それから取り留めのない会話になって、それが一段落したところで僕は何となく入口を見ると、これから混雑しそうな雰囲気だったので、僕たちはそれを汐に外へ出ることにした。
僕が会計カウンターに立つと、近くにいたウェイトレスが、「ありがとうございました」とこちらへ来ようとしたところ、その前のテーブルで下げ物をしていた山内晴哉“らしき”が、
「あ、自分行きます」
と引き取って、彼がこちらへやって来た。
なんでオマエなんだ、と内心ムッとしながら釣銭ナシで代金を払うと、
「レシートと、こちらは当店の名刺になります。よろしければまたご利用下さいませ」
と、相変わらずな口調で差し出した。
冗談じゃない、もう二度と来るもんか!
結構です、と彼の目を思いっ切り見て拒否しようとして…。
彼は、僕がよく知っている瞳(め)で、僕を見ていた。
物流倉庫で、暴風雨の萬世橋駅で、その翌日に僕のスケッチを見た、あの時の瞳だった。
そして、何かを僕に伝えようとしているかに見えた。
後ろに会計待ちのお客が並んでいなければ、僕は彼に、何か声を掛けたかもしれない。
しかしそれも出来ぬまま、僕は黙ってレシートと名刺を受け取ると、財布に仕舞って店を出た。
彼女の希望で、フロアガイドを片手に館内探訪へ。
飲食街のほかにも、ブティックやらCDショップやら書店やら、ありとあらゆる業種が各フロアーに集まっていて、一日いても飽きない感じだ。
ブティックフロアを歩きながら、僕は先程の山内晴哉の“瞳”のことを考えていた。
最初は他人行儀な態度だった彼が、最後になって見せたあの瞳(め)は、何だったのだろう…。
さらにエスカレーターを上ると、劇場が入っているフロアーへ出た。
フロアガイドによれば、ここのビルには演劇専用の劇場のほかに、音楽会向けのホールも大小備えているとのこと。
いまちょうど、何か芝居を上演中らしい。
どんなのをやっているんだろう…。
貼ってあるポスターを見ると、その端に、
“出演を予定しておりました宮嶋翔は、怪我により休演いたします。悪しからずご了承下さい。なお、代役は…”
云々のお詫び貼付けられていて、僕は今さらながら、あっと思った。
そうか、翔が出演するはずだったミュージカルは、ここで上演されているのか…。
茫然としている僕の横で、馬川朋美はポスターを指差しながら、
「そう言えば宮嶋翔君って、この舞台休演になっちゃったんですよね。もったいないなぁ…」
「……」
「どっかの駅で、翔君がちょうど階段をのぼり始めた時に、上から人が転がり落ち来て、それを避けきれなくて巻き添え食らって、足を捻挫したんですってね…」
「そうなの!?」
そこまで具体的な事は初耳だった。
〈続〉
僕が会計カウンターに立つと、近くにいたウェイトレスが、「ありがとうございました」とこちらへ来ようとしたところ、その前のテーブルで下げ物をしていた山内晴哉“らしき”が、
「あ、自分行きます」
と引き取って、彼がこちらへやって来た。
なんでオマエなんだ、と内心ムッとしながら釣銭ナシで代金を払うと、
「レシートと、こちらは当店の名刺になります。よろしければまたご利用下さいませ」
と、相変わらずな口調で差し出した。
冗談じゃない、もう二度と来るもんか!
結構です、と彼の目を思いっ切り見て拒否しようとして…。
彼は、僕がよく知っている瞳(め)で、僕を見ていた。
物流倉庫で、暴風雨の萬世橋駅で、その翌日に僕のスケッチを見た、あの時の瞳だった。
そして、何かを僕に伝えようとしているかに見えた。
後ろに会計待ちのお客が並んでいなければ、僕は彼に、何か声を掛けたかもしれない。
しかしそれも出来ぬまま、僕は黙ってレシートと名刺を受け取ると、財布に仕舞って店を出た。
彼女の希望で、フロアガイドを片手に館内探訪へ。
飲食街のほかにも、ブティックやらCDショップやら書店やら、ありとあらゆる業種が各フロアーに集まっていて、一日いても飽きない感じだ。
ブティックフロアを歩きながら、僕は先程の山内晴哉の“瞳”のことを考えていた。
最初は他人行儀な態度だった彼が、最後になって見せたあの瞳(め)は、何だったのだろう…。
さらにエスカレーターを上ると、劇場が入っているフロアーへ出た。
フロアガイドによれば、ここのビルには演劇専用の劇場のほかに、音楽会向けのホールも大小備えているとのこと。
いまちょうど、何か芝居を上演中らしい。
どんなのをやっているんだろう…。
貼ってあるポスターを見ると、その端に、
“出演を予定しておりました宮嶋翔は、怪我により休演いたします。悪しからずご了承下さい。なお、代役は…”
云々のお詫び貼付けられていて、僕は今さらながら、あっと思った。
そうか、翔が出演するはずだったミュージカルは、ここで上演されているのか…。
茫然としている僕の横で、馬川朋美はポスターを指差しながら、
「そう言えば宮嶋翔君って、この舞台休演になっちゃったんですよね。もったいないなぁ…」
「……」
「どっかの駅で、翔君がちょうど階段をのぼり始めた時に、上から人が転がり落ち来て、それを避けきれなくて巻き添え食らって、足を捻挫したんですってね…」
「そうなの!?」
そこまで具体的な事は初耳だった。
〈続〉