迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

文字は人なり。

2018-11-25 18:00:13 | 浮世見聞記
国立歴史民俗博物館の企画展「日本の中世文書─機能と形と国際比較─」を見る。


古代と明治の公文書を始めと終わりにはさんで、盛大に展示された中世の古文字を二時間近くかけて、ひたすら追っていく。


様式に則り、傳統を重んじることで自らの立場を示した公家たちに対し、國土掌握といふ野望をはっきりと示した武士(もののふ)たちの遺した文書に、興味をそそられる。


蒙古襲来より発生したと云ふ、戦功の自己申告書ともいふべき軍忠状.──


足利尊氏が島津氏に京都参陣を促した、紙片のやうに小さな「密書」──


そして身分を得るごとに紙と文字が大きくなっていく、豊臣秀吉の文書──それらの書面からは、結局は成り上がり者にすぎない猿面冠者の覆ひ難い根性が、余すことなく顕れてゐる。


公けに発行する文書と雖も、そこにはいつの時代にも変はらぬ人間の生々しい思惑が、古びた楮あるひは雁皮紙から、今も“新鮮な”薫りを放ってゐる。

そして、確かに“くずし字は読めなくっても”、彼らの本音が鮮やかに躍るその文字は、私たちに人間の歴史といふものを、面白く語りかけてくれるのである……。


そしてもふ一点。

世田谷新宿で開かれる“市”を保障する戦国期の書状を、感慨深く見る。

この“市”こそが、現在まで続く「世田谷ボロ市」、



わたしもたびたび福を授かる庶民の傳統の、その源流に出逢へたのである。




コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« てつみちがゆく──どこへ行っ... | トップ | 三十年前の疑問の答へを見つ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。