新記録。
やったね!
貼り出された記録を見たら、あのゴール付近で抜いて行った人は、皆50代だったようだ。
私より5人先にISさんの名前があったが、あのゴールの時の目の前の5人が、5秒差の中。
ちょっぴり悔しくなった。
あと5秒早ければ、20位台で走れたのに…。
息子は、あまりよい体調でなかったので、記録はよくなかったが、お楽しみ抽選で清酒のセットが当たっていた。
これも、新年幸先が良い、と言える。
今年のニューイヤー駅伝は、順位が入れ替わり、面白かったらしい。
だけど、それよりも、それは見られなくとも、元旦マラソンを自ら走ることの方が、やはり何倍も楽しい。
布製だけど「めでタイ」物もゲットしたし、首痛等に負けずに走り切ったし、タイムは今まで参加した中で最高の記録であった。
上々の1年の始まりと言える。
1年の計は、元旦マラソンにあり、かな?
あ、そう言えばまだ言っていなかった。
あけまして、おめでとうございます!