旅立ちから 越前の出会いへ
まひろは何の迷いも不安もなく
新しい道を歩き出しましたね
友人のききょうは悩んでいた
生きていくことに絶望を感じている定子を
どうしてあげればいいかと
まひろは
四季の様子に思うことを書いてあげればと
提案した
そしてこれが 「枕草子」となる
「源氏物語」と同時代の清少納言の「枕草子」
残ったんですね~
と言ってはみても
私は読んだことがありません(*_*;
奇怪なこと
伊周、隆家、定子、母の高階貴子を
どん底に追いやったのは道長なのか?
これをまひろは道長直接に聞きたかったんですね
表情から 「潔白」と審判を下したけど…
思うに…、グレー?
そして、「越前に行って生まれ変わる」
まひろはそう告げて道長と別れた
十年経ったようだが、二人の気持ちは…
父為時は出立前に、道長に招かれた
お別れの盃で送り出してくれるのかと
思ったのですが
「宋人たちは国同士の商いを求めている
だが、それには朝廷は応じないこと
速やかに帰国させることこれが越前の守の役目」
と、道長は仕事きっちりですね
釘を刺された為時さん
でも為時は謹厳実直ですから
さあ、びわ湖を舟で行くぞーー
琵琶湖を、あっという間
でも、
舟三艘の湖面を行くのを空から見たシーン
大雨の中を浜に上がるシーン
晴れも雨も素晴らしい景色でした
さて、越前での出会い
予告シーンで宋の人らしき若者(松下洸平さん)
ちょこっと出てましたが
是 誰
shi shei
まひろとこの方どんなことが起きるのでしょうか
まひろは何にでも前向きですね
越前の守の娘ながらすぐれたアドバイザーです
長徳二年(996)
為時ら一行は琵琶湖の舟旅を終えると
越前への道を進みました
ネットで少し調べたのですが
”近江塩津辺りから福井県敦賀市への古道”
万葉歌人や紫式部が父に同行して越前に行くのに通った道
「深坂古道」
「旧塩津街道」
地蔵尊があり「堀止め地蔵」とも言う
伝説が残っているようですが省かせて頂きます(^-^;
(塩津山を行く人足よ
そなた達も人生の道はこの峠のように
険しいと知っているだろうに)
~紫式部集より~
人足たちが峠で愚痴っているのを聞いて詠んだそう
ですが、高飛車感あり
「塩かけ地蔵」の名も残るのはこの道が
塩、海の幸、米などを畿内へ運ぶ街道だったから
越前の国府に入る前に
宋人の滞在している敦賀の
「松原客館」(迎賓館)に立ち寄りましたね
仕事きっちり感が出てます、為時さん
早速聞こえて来たのは
宋人たちの、やいやい言っている声もめ事?
「粛静」
Sujing
為時の宋の言葉、ここで初発声です
すると宋の人たちは為時の周りに集まり
不満を訴えているようでした
その場に宋人の長らしき人
と
日本人で通訳らしき人
さあ、前途多難の雰囲気
そんな様子を距離をおいて見ている若者
予告シーンで見た人が早くも登場です!
まひろは海岸に行った時その人がいて少し話した
夜に宴が催された
宋人の長が翌日には越前に向かう為時一行を
宋人の長らがもてなしてくれたのだ
まひろは海辺で会った宋人と庭で話す機会があった
再見
Zaichen
との言葉を残し宋人は館へ帰って行った
翌日為時御一行、越前国府に到着です
越前はたいへん豪華で贅沢だった
公の館からまひろの部屋までも贅沢な設えだった
館、文房具、和紙もすごいらしい
「越前和紙」
は、1500年の歴史があり
最高の技術で生まれる最高の品質
雁皮を原料にしているんですね
楮、三椏、雁皮
原料はこの3つが有名ですが
越前和紙は「雁皮」
これは「紙の王様」と呼ばれる
光沢・緻密・粘り・滑らかな感触・虫害がない
「雁皮」は「鳥の子」とも言う
それで思い出しました
うちの父は仕事上、紙は必ずいるもの
「鳥の子、鳥の子」
とよく言ってたのを思い出しました
何十年ぶりに思い出したのか? 懐かしい
はっきりとは覚えていませんが
年賀状やお香の店の使うもの
他にはやはりスペシャル感です
上質。と言ってた記憶があります
記憶って思わぬところから出てくるもんですね
びっくりしてます
まひろはその紙に和歌を書きましたね
30cmx25cm強の透け感のある
うすむらさき色の雲のたなびいているような地模様
そこにまひろは細筆で優しい文字を
ああ~全然読めません<m(__)m>
「かきくもり ゆうだつなみの あらければ
うきたるふねぞ しづこころなき」
新古今集 紫式部
(空が急に暗く夕立になって波も荒くなったら
湖水に浮かぶ舟に乗っている私は
気が気ではありません)
琵琶湖を舟で行く時夕立に会い
不安になってたのでしょうか
さていよいよ行政ですが
越前からわいろが早速来る
それを拒むと嫌がらせ、為時は頭を抱えています
なんと、通事の三国若麻呂が殺された
すると越前大掾(だいじょう)の大野国勝が
宋の長、朱仁聡(ジュレンツォン)が犯人だと
捕らえた
為時の考えは、朱はそんな人ではない
父は胃痛がするほど思い悩んでいる
まひろは道長に「報・連・相」
お得意の手紙を書いた
為時は、心痛は胃にも至り
宋の医者に針治療を受ける
その医者は、あの若者「周明/ヂョウミン」
まひろは「ヂョウミン シェシェ」
とにかく、国対国の問題で
間違いがあれば国の信用にかかわると
為時は動揺している
京で道長は道長で、
おれの決断は国の決断となると
つぎつぎ起こる難題に頭を抱えていた
そんなところに、越前のもめ事の文
「越前のことは越前でなんとかせよ」
という返事
はて、信頼されているのか
めんどくさがられているのか
明らかにしなければならないのは
三国さんがだれに、なぜ、殺されたのかです
京から遠く、穢れを知らないと思った国も
のぞいてみれば、どろどろ
越前の海のように澄んではいなかった
為時もまひろも、のほほんとはしていられない
宋の珍しい料理は食べたけれど、肝心の
越前の🦀 まだご賞味ないのでしょ
すまじきものは宮仕え
すまじき=するまじき、から来てるのかなあ~
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